1.整理解雇の四要素~ある要素は積極・別の要素は消極の場合
整理解雇とは「企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕397頁)。
整理解雇の可否は、①人員削減の必要性があること、②使用者が解雇回避努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の四要素を総合することで判断されます(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』397頁以下参照)。
整理解雇の可否を考えるにあたり、①~④の全てが積極、あるいは、①~④の全てが消極といえる事案では、それほどの困難はありません。
しかし、①~④の要素全てが積極、①~④の全てが消極という事案は、現実にはそれほど多くありません。大抵、どれかの要素は積極、どれかの要素は消極というように、モザイク的な様相が呈されているのが普通です。この積極・消極の要素が入り乱れている時に、裁判所がどのような判断をするのかを予測することは、決して容易ではありません。
このモザイク事案に労働者側から取り組んで行くにあたっては、勝訴判決のイメージを描きながら主張、立証活動をすることが重要です。
そうした観点から参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令6.1.30労働判例ジャーナル150-40 富士テクノエンジニアリング事件です。
2.富士テクノエンジニアリング事件
本件で被告になったのは、工業用バルブの製造・販売・メンテナンスを主たる業務内容とする株式会社です。令和2年8月から新たに訪問看護事業(メディカル部)を開始していましたが、令和3年9月に同事業を廃止しています。
原告になったのは、看護師資格を有する方で、訪問看護ステーションの運営管理等のために雇われていた方です。整理解雇の無効や、懲戒降格降職処分の違法無効、ハラスメントを受けたことなどを主張し、被告に対し、地位確認や賃金、慰謝料を請求したのが本件です。
本件では種々の興味深い判断がなされていますが、本日、焦点を当ててみたいのは、整理解雇についての判断です。
裁判所は、次のとおり述べて、整理解雇の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「被告は、本件解雇が整理解雇として有効であると主張するところ、その有効性の判断に当たっては、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性及び解雇手続の相当性の存否及びその程度を総合考慮して、本件解雇が客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認できるかどうかを判断するのが相当である。」
「本件についてみると、メディカル部は、令和2年8月に訪問看護事業を開始し、その後、利用者を増やし、令和3年3月頃には月間の売上高が約142万円に達したが、その後、従業員4名の同時退職やそれに伴う利用者離れによって売上高は大幅に落ち込んだ。その結果、メディカル部は、令和2年11月期決算では約1216万円、令和3年11月期決算では約813万円の営業損失を計上し、令和3年11月期決算では被告全体としても、約1214万円の営業損失を計上し、当期純損失は約626万円となっている。これに加えて、訪問看護事業における看護師の人員基準を満たせず、将来的な事業立て直しの展望も見通せない状況であったことも併せ考慮すれば、被告における人員削減の必要性は高いと認められる。また、被告は、経営不振が続き、将来的な事業立て直しの展望が見通せないメディカル部を廃止し、メディカル部に属していた全従業員を解雇しているから、人選の合理性も認められる。」
「次に、解雇回避努力について検討するに、被告は、本業であった工業用バルブの部門を含めても小規模な会社であるし、原告は看護師の資格を有する者として訪問看護事業に関わることを前提に採用されていることも踏まえれば、配置転換等により解雇を回避する余地は乏しく、配置転換等の措置を本件解雇前に講じなかったことは直ちに問題であるとまではいえない。他方で、役員報酬の削減や原告を含む従業員の賃金削減については検討する余地があったものというべきであるところ、証拠(乙38、72)によれば、令和2年11月期決算、令和3年11月期決算ともに、役員報酬は696万円が計上されており、役員報酬の削減がなされた形跡はない。また、被告からメディカル部の従業員に対して、メディカル部廃止の危機を前提として、賃金減額を提案したことはない。これらの事情に照らせば、被告において解雇回避努力を十分に尽くしたものとはいえない。」
「次に、解雇手続の相当性について検討するに、被告は、原告に対し、本件解雇を通知した令和3年9月22日までの間、解雇の可能性の説明やそれを前提とした再就職支援、退職勧奨等は一切行っておらず、同日になって、突如、同月30日での解雇を通知している。この点について、被告は、原告に対して看護師の応募状況や東京都保険福祉財団の見解等を定期的に知らせており、原告が主張するように突然の解雇予告通知をしたわけではない旨主張するが、解雇について説明していないことには変わりがないし、かえって、看護師の応募状況等に基づく今後の事業計画についての見通しを持っていたのであれば、原告に対して、解雇等の可能性について説明することも容易であったと考えられる。このような事情も踏まえれば、本件解雇の手続は、解雇によって打撃を被る原告のことを全く考慮していない不意打ち的なものであったというべきである。」
「以上を踏まえ本件解雇の有効性について検討するに、解雇回避努力については十分に尽くされているものとはいえず、解雇手続については、極めて不適切なものであったことに照らせば、人員削減の必要性が高く、人選の合理性も認められることを考慮しても、本件解雇は、客観的に合理的理由があり、社会通念上相当であったと認めることはできず、無効というべきである。」
3.どれか一つでも「極めて不適切なもの」があれば、それを強調する
総合判断としての特性上、裁判所がどのように有機的な判断を行っているのかは分かりにくいのですが、労働者側が突破口を考えるにあたっては、どれか一つでも「極めて不適切なもの」がないのかという視点が重要になります。
他の要素で不利なところがあったとしても、どれか極端に不適切な点があれば、本件のように総合判断のところで勝機が見えてきます。
本件は、モザイク型の整理解雇事案における訴訟追行の指標を示すものとして、実務上参考になります。