弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

生徒の保護者と性的関係を持ったことを理由として懲戒解雇された例

1.教員と保護者との性的関係・性行為

 教員の方が起こす性的不祥事というと、児童・生徒を対象とするわいせつな行為を連想される方が多いのではないかと思います。

 確かに、そういった事例も相当数あるのですが、実務上、児童・生徒の保護者と性行為に及ぶ例も決して少なくありません。こうした場合、性行為は、しばしば不貞行為としてなされています。

 それでは、児童・生徒の保護者と性交渉に及んだ場合、その処分量定は、どのように理解されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令6.1.26学校法人成城学校事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学校法人成城学校事件

 本件で被告になったのは、中学校・高等学校(本件学校)を設置している学校法人です。

 原告になったのは、本件学校の専任教員として勤務していた方です。生徒の保護者と性的な関係を持ったことなどを理由に懲戒解職処分(懲戒解雇処分)を受けました。

 これに対し、「本件保護者と不貞行為をし、性的関係を持ったことはない」と主張して、懲戒処分が無効であることの確認や、懲戒権を濫用されたことで受けた精神的苦痛の慰謝料を請求して被告を提訴しました。

 懲戒処分の無効確認請求が不適法却下されたのは昨日ご紹介したとおりですが、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒処分を有効と判示したうえ、慰謝料請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告と本件保護者のSNS上のやり取りの経過からすれば、原告と本件保護者が、平成29年11月24日午後4時38分から間もなく会い、同日午後11時39分までの間に、性行為をしたことが推認される。」

(中略)

生徒にとって、通常、教員と保護者(親)はそれぞれ別の意味で心理的に特別な存在であり、生徒の教員と生徒の保護者が性的な関係を持つことは、当該生徒に強い精神的衝撃を与え、性的な事柄についての姿勢や考え方に望ましくない影響を生じさせるおそれがある。生徒自身の保護者でなくとも、身近な生徒の保護者と身近な教員が性的な関係を持つだけでも同様のおそれがあることを否定できない。また、教員が婚姻している場合には、生徒の学習面だけでなく人格面でも教育に当たる教員が、自ら社会的倫理に反していることとなるから、その点でも生徒への悪影響が生じるおそれがある。そうすると、教員、特に婚姻している教員が、生徒の保護者と性的な関係を持つことは、教員としての適格に重大な疑義を生じさせる行為といえる。

「本件懲戒処分時の東京都教育委員会の教職員の主な非行に対する標準的な処分量定においても、保護者に対する性的行為等(〔1〕同意の有無を問わず、性行為を行った場合(未遂を含む。)、〔2〕同意の有無を問わず、直接陰部、乳房、でん部等を触る、又はキスをした場合、〔3〕性的行為と受け取られる直接又は着衣の上から身体を触れる行為をした場合、〔4〕わいせつな内容のメール送信・電話等又はメール等で性的行為の誘導・誘発を行った場合)は、免職、停職、減給とされていることなどからすれば、社会通念上も、教員と生徒の保護者との性的な行為は、重大な非行とされているといえる。」

「以上からすれば、本件非行は、原告自身の教員としての信用を害するのみでなく、そのような教員がいるという意味で、本件学校とその職員全体の名誉を傷つけるような言動といえるから、本件非行は、本件就業規則9条7号(学校及び職員全体の名誉を傷つけ、その職の信用を害するような言動は一切してはならない。)に違反する。」

(中略)

「前提事実・・・からすれば、原告が本件保護者と性的な関係を持つほど私的に親密になることができたのは、クラス担任を務める教員としての職務を通じて本件保護者との関係が深まったからであり、原告は、教員としての立場を私的な関係に利用したといえる。したがって、本件非行は、本件就業規則9条10号(職務に当たっては公私の区別を明らかにし、乱用を慎むこと)に違反する。」

(中略)

「前記・・・のとおり、本件非行は、本件就業規則に基づく服務規律(9条7号、10号)に違反するところ、原告は、教員の立場を利用して、生徒の保護者と性行為という性的な行為のなかでももっとも重大な部類の行為を私的に行った上、これが、不貞行為という社会的倫理に反する行為でもあるのだから、本件非行は、服務規律違反の中でも特に重く、教員としての適格性に重大な疑義を生じさせる行為といえる。」

「そうすると、本件非行は、本件就業規則81条1号(服務規律に違反しその情状が重いとき)に該当し、さらに同82条14号(81条に該当し、その情状が重いとき)に該当すると認めるのが相当である。」

(中略)

原告は、成人同士が恋愛関係になるという私生活上の行為をもって原告を懲戒解職とすることはあまりに重きに失する旨主張するが、原告は、その私生活上の行為に教員としての立場を利用したのであるから、私生活上の行為であることが処分を軽くすべき事情とはいえない。

また、原告は、教頭を務めていた教員と他の教員の不貞行為について、被告が、当該教員が自ら降格を願い出たのを受入れ懲戒処分をすることなく在籍することを許容していることとの均衡を欠く旨主張する。しかしながら,被告の指摘する事例は単なる職場内における不貞行為であって教員と生徒の保護者の性行為とは性質が異なるところ、同事例においても、事実上、出勤停止より重く諭旨退職より軽い取扱いといえる降格になったと評価できるから、前記事例と本件懲戒処分とが均衡を欠くとはいえない。

(中略)

「その他の原告の主張を検討しても、原告を懲戒解職処分より軽い諭旨退職処分以下としなかったことが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合に該当するということはできず、被告がその権利を濫用したものとはいえない。」

「以上によれば、本件懲戒処分は、無効とは認められない。」

3.保護者との性的関係も処分量定は重い

 保護者と性的関係を持つことは、児童・生徒に対するわいせつ行為とは違い、同意に基づいて行われていることも少なくありません。また、保護者は既に成人しており、必ずしも無知や浅薄に乗じて性的同意が取得されているわけではありません。

 こうした事情もあり、児童・生徒に対する行為よりも軽く考える方は少なくありません。しかし、保護者と性的関係を持つことは、かなり重大な非違行為として考えられています。東京都教育委員会の懲戒処分の指針も、現在は、

保護者を対象とした行為-同意の有無を問わず、性交又は性交類似行為を行った場合(未遂を含む。)

の標準的な処分量定を

免職

と位置付けています。

教職員の主な非行に対する標準的な処分量定|東京都教育委員会ホームページ

 裁判所の指摘にもありますが、保護者と性的関係を持つことは、単なる職場内不倫では済まされません。また、昨日説明したとおり、教員の方は勤務先が私立であったとしても、懲戒解雇されると教育職員免許状の取上げまで手続が進んで行きます。

 他の学校で働くこともままならなくなりますので、大人同士の関係であるからといって、甘くみないことが重要です。