弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラの申告は、相談窓口以外に行われたものであっても、勤務先に職場環境配慮義務を生じさせるのか?

1.男女雇用機会均等法上の相談窓口の設置義務

 男女雇用機会均等法11条1項は、

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定しています。

 この雇用管理上講ずべき措置について、厚生労働省は、

平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(最終改正:令和 2年1月15日 厚生労働省告示第 6号)

という文書を出し、事業主に、相談窓口を設置したうえ、セクハラに係る相談の申出があった場合に迅速な確認と適正な対処を行うことを義務付けています。

男女雇用機会均等法関係資料 |厚生労働省

 それでは、相談窓口以外にセクハラの相談が行われた場合はどうなのでしょうか。この場合にも、勤務先に迅速かつ適正な対処を求めることはできるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、札幌地判令3.6.23労働判例1256-22 人材派遣業A社ほか事件です。

2.人材派遣業A社ほか事件

 本件で被告になったのは、人材派遣業等を目的とする株式会社(被告会社)と、その専務取締役Y1(被告Y1)の2名です。被告Y1は原告の直属の上司にあたります。

 原告になったのは、昭和53年生まれの女性であり、被告の札幌支店長として勤務していた方です。被告Y1からセクハラを受け、それを会社に相談したところ、被告Y1からパワハラを受けるようになったことなどを理由に、被告らに対して損害賠償を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 原告が会社に対する損害賠償請求の根拠にしたのは、職場環境配慮義務です。原告は、セクハラ被害を受けた従業員が相談窓口に相談の申出をした場合、当該体制に沿って適切に対応すべき信義則上の義務があるとして、被告に損害賠償を請求しました。

 しかし、原告が相談をしたのは会社代表者や総務部長等に対してであり、原告は被告会社に設けられたセクハラ相談窓口に相談したわけではありませんでした。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、窓口以外への相談であっても、職場環境配慮義務が生じると判示しました。

(裁判所の判断)

「使用者は、労働契約上の付随義務として、労働者が、その生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負うと解される(労働契約法5条参照)。また、被告会社は、セクハラ被害相談窓口を設けて内部通報者の保護を約束するとともに、職場内におけるハラスメント防止体制を構築していた・・・。これらの点を踏まえると、被告会社は、少なくともセクハラ被害を受けた従業員が当該窓口に相談の申出をした場合、良好な職場環境を保持するため、相談内容等を踏まえ、事実関係を速やかに調査するとともに、被害者に対する配慮のための措置及び行為者に対する人事管理上の適切な措置(配置換え等を含む)を講じるべき義務(職場環境配慮義務)を負っていたと解される・・・。」

本件において、原告は上記相談窓口を利用していないが、被告会社代表者や総務部長等に直接セクハラ被害を申告していたこと・・・を踏まえれば、被告会社は、原告に対しても、上記同様の義務を負っていたと解するのが相当である(なお、パワハラも、職場環境を悪化させる行為であるという点においてセクハラと変わるところがないから、被告会社は、パワハラ被害の申告に関しても、上記同様の義務を負うと解される。)。

3.窓口以外に相談して放置されている方にも損害賠償請求の可能性はある

 セクハラに関しては、大事になることを避けるため、正式な相談窓口ではなく上司等に相談されることがあります。しかし、勇気を出して相談したにもかかわらず、適切な対応がなされないまま放置され、結局、相談窓口に正式な相談をすることなく退職に追い込まれてしまっている方を目にすることも少なくありません。

 本件の裁判例は、こうした場合であっても、職場環境配慮義務違反を理由に損害賠償請求を行うことができる可能性を示すものです。正式な相談窓口への相談が行われていなかったのであるから知らぬ存ぜぬという企業側の論陣を突破するにあたり、今後活用していくことが考えられます。