弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ被害を会社に相談したところ、上司から友好的な態度を一変させられたら・・・

1.セクシュアルハラスメントがパワーハラスメントに転化する事例

 平成27年、 

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示した最高裁判例が話題を呼びました(最一小判平27.2.26労働判例1109-5 L館事件)。

 この最高裁判例からも窺われるとおり、セクハラを会社に申告することが、人間関係を悪化させたり、報復としてのパワハラに繋がったりすることは少なくありません。

 しかし、セクハラの相談・申告に引き続いてハラスメントが行われたとしても、それが報復目的であると立証されることは、それほど多くはありません。人の内心は外側からは分からないため元々立証のハードルが高いうえ、ハラスメントは業務上の指導等に仮託して行われることが多く報復目的であることが分かりにくいからです。

 このような状況の中、近時公刊された判例集に、パワハラの動機がセクハラ被害を相談したことへの報復目的であることが認定された裁判例が掲載されていました。札幌地判令3.6.23労働判例1256-22 人材派遣業A社ほか事件です。

2.人材派遣業A社ほか事件

 本件で被告になったのは、人材派遣業等を目的とする株式会社(被告会社)と、その専務取締役Y1(被告Y1)の2名です。被告Y1は原告の直属の上司にあたります。

 原告になったのは、昭和53年生まれの女性であり、被告の札幌支店長として勤務していた方です。被告Y1からセクハラを受け、それを会社に相談したところ、被告Y1からパワハラを受けるようになったことなどを理由に、被告らに対して損害賠償を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 裁判所はセクハラやパワハラの存在を認め、被告らに対して損害賠償の支払いを命じました。その結論を導くにあたり興味深かったのが、パワハラの認定です。裁判所は、次のとおり述べて、パワハラがセクハラを会社に相談したことへの報復目的であったと認定しました。

(裁判所の判断)

「被告Y1は、平成29年6月5日、原告が作成した人事考課表の評価方法に関して原告を叱責したところ(この限りでは、当事者間に概ね争いはない。)、原告は、認定事実・・・のとおり、被告Y1から強く叱責されたことを具体的かつ詳細に述べており、その供述内容は一貫している。」

「また、上記・・・で認定説示したとおり、被告Y1は、この頃には既に、原告が本件LINEメッセージ等に関して周囲にセクハラの相談をした事実を認識していた。被告Y1は、好意を寄せていた原告が陰でセクハラ被害の相談をしていたことを知り、少なからずショックを受けたと考えられるのであって、原告から不快感を持たれていることを逆恨みして、報復を考えたと見ても不自然ではない。そうすると、被告Y1には、原告に対して厳しく接する動機があるといえ、このことからも原告の供述が裏付けられる。

この点について、被告Y1は、原告が個人的に嫌っている者(C及びK)を不当に低く評価していると考えたために指導したなどと述べており・・・、正当な動機に基づく指導であることを主張するようである。しかしながら、Cから受けた相談内容が深刻なものでなかったことは前述したとおりである上、Kに関しては、何ら事情を確認していないというのであるから・・・、被告Y1がかかる動機を有していたとは認め難い(仮にCに対するパワハラ的な対応があると認識して、不当な人事評価がされていることを疑ったというのであれば、Kに対しても事実関係を確認するのが自然である。)。」

「したがって、この点に関する原告の供述は基本的に信用できるものと認められるから、認定事実・・・のとおり認定した。被告Y1は同事実を否定するが、前記・・・のとおり、平成29年5月頃には原告がセクハラ被害の相談をしていると認識したと認められるにもかかわらず、これを全面的に否定する供述態度等に鑑みれば、被告Y1の供述を原告供述よりも信用できるものと見ることは困難である。

(中略)

「被告Y1のパワハラに関しても、原告主張のハラスメントに相当する事実関係・・・が認められる。これに加えて前記・・・で認定説示した点も併せ鑑みれば、被告Y1は、平成29年5月頃、一方的に好意を寄せていた原告が他の従業員に対してセクハラ被害を相談したことを知り、不快感を抱くとともに、その報復として、同月以降、それまでの友好的な態度を一変させ、①原告が作成した人事考課表につき、『1を付けた管理者なんて今まで見たことがない』などと述べて原告を強く叱責したり、②札幌支店の従業員も同席した被告会社の会議の場で、『この数字は支店長としてどう思っているのか』、『こんなマネージメントは聞いたことがない』などと発言して、公開の場で原告の支店長としての資質を貶めたり、③改善点の指導を求める原告に対し、『自分が一番正しいと思っている』などという人格否定につながる発言をしたものと評価できる。原告は、セクハラ被害の相談を被告Y1に知られたことが、同人が態度を一変させた理由であることを知り、これらの被告Y1の言動によって心身に不調をきたし、退職を考えるようになるまで追い込まれた・・・。これらの被告Y1の行為は、いずれも業務上の指導の名を借りて行われたものであるが、原因とされた原告の行為内容等に照らし、必要かつ相当な範囲を逸脱するものといえ、直属の上司としての立場を利用したハラスメントと評価できるから、不法行為を構成する。

被告らは、人事考課における原告の『1』という評価には誤りがあったから、その是正を求めた被告Y1の指導内容は相当なものであったなどと主張し、被告Y1も同旨を述べる・・・。

しかしながら、そもそも被告会社には人事考課表の作成に関するマニュアルがなく、原告に対して評価方法に関する具体的指導もされていなかったこと・・・を踏まえれば、被告Y1がした叱責・・・が業務上の正当な理由に基づくものであるとはいい難い。

このことに加えて、前述したとおり、被告Y1には原告に報復行為をする動機があったことを踏まえれば、被告Y1による叱責は、原告が人事考課に不慣れなことに付け込んで、業務上の指導の名を借りてなされたハラスメントと評価することが相当である。したがって、被告らの主張は採用できない。

被告らは、平成29年6月6日及び同年7月11日開催の各会議における出来事について、支店長である原告の意見を聞くことは当然のことであるなどと主張する。

しかしながら、これらの会議における被告Y1の対応が従前のものと大きく異なり、執拗に原告を非難するようなものであったことは、認定事実・・・のとおりであるから、上記主張は採用できない。

被告らは、同月12日の打合せ時の被告Y1の発言について、改善点を率直に述べたにすぎないから、パワハラには当たらない旨を主張する。

しかしながら、『自分が一番正しいと思っている。』、『真面目すぎるし、重い』などの発言は、原告の人格に対する否定的な評価を含むものであるところ、このような評価を基礎付ける具体的事実が見当たらないことに加えて、被告Y1が平成29年5月以降に原告に対してした一連の言動・・・を踏まえれば、業務上の指導として必要かつ相当な範囲を逸脱するものと評価することが相当である。

「したがって、被告らの主張は採用できない。」

3.二つの着盲点

 裁判所の判示は、二つの点で参考になります。

 一つ目は、パワハラがセクハラ被害を会社に相談したことの報復目的であることの認定方法です。他に理由があるという被告の主張が排斥できれば、「逆恨みして、報復を考えたと見ても不自然ではない」という程度の評価根拠事実でも報復目的が認定されているところに目を引かれます。これは、セクハラの事実が認められさえすれば、その後に引き続く不適切な言動について、他の理由に基づいていることが説明できない限り報復目的が推認されると言っているに等しく、立証のハードルを緩和することを指向しているように思われます。

 二つ目は、セクハラに引き続いて行われたパワハラの違法性評価です。裁判所で認定されている被告Y1の言動は、不適切であることは確かです。しかし、個人的な感覚では、セクハラが先行していなければ、違法性が認められたのかは微妙な事案であるように思われます。言動が今一歩でも、セクハラへの報復目的が認められれば、違法性を認定するためのハードルを乗り越えられることが窺われます。

 セクハラを会社に相談したことに対する報復が疑われる事案は、比較的良く目にします。本裁判例の判示事項は、そうした事件に取り組むにあたり、活用できる可能性があります。