弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

対応頻度が低くても精神的負荷が軽減されない業務

1.地方公務員災害補償法

 私企業の労働者が業務災害に被災した場合、労働者災害補償保険法に基づいて各種補償がなされます。これに対し、地方公務員の方が公務災害に被災した場合、地方公務員災害補償法という法律に基づいて各種補償が行われます。

 地方公務員の方が精神障害を発症した場合、その公務起因性は、

精神疾患等の公務災害の認定について(平成24年3月16日地基補第61号)

「精神疾患等の公務災害の認定について」の実施について(平成24年3月16日地基補第62号)

等の通達類に基づいて判断されます。

 「精神疾患等の公務災害の認定について」は、精神障害を公務災害と認定するための要件として、

対象疾病発症前のおおむね6か月の間に、業務により強度の精神的又は肉体的負荷を受けたことが認められること

業務以外の負荷及び個体側要因により対象疾病を発症したとは認められないこと

の二つを掲げています。

 このうち一番目の要件、「業務により強度の精神的又は肉体的負荷を受けたこと」の認定に関し、興味深い判断をした裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。札幌高判令3.9.7労働経済判例速報2469-17 地方公務員災害補償基金北海道支部長事件です。

2.地方公務員災害補償基金北海道支部長事件

 本件は自死した公務員の遺族(妻)が原告となって提起した取消訴訟の控訴審です。

 原告の方は夫が自死したのは公務に起因して精神疾患を発症したからであるとして、自死(本件災害)を公務上の災害に認定することを求めました。しかし、処分行政庁は公務外の災害と認定する処分を行いました(本件処分)。

 原告の方は本件処分の取消を求めて訴訟を提起しましたが、一審裁判所は原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 自死した公務員の方(亡D)は、北海道にある地方公共団体の産業振興課農務係等で勤務していました。個人的に興味深いと思ったのは、営農用水警報に対応する業務の心理的負荷に関する評価です。裁判所は同公務の心理的負荷について、次のとおり判示しました。なお、控訴審裁判所は一審の判断を破棄し、公務外認定処分を取り消しています。

(裁判所の判断)

営農用水警報は、所定勤務時間の内外にかかわらず発せられるものであり、特に、浄水場に入ってくる水量の異常、配水池の水位の低下を示す警報は、原因を特定し異常を解消しなければ断水に繋がるため、緊急性が高いものであって、職員が、勤務時間内外において不規則的に雄武町役場の庁舎から車で片道10分ないし15分程度を要する浄水場に赴いて対応することが求められるものであった・・・。

営農用水警報は、農務係長である亡Dに最初に発せられることになっていたから・・・、亡Dは、発せられたほぼ全ての警報について、対応の要否等の判断をする必要があったといえる。営農用水警報が所定勤務時間の内外にかかわらず発せられるものであることから、亡Dは、常に警報が発せられる可能性があることを意識しておかなければならず、緊急性が高い警報が発せられた場合に対応を怠ると重大な損害が生じ得ることを考慮すると、その精神的な負荷は相当程度のものであったというべきである。

「この点について、被控訴人は、緊急性の高い警報以外については亡Dが対応する必要がなかったこと、緊急性の高い警報が発せられた回数が少ないことを指摘して、営農用水警報への対応は亡Dに緊張を強いるようなものではなかったと主張する。」

「確かに、平成27年6月から同年11月までの間(ただし、共栄・中雄武浄水場においては、同年9月から同年11月までの間)において営農用水警報が発せられた回数は67回、そのうち所定勤務時間外のものは42回であり、さらに、このうち亡Dが現地での対応を行ったのは7回にすぎない(原判決別紙2。音稲府浄水場で計3回、共栄・中雄武浄水場で計4回。ただし、共栄・中雄武浄水場における同年10月14日の計6回の警報は、もともと予定されていたろ過槽修繕工事に亡Dが立ち会い、配水池低水位の監視等を行ったものであるため、1回として計上した。)。」

「しかし、結果的に緊急性の高い警報が発せられた回数が少なく、勤務時間外に対応を要する頻度が低かったとしても、いつ警報が発せられるか分からず、警報が発せられた場合に対応を怠ることが許されない立場にいた亡Dの精神的負荷が軽減されるものではない。

したがって、実際に発せられた警報の回数が少なかったからといって亡Dの精神的負荷が軽微なものであったとはいえない。

3.対応頻度が低くても精神的負荷が軽減されない業務

 裁判所は緊急性の高い業務が不規則に発生していたことを捉え、対応頻度が低かったとしても、営農用水警報に対応する業務の心理的負荷は軽減されないと判示しました。

 この判示に興味を覚えたのは、同様の論理が業務災害や公務災害の場面だけではなく残業代を請求する場面にも転用できる可能性があるように思われたからです。

 仮眠時間・不活動時間の労働時間性に関しては、

「仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対応することが義務づけられていても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務づけがされていないと認めることができるような事情が認められる場合においては、労働時間には当たらない」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕154頁参照)

と理解されています。

 こうした理解に立脚しているため、仮眠時間や不活動時間の労働時間性を主張すると、しばしば対応回数や対応内容など対応の実態がどうだったのかが争われます。

 対応頻度の低い事案である場合、労働時間から除外されることは少なくありません。しかし、本件のような論理で四六時中気を張っていなければならなかった職場であることを立証できれば、対応頻度が低かったとしても、仮眠時間・不活動時間に労働時間性が認められる可能性があるように思われます。

 もちろん、労災(公務災害)の取消訴訟と残業代の支払いを求める民事訴訟とは別物であり、前者の領域で適用されているからといって、その論理が後者でも通じるとは限りません。

 とはいえ、この労働強度に注目したアプローチは、残業代請求に留まらず様々な場面で活用できる可能性を持っているため、今後の動向が注目されます。