弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有期労働契約の解雇の可否の係争中、期間満了間際での再就職と就労の意思

1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)

 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。

 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。

 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。

 しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、残念ながら、そのようには理解されているわけではありません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。例えば、何等かの理由によって違法無効な解雇とは無関係に就労意思を喪失してしまったような場合、就労意思喪失時以降のバックペイの請求は棄却されることになります。

 就労意思との関係ではしばしば他社就労が問題になります。他社で就労を開始した以上、元々の会社での就労意思は既に失われてしまっているのではないかという問題です。

 この他社就労との関係で、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.12.1労働経済判例速報2556-23 R&L事件です。何が興味深いのかというと、係争中の労働契約の期間満了間際で再就職をした場合でも、就労意思が否定されなかったことです。

2.R&L事件

 本件で被告になったのは、太陽熱電池等の輸出入、販売、施工、修理及びコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、ペルー共和国から来日した男性です。被告と期間1年の有期雇用契約を交わし、プロジェクトマネージャーとして勤務していた方です(賃金 基本給月額42万8200円 定額残業手当12万1800円 合計55万円)。

 試用期間3か月で令和3年10月25日から勤務を開始したところ、試用期間満了前である令和3年11月25日に「業務を円滑に遂行するための日本語によるコミュニケーションが取れない」ことなどを理由に解雇されました。これを受けて、解雇無効を主張し、未払賃金等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では解雇の可否のほか、就労意思も争点となっています。

 元々の契約は令和4年10月24日に期間満了となるところ、原告の方は、令和4年10月1日、別の会社との間で、賃金月額42万円、期間1年の有期労働契約を交わし、勤務を開始しました。本件の被告は、これをもって、同日以降、原告は就労意思を喪失しているはずだと主張しました。

 しかし、裁判所は、解雇を無効としたうえ、次のとおり述べて、就労意思も否定しませんでした。

(裁判所の判断)

「被告は、同年(令和4年 括弧内筆者)10月1日に別会社に雇用されたことをもって、原告に就労の意思がないと主張する。」

「しかし、別会社に雇用されたからといって、被告に対する就労の意思を有していないとは直ちにいうことができない上、別会社との雇用契約は、期間の定めがあり、賃金額も本件雇用契約の賃金額より少ないことからすると、原告は、少なくとも同年10月24日まで就労の意思を有していたと認められる。被告の主張は採用できない。」

3.当初契約の期間終了間際でも、就労意思は否定されない

 上述のとおり、裁判所は、期間終了間際の再就職であっても、就労意思は否定されないと判示しました。

 有期労働契約の解雇の可否を争う局面では、期間満了が近づいてきた段階で再就職が決まってしまうことが少なくありません。期間満了1か月を切っているような状態だと、もう元の職場で働く意思はないという考え方も成り立ちそうに思いますが、裁判所は、これを否定しました。

 本件は、有期労働契約の解雇の可否を争ってゆく事件で、実務上参考になります。