弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

兼業による長時間労働で健康を害した労働者は、本業の使用者に安全配慮義務違反を問えるのか?

1.過重労働と安全配慮義務

 最二小判平12.3.24労働判例779-13 電通事件は、

「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」

と判示しています。

 この判示からも分かるとおり、使用者は、長時間労働で心身の健康を損なうことがないよう、労働者の安全に配慮すべき義務を負います。この義務への違背が認められる場合、心身の健康を損なった労働者は、使用者に対し、損害賠償を請求することができます。

 それでは、兼業を行うことによって、疲労や心理的負荷が蓄積し、心身の健康を損なった労働者が、本業の使用者に対し、安全配慮義務を理由に損害賠償を請求することはできないのでしょうか?

 この問題を扱った裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令4.10.14労働判例1283-44 大器キャリアキャスティングほか1社事件です。

2.大器キャリアキャスティングほか1社事件

 本件で被告・被控訴人になったのは、

給油所施設の運営受託業務、一般労働者の派遣業務等の事業を行う株式会社(Y1 被告大器キャリアシステム)

と、

石油製品の販売、保管輸送等の事業を行う株式会社(Y2 被告ENEOS)

です。

 原告・控訴人になったのは、被告・被控訴人大器キャリアシステム(大器CC)との間で労働契約を締結していた方です。

 A社は深夜早朝時間帯における給油所の運営業務を大器株式会社に委託し、これを受けた大器株式会社は、その業務を被告大器CCに再委託しました。

 原告は、当初、被告大器CCとの契約に基づき、深夜早朝の時間帯にA社が運営する給油所で働いていましたが、その後、A社との間でも労働契約を締結し、週に1~2回、深夜早朝以外の時間帯にも給油所での就労を行うようになりました。結果、過剰な連続・長時間労働が生じ、適応障害を発症するなど、心身の健康を損なってしまいました。これを受けて、労働時間を軽減等すべき注意義務があるのにこれを怠ったとし、被告Y1、A社を吸収合併した被告Y2に対し、共同不法行為や安全配慮義務違反を理由に、損賠賠償等を請求する訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件控訴審裁判所は、次のとおり述べて、被告Y1の責任を認めました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、被控訴人Y1及びAとの各労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間数、あるいは、被控訴人Y1との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間数・・・を前提として、被控訴人Y1は、控訴人の心身に異常を来すことがないよう控訴人の業務負担軽減のため、被控訴人Y1での労働時間を軽減し、又は、労働を制止すべき注意義務ないし労働契約上の安全配慮義務を負っており、これに違反したなどと主張する。」

「この点、前記・・・で指摘したとおり、控訴人についての労働日数及び労働時間数をみれば、法の趣旨に反した連続かつ長時間勤務がなされていたことは明らかというべきである。」

「そして、前記・・・に認定したとおり、被控訴人Y1において、その勤務シフトは、同一店舗に勤務する従業員間でシフト表の案を作成し、Eが各店舗を巡回した際にそのシフト表の案を確認し、承認をするという仕組みの下、その内容が確定されていたこと・・・、Eが勤務シフト調整のための面談に立ち会うなどしていたこと・・・に照らせば、Eは、被控訴人Y1との労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間数を認識し、あるいは認識し得る立場にあったと解される。」

「また、前提事実・・・、前記・・・で認定したとおり、Aは、放出店において24時間営業を行うにつき、夜間運営業務をDに委託し、それが被控訴人Y1に再委託されているという契約関係の下、控訴人が同一の店舗(放出店)で給油所作業員として就労していたことに照らせば、被控訴人Y1は、Aに問合せをするなどして、Aとの労働契約に基づく控訴人の労働日数及び労働時間について把握できる状況にあったのであるから、控訴人のAにおける兼業は、従業員が勤務時間外の私的な時間を利用して雇用主と無関係の別企業で就労した場合(雇用主が兼業の状況を把握することは必ずしも容易ではない場合)とは異なるということができる。」

被控訴人Y1は、控訴人との間の労働契約上の信義則に基づき、使用者として、労働者が心身の健康を害さないよう配慮する義務を負い、労働時間、休日等について適正な労働条件を確保するなどの措置を取るべき義務(安全配慮義務)を負うと解されるところ、上記のような事実関係によれば、控訴人は被控訴人ら両名との間の労働契約に基づいて、157日という長期間にわたって休日がない状態で、しかも深夜早朝の時間帯に単独での勤務をするという心理的負荷のある勤務を含む長時間勤務(欠勤前の各期間における労働時間は、上記・・・のとおり)が継続しており、被控訴人Y1は、自身との労働契約に基づく控訴人の労働時間は把握しており、業務を委託していた被控訴人Y2との労働契約に基づく就労状況も比較的容易に把握することができたのであるから、控訴人の業務を軽減する措置を取るべき義務を負っていたというべきである。

「しかるに、被控訴人Y1は、平成26年3月末頃には控訴人がAとの兼業をしている事実を把握したにもかかわらず、兼業の解消を求めることはあったものの、控訴人のAにおける就労状況を具体的に把握することなく、同年7月2日に至るまで上記のような長時間の連続勤務をする状態を解消しなかったのであるから、控訴人に対する安全配慮義務違反があったと認められる。」

「なお、既に認定説示したとおり、被控訴人Y1及びAとの労働契約に基づく控訴人の連続かつ長時間労働の発生は、控訴人の積極的な選択の結果生じたものであることは否定できず、控訴人は、連続かつ長時間労働の発生という労働基準法32条及び35条の趣旨を自ら積極的に損なう行動を取っていたものといえる。

しかしながら、使用者である被控訴人Y1には、労働契約上の一般的な指揮命令権があるのであり、控訴人が法の趣旨に反した長時間かつ連続の就労をしていることを認識した場合には、直ちにそのような状態を除去すべく、Eが控訴人の希望する被控訴人Y1における勤務シフトを承認しない等の措置をとることもできたのであるから、上記のような控訴人による積極的な行動があったことは、安全配慮義務違反の有無の判断を直接左右するとはいえず、過失相殺の有無・程度において考慮されるにとどまるというべきである。

「また、被控訴人Y1としては、控訴人とAの労働契約関係に直接介入してその労働日数を減少させることができる地位にはないものの、Aとしても、兼業によって違法な長時間連続勤務の状態を継続してまで控訴人を自社の従業員として就労させることに固執するとは考えられず、控訴人に対して軽減措置を取るべき義務が否定されるものではない。」

・・・

「以上のとおり、被控訴人Y1には、労働契約上の安全配慮義務違反があると認められる。もっとも、被控訴人Y1に控訴人に対する不法行為法上の違法行為があったとまでは認められず、不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。」

3.本業の使用者に対する安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求

 裁判所は、

「被控訴人Y1は、自身との労働契約に基づく控訴人の労働時間は把握しており、業務を委託していた被控訴人Y2との労働契約に基づく就労状況も比較的容易に把握することができたのであるから、控訴人の業務を軽減する措置を取るべき義務を負っていたというべきである。」

と述べて、被告・被控訴人Y1の責任を認めました。要するに、就労状況を容易に把握することができたのであるから、業務軽減措置をとるべきであったという判断です。

 労働基準法38条1項は、

「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。」

と規定しています。

 厚生労働省は「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含むとの解釈を採用しています(昭和23年5月14日 基発第769号参照)。法定労働時間の規定の適用についても、自らの事業場における労働時間及び他の使用者の事業場における労働時間が通算されると解されているため、適正な労務管理を行おうとした場合、使用者は兼業先の労働時間まで把握しておく必要があります。

 厚生労働省も、副業・兼業の促進に関するガイドラインで、他の使用者の事業場における実労働時間を労働者からの申告等により把握するべきであるとするなど、所定外労働時間を把握することを求めています。

副業・兼業|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf

 そのため、兼業先の労働時間を事実上認識している会社は少なくありません。

 本裁判例は、こうした会社にまで広く射程が及ぶ可能性があり、少なくない実務上の意義があるように思われます。