弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラを理由とする休業命令、接触禁止命令が違法とされた例

1.セクシュアルハラスメントに対する過剰反応や冤罪

 最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件が、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示して以来、迎合的言動等があったとしても、性的自由、性的自己決定権の侵害は生じていると判断する裁判例が増えつつあります。

 また、セクハラの認定を容易にする方向での裁判例は、迎合的言動との関係だけではありません。客観的な証拠に乏しくても、被害者供述の信用性を肯定してセクハラ行為を認定する裁判例も増えている傾向にあるように思われます。例えば、近時の例で言うと、名古屋地判令5.1.16労働判例ジャーナル133-12 医療法人愛整会事件は、

「被告Aは、原告の主張する各セクハラ行為の存在を否認し、かつ、本件では、セクハラ行為を裏付ける客観的な証拠が必ずしも多くないという面がある。したがって、原告の当裁判所における供述の信用性の吟味を中心としつつ、具体的に検討する。」

と述べつつ、結論において複数のセクハラ行為を認定しました。

 このようにセクハラの立証のハードルが下がることは被害者にとっては好ましいことなのですが、一方で副作用も生じさせています。具体的に言うと、使用者側の過剰反応や、冤罪的な事案の増加です。昨日ご紹介した、東京地判令6.1.30労働判例ジャーナル150-40 富士テクノエンジニアリング事件は、こうした観点からも、特徴的な判断を示しています。

2.富士テクノエンジニアリング事件

 本件で被告になったのは、工業用バルブの製造・販売・メンテナンスを主たる業務内容とする株式会社です。令和2年8月から新たに訪問看護事業(メディカル部)を開始していましたが、令和3年9月に同事業を廃止しています。

 原告になったのは、看護師資格を有する方で、訪問看護ステーションの運営管理等のために雇われていた方です。整理解雇の無効や、懲戒降格降職処分の違法無効、ハラスメントを受けたことなどを主張し、被告に対し、地位確認や賃金、慰謝料を請求したのが本件です。

 本件には数多くの論点がありますが、その中に、

セクハラを理由とする休業命令の可否、

被害者と一切接触しないことを命じることの可否、

という問題がありました。

 こうした問題について、裁判所は、次のとおり述べて、使用者側の措置の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

・休業命令関係

「被告は、在宅勤務としていた原告を職場に復帰させることは、被告の従業員に対して、さらなるパワハラ行為、セクハラ行為がなされる懸念が高く、それを避けるために、業務命令として令和2年10月1日付で本件休業命令をしたものであり、本件休業命令期間中、休業手当として基本給の6割を支払っているから賃金未払いはない旨主張している。その趣旨は、原告による労務提供を拒んだことについて『債権者の責に帰すべき事由』(民法536条2項)があるとはいえず、本件休業命令以降の賃金支払義務は生じないとの主張であると解される。」

「しかしながら、被告が主張する原告のセクハラ行為は、令和2年6月18日に原告がGに行ったセクハラ行為であるが、Gは、同年9月30日に被告を退職していること・・・、被告としても、原告がG以外の者にセクハラ行為に及んでいたとは主張していないことに照らせば、被告の主張によるとしても、同年10月1日以降、原告がセクハラ行為に及ぶ可能性が高い状況にあったとはいえない。また、同年7月2日以降の在宅勤務中において、原告がパワハラ行為又はそれに準ずるような行為に及んだことをうかがわせる事情はなく、同年10月1日以降、原告がパワハラ行為に及ぶ可能性が高い状況にあったともいえない。これらの状況に照らせば、原告を休業させなければならない差し迫った合理的な理由があったとはいえず、本件休業命令は、被告の業務上の都合によって命じられたものというべきであり、被告は、本件休業命令後も賃金支払義務を免れないというべきである。

・接触禁止命令関係

「Bが、令和2年6月29日、原告に対し、パソコン持ち出しに関する始末書を作成すること、有給休暇の残りは同年10月6日まで使わせないこと、被告の従業員であるGへのセクシャルハラスメント行為(以下『本件セクハラ行為』という。)があったことを理由に、Gと一切接触しないことをそれぞれ命じ、さらに、同年7月6日、原告に対し、誓約書の提出を求めたことは、当事者間に争いがない。」

「Bは、本件セクハラ行為の存在を前提に、原告に対して、Gと一切接触しないよう命じているが、原告は、本件セクハラ行為を否定しているので、本件セクハラ行為の存否について検討する。」

「被告は、原告が、令和2年6月18日、Gのデスクの横で清算書について質問していたが、急にGのひざ元までしゃがみ込み、Gのスカートを覗き込むという本件セクハラ行為に及んだ旨主張する。」

「しかしながら、Bもいる場において・・・、しかも、本件降格降職処分等がなされるなどBとの対立関係が強まっている状況において、前記主張のような極めて大胆な行為に出るということは、それ自体、不自然というべきである。また、Bは、その場面を見ていたと供述しているが(被告代表者)、そうだとすれば、原告の行為は相当に大胆なものであるから、その場で注意したり止めたりするのが自然であるが、Bは、そのような行動には出ていない・・・。これに加えて、本件セクハラ行為があった旨のGによる明確な供述等も存在しないこと、原告が本件セクハラ行為を否定し、当時の状況について具体的に説明していることも併せ考慮すれば、本件セクハラ行為は存在しなかったものと認められる。

「以上を踏まえて前記・・・のBの行為について検討するに、パソコン持ち出しに関する始末書の作成指示については、業務に関連するものであるし、直ちに不法行為に当たるということはできない。他方、有給休暇の取得を令和2年10月6日まで認めないとすることは、明らかに労働基準法に反するものであるし、本件セクハラ行為を理由にGとの一切の接触を禁止することも、その前提となる事実が認められず不当なものというべきである。これに加えて、前記・・・で述べた事情も踏まえれば、Bは、原告に対する心理的な圧迫を加える目的もあって,前記・・・記載のような行為に出たものと推認できる。かかるBの行為は、被告代表者としての優越的な地位に基づいて、原告に対して社会通念上相当な範囲を超えて精神的苦痛を与える行為であり、不法行為に当たるものというべきである。

3.過剰反応型、冤罪型の問題

 過剰反応型にしても、冤罪型にしても、法律相談をしているとそれなりの頻度で目にします。

 昨今、被害者側に有利な経験則や事実認定をする裁判例が増加傾向にあるように思われますが、加害者と名指しされたとしても、過剰反応であることや冤罪であることを主張できなくなるわけではありません。本件のように、適切な判断が得られる事例も確かに存在します。釈然としない思いをお抱えの方は、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。