弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

安全配慮義務-口頭注意だけではダメ、守らせるための対応が必要

1.安全配慮義務

 労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

と規定しています。

 しかし、法文からは、どこまでの配慮が必要なのかを、一義的に導けるわけではありません。

 それでは、労働者が危険な行動に及んでいた場合、使用者には、どれだけの配慮が必要になるのでしょうか。

 ルールを定めたうえ、口頭で危険な行動に及ばないよう注意喚起していれば足りるのでしょうか? それとも、口頭での注意喚起を超え、危険な行動に及ばないようルールを守らせることまで必要になってくるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。名古屋地判令3.2.26労働判例ジャーナル111-20 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件で被告になたのは、郵便局を設置し、郵便の業務等を営むことを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告に雇用され、アソシエイト高齢再雇用社員としてC郵便局に配属され、配達の業務に従事していた方です。C郵便局駐車場内の発着場において、運送用トラックの荷卸し、荷積に用いる昇降機(本件昇降機)付近を通行しようとした際に、本件昇降機が上昇したため、転倒するという事故(本件事故)が発生しました。

 本件事故により中心性脊髄損傷の傷害を負い、後遺障害として両下肢に軽度の麻痺が残ったことなどから、原告は、被告に対し、安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 本件事故を引き起こした本件昇降機は、C郵便局1回郵便部事務室北側の中央発着口付近の発着台に設置されていました。

 局内から駐車場に出るのは中央発着口を通行するのが最短経路であり、C郵便局の職員は接車中であっても、本件昇降機が動いていない時には本件中央口を通行していました。

 原告は、こうした実情を捉え、

「被告には、職員が本件昇降機の付近を通過できないよう立ち入りを禁止する」

などの措置を講じ、本件昇降機による危険を防止する義務があったと主張しました。

 これに対し、被告は、

「郵便物等の搬出入などの内務作業に支障を及ぼすため、中央発着口付近を通らないようにと注意喚起」

していたなどと反論しました。

 こうした事実、主張を踏まえ、裁判所は、次のとおり述べて、被告の安全配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「使用者は、その使用する労働者に対して、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負う。」

「前記認定のとおり、C郵便局においては、局内から東側駐車場に行くためには中央発着口から出るのが最短であり、中央発着口にトラックが接車中であっても、本件昇降機が稼働していない場合には、職員が中央発着口を利用していたことが認められる(なお、被告も、本件事故頃、トラック接車中に中央発着口を利用する職員がいたことは認めている・・・。」

「本件において、本件昇降機が稼働している際に本件昇降機付近を通過することは転倒等の危険を生じる恐れがあることには争いがなく、上記のとおり、トラック接車中であっても職員が中央発着口を利用することがあったと認められるから、被告は、トラック接車中に中央発着口を利用することがないよう、職員が安全に通行できる通路を確保するか、本件昇降機付近を通過しようとする職員が、確実に本件昇降機が稼働することを認識できるようにする等、本件昇降機による事故を防ぐ義務を負うというべきである。

被告は、職員に対し、トラック接車中の中央発着口付近の通行を禁止し、職員に周知するとともに、原告には個別にも指導していたから安全配慮義務違反はないと主張し、証人Eは、トラック接車中、昇降機の稼働に関わらず中央発着口を利用することを禁止しており、原告にもその都度注意していた旨供述する。

「しかし、前記認定のとおり、本件事故後にも本件昇降機の『稼働中』の通行が禁止されているのみであることからすれば、被告が、本件事故当時において、トラック接車中全般について中央発着口の通行を禁止していたとは認められないから証人Eの供述を採用することはできないし、トラック接車中であっても、本件昇降機が動いていない場合には職員は付近を通行していたと認められることからすれば、仮に被告がトラック接車中の通行を禁止していたとしても、これを徹底するために口頭注意以上の措置が取られたとも認められない。また、原告への個別指導については、原告が明確に否認しており、証人Eの供述を裏付ける他の証拠もないことから直ちに採用することはできず、仮に、口頭で注意したことがあったとしても、これを守らせるための対応を取ったとも認められず、被告の安全配慮義務が果たされたということはできない。

(中略)

「以上より、被告には、安全な通路を確保しておらず、また、本件昇降機の稼働を知らせる措置を取っていなかった点において安全配慮義務違反が認められ、これは、被告の不法行為となる。」

3.アリバイ的な口頭での注意喚起がされているだけではダメ

 従業員によって危険な行動がなされていても、申し訳程度に注意喚起されているだけで、使用者によって何ら実効的な措置がとられていないことは、それほど珍しくはありません。そして、危険な行動が従業員側にとっても一定の利便性がある場合、こうした構造は温存されがちです。

 しかし、ひとたび重大な事故が発生すると、労使間に深刻な対立が発生します。

 背に腹は代えられない労働者は安全配慮義務違反を追及しますし、使用者としては多額の賠償金の支払いを回避するため、アリバイを最大限利用しようとします。

 本裁判例は、こうした局面において、労働者側に軍配を上げました。口で言うだけでは足りず、安全確保に向けたルールを守らせるための対応がとられていなければ、安全配慮義務違反を免れないと判示しました。

 過失相殺はなされるにしても(本件でも5割の過失相殺がなされています)、危険な行動が放置されていたのでは、安全配慮義務が履行されているとはいえません。この判断は、類似事案の損害賠償請求で比較的広範に活用できる可能性を持っているように思われます。