弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

その言葉を使う必要はあるのか?-叱咤激励を行うにも上司は言葉を選ばなければならない

1.叱咤激励

 労災民訴でも、労災の取消訴訟でも、上司の乱暴な言動によって精神疾患を発症したと主張すると、「あれは、激励するための言動であって、いじめではないのだから、与えた心理的負荷は大きくない。」という趣旨の反論が返ってくることがあります。

 しかし、これはハラスメントをする側の理屈であり、深刻な結果が発生してから、後付けのようにこうした反論が展開されることには、常々疑問を持っていました。

 このような疑問を持っていたところ、近時公刊された判例集に、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、福岡地判令3.3.12労働判例ジャーナル111-16 国・福岡中央労基署長事件です。

 何が目を引いたのかというと、激励のためであれば否定的評価を伴う言葉を使う必要はないだろうという理屈で、被告側の弁解を排斥している点です。

2.国・福岡中央労基署長事件

 本件は、自殺者の遺族が提起した労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 本件で自殺したのは、亡P4です。 

 亡P4は平成21年4月1日に新日本グラウト工業株式会社(本件会社)に就職しましたが、平成23年3月22日、自動車内で練炭自殺を図り、一酸化炭素中毒により死亡しました。

 親である原告は、亡P4の自殺が、長時間労働及び上司からの度重なる叱責や暴言等の業務上の心理的負荷によるものであると主張して、平成26年9月17日に処分行政庁に遺族補償年金の支給を求めました。しかし、処分行政庁は、平成27年3月27日付けで、亡P4に発病(悪化)した精神障害については、業務起因性が認められないとして、遺族補償年金を不支給とする処分(本件処分)をしました。

 その後、原告は、審査請求、再審査請求に及びましたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消訴訟を提起したという経過が辿られました。

 本件の原告は、亡P4が受けていた心理的負荷として、恒常的な長時間労働等のほか、上司P6からのパワーハラスメントを主張しました。亡P4は自殺する3日前と4日前に、上司P6から「腹黒い」「嘘くさい笑顔」「偽善スマイル」等の言葉を浴びせられており、これが極めて強度の心理的負荷を与えたと主張しました。

 原告がこうした主張をしたのは、死の直前に亡P4が上記言動をひどく気にしていたからです。

 自殺に至る経緯として、裁判所では、次のような事実が認定されています。

(裁判所の事実認定)

P6は、平成23年3月18日、亡P4に対し、仕事の相手から注文書をもらうことの重要性や、その心構えを指導する際に、この中で一番俺が腹黒い、二番目はP4君ぐらいだろうなどと述べた・・・。

翌19日、P6は、亡P4に対し、社内発表会(本件会社では毎年、各部署から発表者が出て社員全員〈60名程度〉の前で、それぞれが担当する専門分野についての発表をすることになっており、平成23年は、亡P4が技術部の発表者になっていた。)について指導をする際に、偽善的な笑顔でいいんだよなどと言った・・・。なお、P6は、上記・・・及び本発言をした時点で、特段亡P4に変化があったとは感じていなかった・・・。」

「同日、亡P4は、mixi(株式会社ミクシィが提供するソーシャル・ネットワーキングサービス)に、腹黒い、偽善スマイル、笑顔が嘘くさいということを上司に言われた旨の投稿をした・・・。また、亡P4は、同日、普段と異なり、夕食を自室で食べるなど、落ち込んでいる様子であった・・・。」

「同月20日、亡P4は、友人であるP12(以下『P12』という。)からの遊びの誘いのメールに対して、『今日はちょっとイマイチ体調が。また誘ってね。』と断った(甲1・238ないし240頁)。また、亡P4は、同日行く予定だったテニスの練習が大雨のため中止となり、一日中家にいたが、同日の夜には、原告に対して、部長から笑い顔が偽りと言われたと話し、ビール2、3杯と焼酎を飲みながら、P6について愚痴をこぼしていた・・・。」

「同月21日、亡P4は午前8時頃に起床し、会社に行かないといけないと言っていたものの、意識が朦朧としたような状態であったため、夜まで家にいて、午後7時半頃家族とともに夕食を食べた。その後、午後8時30分頃に亡P4が部屋から出て突然歯磨きを始めたので、P5がどこに行くのかと尋ねると、亡P4は『ちょっと』と返事をするだけであった。同日午後8時50分頃、亡P4は、P5の車で外出し、ホームセンターでバーベキューコンロや木炭を購入してから、福岡県八女郡所在の山中に向かった。
・・・」

同日午後10時17分、亡P4は、P7に対し、『僕ってそんなに腹黒いですかね?僕の笑顔はそんなに嘘くさいですかね?金曜・土曜と『おまえは腹黒い』『嘘くさい笑顔』『偽善スマイル』という言葉を執拗に浴びせられ『どんな顔して外を歩いたらいいのかな』ってよくわかんなくなりました。』というメールを携帯電話から送信した・・・。また、同日午後11時03分、元交際相手に対して、『2つだけ質問。〔1〕僕は腹黒いですか?〔2〕僕の笑顔は嘘くさいですか?そんなことを上司に面と向かって言われてさすがにムッときたんですが、まわりの大人もうつむき加減で、あながち正しいのかなって思ってみたりして凹みました。』などというメールを携帯電話から送信した・・・。その後、亡P4は、福岡県八女郡α大字β所在の山中において、車の後部座席で木炭を焚き、一酸化炭素ガスを吸引したことによって、同月22日午前2時頃、一酸化炭素中毒によって死亡した・・・

 原告側の主張に対し、被告側は、大意、

腹黒いと評したのは「亡P4を侮辱する意図で言ったものではなく、むしろ亡P4を評価しているものと理解すべき」である、

偽善的な笑顔と述べたのは「人前で発表することを苦手とする亡P4の緊張をほぐし、リラックスさせる意図でなされた激励と業務指導」である、

などと述べ、該当の発言が亡P4に与えた心理的負荷は「弱」に留まると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて被告の主張を排斥し、心理的負荷を「中」と認定しました。

(裁判所の判断)

「本件では、認定事実・・・のとおり、P6が亡P4に対して、平成23年3月18日には、注文書を客からもらう際の心構えの指導として、『腹黒い』という表現を用い、翌19日には社内発表会の指導の際に『偽善的な笑顔』でいいなどという表現を用いているところ、『腹黒い』及び『偽善的』という表現は、一般的に人に対する否定的評価をする際に用いられる言葉である。そして、亡P4は、従前からP6がP9やP7らに対して非常に厳しい指導態度で臨んでいたのを日常的に目の当たりにしており、自らが指導を受けた際には不満を抱いた表情は見せるものの言い返すことはなかった事実や、自身のことをP6が神経質と評しているのを聞いて亡P4が不快感を表していたという事実などからすると、P6は亡P4にとって畏怖の対象となる苦手な上司であったといえる。亡P4は、そのような上司であるP6から連日にわたって、『腹黒い』、『偽善的な笑顔』などと言われたところ、これらの言葉はいずれも内心で何を考えているかわからない信用できない人物であることを印象させる同種のカテゴリーに属するものであって、亡P4としては、上司であるP6が亡P4をその言葉のとおり否定的に評価しているものと捉えてもやむを得ない面があったといえるから、これらの発言を単発的なものと評価するのは相当ではなく、一体のものとして評価すべきである。したがって、上記P6の発言は、入社2年目の亡P4にとっては相当程度の心理的負荷があったものと認められる(なお、被告は、平成23年3月18日に偽善的な笑顔、翌19日に腹黒いという発言をしたことを前提とした主張をしているものの、P6の証言によれば、認定事実(3)エ及びオのとおりの時系列であると認められる。)。そして、前述のように、これらの発言の前には月100時間を超える長時間労働を余儀なくされていたことからすると、長時間労働によって疲弊していた亡P4に対して追い打ちをかけるような形で心理的負荷がかかったというべきである。」

「これを認定基準に即して判断すると、当該出来事は『(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた』に該当し、当該出来事自体の心理的負荷は『中』程度であっても、その出来事前に月100時間を超える残業時間(恒常的長時間労働)が認められることから、心理的負荷の程度を『強』と修正すべきである。」

「これに対し被告は、平成23年3月18日の出来事と同月19日の出来事は別の出来事として評価すべきであると主張するが、亡P4にとってP6は畏怖の対象となる苦手な上司であって、その対応には常に緊張を強いられていたこと、『腹黒い』、『偽善的な笑顔』という言葉は人物評価において同種のカテゴリーに属することは前記のとおりであって、亡P4が自殺する直前にP7や元交際相手に送信したメールを見ても、亡P4が連日にわたって人格否定的な発言をされたことによって落胆していたことは明らかであるから、これらの発言は一体の出来事として捉えるのが相当である。したがって、被告の主張は採用できない。」

「さらに被告は、P6による各発言は、亡P4の人格や人間性を否定したり、侮辱したりするような意図で行われたものではなく、亡P4に対する激励ないし業務指導として行われたものであり、厳しい口調でなされたものではなかったことからしても、業務指導の範囲を逸脱するものとはいえない。また、繰り返し執拗になされたものではなく、客観的に見ても、平均的労働者であれば取立てて気に留めない程度のものであって、業務に内在する危険性が現実化するようなものとはいえないというべきであるから、心理的負荷は大きいものとは認められず、心理的負荷を評価するとしても、『弱』にとどまると主張する。」

被告が指摘するとおり、P6自身は亡P4を激励ないし業務指導する趣旨でこのような発言をしたのかもしれず、また、執拗にこのような発言をしたとまでは認められない。しかしながら、前記のとおり、一般的に『腹黒い』及び『偽善的』という言葉が人に対する否定的評価で用いられているものであって、激励や業務指導のために、このような否定的評価を伴う言葉や表現をあえて用いる必要性はなく、別の言葉や表現に置き換えることは容易である。その上、亡P4とP6との従前の関係性やP6による部下に対する指導の厳しさを踏まえると、亡P4からすれば、P6が激励ないし業務指導の趣旨としてこのような発言をしたものと捉えることは容易でなく、『腹黒い』及び『偽善的』という言葉をそのまま自己に対する否定的評価として受け止めたとしても不自然ではないし、そのように受け止めることが平均的労働者の感覚から外れたものともいえない。また、P6は、二日連続で『腹黒い』、『偽善的』という人格否定的な言葉を亡P4に対して用いているのであって、これらの言葉を繰り返して執拗に言っていなかったとしても、入社して約2年間部下としてP6に接してきた亡P4にとって相当程度の心理的負荷があることに変わりはなく、その心理的負荷の強度は『弱』にとどまるものではないというべきである。

「したがって、被告の主張は採用できない。」

3.上司は言葉を選ぶべき

 裁判所の事実認定に照らすと、確かに、P6が悪意をもって「腹黒い」「偽善的」という言葉を使ったというのは酷であるように思われます。

 しかし、使う必要のない言葉を使ってP4のメンタルにダメージを与えたということは否定できません。

 悪意がなかったとしても、必要もなく人に心理的負荷を与える言葉を使うことは、やはり否定されるべきであり、上司としては、部下に対して発する言葉を慎重に選ばなければならなかったのだと思います。

 その言葉を使う必要はあったのか?-この理屈は、指導だという弁解を排斥するにあたり汎用性の高い論理であり、今後の同種事案の処理に影響する可能性があるように思われます。