弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

安全配慮義務違反を追及するポイント-過去に同種の事故が起きていないか?

1.安全配慮義務違反か? 単なる労働者の不注意か?

 労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

と規定しています。この義務は一般に「安全配慮義務」と呼ばれています。

 職場で事故が発生した時、安全配慮義務は、労働者が使用者に損害賠償を請求する根拠として、しばしば用いられています。

 これに対し、使用者側から、

事故は単なる労働者の不注意である(安全に配慮しなかったから生じた事故ではない)

と反論されることがあります。

 確かに、職場で発生する事故の中には、労働者が安全に気を配っていれば回避できたと考えられるものも少なくありません。

 それでは、ある事故の原因が安全配慮義務違反に該当するのか、それとも、単なる労働者の不注意に起因するものであるのかは、どのように考えられるのでしょうか?

 ごく大雑把に言うと、この問題は使用者側の予見可能性によって判断されます。

 使用者の側で事故をある程度予見できたのであれば安全配慮義務違反が成立し、労働者の不注意は過失相殺の中で考慮されることになります。他方、労働者の不注意が使用者の側で予見できないほど甚だしいものであれば、使用者側に安全配慮義務違反を追及することは難しくなります。

 それでは労働者の側が使用者の予見可能性を立証して行くにあたっては、どのような事実が重要になってくるのでしょうか?

 事案により一概には言えませんが、どの事案にも共通する視点として、

過去に同種の事故が起きていないか?

という切り口があります。

 過去に同種の事故が発生していれば、それは安全配慮義務違反を立証するうえで、有力な武器になります。

 近時公刊された判例集にも、この点が強調されることにより、労働者側が逆転勝訴した裁判例が掲載されていました。東京高判例4.6.29労働判例ジャーナル129-40 第一興商事件です。

2.第一興商事件

 本件で原告(控訴人)になったのは、被告(被控訴人)の経営する店舗(本件店舗)において、調理担当として働いていた方です。雨に濡れた屋外階段(本件階段)を使用したところ、転倒して負傷しました。

 原告の方は、この事故の原因が、本件階段の床面に滑り止めを施工したり、注意を促す表示をしたり、雨でも滑らない履物を用意したりするなど、本件階段が雨で濡れた際も、従業員が同階段を安全に使用することができるように配慮すべき義務を懈怠した使用者の側にあるとして、被告に対して損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 一審が原告の請求を棄却したことを受け、原告が控訴提起したのが本件です。

 この事件では安全配慮義務違反の有無が争点となりましたが、裁判所は、次のおとり述べて、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、本件ビルにおいて本件店舗を経営し、調理担当従業員をして食材の運搬、調理等の業務に従事させていたところ、その業務上の必要から、いわば職場の一部として本件階段を常時使用させるとともに、本件サンダルを使わせていたものといえる。しかるに、本件階段は、本件ビルの屋外に設置された外階段であって、雨よけ等の屋根がなく、雨に濡れる場所にあったところ、被控訴人は、調理担当従業員をして、食材やごみを運搬するなどのため、3階店舗の玄関で土間に降りさせ、本件サンダルを履かせて本件階段を降りさせていたものである。このような状況の下、控訴人の前任者であるCは、平成28年ないし同29年頃、被控訴人の用意したサンダルを履いて本件階段を降りていた際、雨で濡れた本件階段で足を滑らせて転倒し、本件店舗の現場責任者であるF店長は、その直後に現場を見て、Cの転倒の事実を把握していたものである。また、本件事故の直前に、Eは、ごみを出しに行くため、本件サンダルを履き、発砲スチロール等を両手に持った状態で本件階段を降り始めたところ、滑ったものの転倒せず、その後は慎重に本件階段を降りたにもかかわらず、再び滑って転倒し、でん部を階段の角にぶつけているし、本件事故のあった月の翌月にも、Dは、本件サンダルを履いて本件階段を降りた際、足を滑らせて転倒している。

このような事情の下では、本件事故時において、調理担当従業員が、降雨の影響によって滑りやすくなった本件階段を、裏面が摩耗したサンダルを履いて降りる場合には、本件階段は、調理担当従業員が安全に使用することができる性状を客観的に欠いた状態にあったものというべきである。それにもかかわらず、被控訴人は、調理担当従業員に、降雨の影響を受ける本件階段を、その職場の一部として昇降させるとともに、裏面が摩耗した本件サンダルを使わせていたものである。しかるところ、雨で濡れた階段を裏面が摩耗したサンダルで降りる場合には、滑って転倒しやすいことは容易に認識し得ることである上、本件事故が発生する以前に、本件店舗の現場責任者(F店長)も、調理担当従業員であるCが本件階段で転倒した直後に現場を見て、同人が転倒した事実を把握していたというのであるから、被控訴人は、上記の場合において、業務中の調理担当従業員が、本件階段で足を滑らせて転倒するなどの危険が生ずる可能性があることを、客観的に予見し得たものというほかない。そして、被控訴人において、そのような危険が現実化することを回避すべく、本件事故発生以前において、本件階段に滑り止めの加工をしたり、降雨の際は滑りやすい旨注意を促したり、裏面が摩耗していないサンダルを用意したりするなど、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮する措置を講ずることは、被控訴人自身が、本件事故発生以後においてではあるが、実際に行った措置であることに照らしても、十分可能であったというべきである。」

「そうである以上、被控訴人は、本件事故時において、上記のような危険が現実化することを回避すべく、上記のとおり、調理担当従業員に対して本件階段の使用について注意を促したり、本件階段に滑り止めの加工をしたりするなどの措置を講じ、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮すべき義務を負っていたものと解するのが相当であるところ、被控訴人において、本件事故時、上記の義務を履行するために、何らかの安全対策を採っていたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人は、控訴人に対する安全配慮義務に違反したものといわざるを得ない。そして、本件階段への滑り止めの加工等の措置の性質・内容に、被控訴人が、本件事故後上記のような安全対策を施した後は、本件階段で足を滑らせて転倒した調理担当従業員が存することが本件証拠上うかがわれないことも併せ考慮すれば、被控訴人が上記義務を尽くすべく安全対策を採っていれば、本件事故の発生を防止することができたことが認められる。そうすると、被控訴人は、上記安全配慮義務違反によって、控訴人をして、本件階段で足を滑らせて転倒させ、その右手、腰部等に本件傷害を負わせたものというほかない。」

「以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、上記安全配慮義務に違反したことによる損害賠償義務を負担するものというべきである。」

・被控訴人の主張に対する判断

「被控訴人は、控訴人においては、本件事故時、自らの足元を十分に注意して見て足を運ぶという注意を怠っており、本件事故の直接の原因は、控訴人の不注意にある旨主張する。」

「しかし、控訴人において、本件事故時、上記注意を怠っていたことを前提としても、これを、過失相殺を基礎付ける事情として考慮することはともかく、控訴人が上記注意を怠ったことから当然に、被控訴人の安全配慮義務違反が否定されるものではない。」

「したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。」

3.過去事例が鍵になった例

 本件は過去に類似の事故が発生していたことが原審とは異なり安全配慮義務違反を認める根拠にとして重視されました。

 安全配慮義務違反が争われる事案では、ともすると当該事故時の状況に議論が集中し、過去に同種の事故が起きていたのかどうかは、等閑になりがちです。

 しかし、本件のように過去に同種の事故が発生していないのかが重要な意味を持つ事案もあるため、過去事例は必ず調査すべきですし、調査できない場合は訴訟の初期段階で求釈明を申立てるなどの対応をとっておく必要があります。