弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の飲酒運転-懲戒免職処分を争うことの難しさが分かる例

1.公務員の懲戒処分

 国家公務員の懲戒処分について、人事院は、

平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」

という文書を発出しています。

懲戒処分の指針について

 これは、非違行為の類型毎に、目安となる懲戒処分を示したものです。

 「懲戒処分の指針について」では、飲酒運転について、

酒酔い運転をした職員は、免職又は停職とする。この場合において人を死亡させ、又は人に傷害を負わせた職員は、免職とする。」

と規定しています。

 これによると、酒酔い運転をした職員に対しては、人の死傷の結果が生じていない限り、「免職又は停職」のいずれかの処分が選択されることになります。

 多くの地方公共団体は「懲戒処分の指針について」に準拠する形で懲戒処分の標準例を定めているため、この処分量定は国家公務員だけではなく地方公務員にも妥当します。

 個人的な感覚としていうと、停職を乗り越えて免職に至るハードルはかなり低いです。しかも、一旦懲戒免職処分が出てしまうと、それを争うことは困難な傾向があります。退職手当の全部不支給処分が取り消される例は散見されますが、本体となる懲戒免職処分そのものが取り消される例を目にすることは、あまりありません。

 近時公刊された判例集にも、懲戒免職処分の効力を争うことの困難さが分かる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、仙台地判令3.7.5労働判例ジャーナル115-24 宮城県・宮城県教委事件です。

2.宮城県・宮城県教委事件

 本件で原告になったのは、宮城県立学校教員として採用され、教頭として勤務していた方です。同僚の送別会に参加して飲酒し、その後、有料駐車場に駐車していた自動車を運転したところ、入口方向に逆走してしまい、入口付近に設けられた柵に乗り上げ、遮断ポール、その他附属の機械設備及び柵を損壊しました(本件事故)。

 原告の方は、本件事故を理由に、懲戒免職処分、退職手当全部不支給不支給処分を受けました。これら処分に対し、行き過ぎではないかということで、その取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件事故は人を死傷させたわけではありません。生じた物損は保険によって填補されました。運転したのは駐車場内にもとどまっています。原告の方は勤続約30年の間に非違行為を犯したこともなく、事故後は速やかに校長に報告をしています。

 このように、本件では、弁護を行う上での好条件が比較的揃っていました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分は適法・有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「地方公務員法29条1項に基づく懲戒処分をするに当たっては、同項各号に該当する非違行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、対象職員の非違行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮すべきものであるから、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかについては、平素から職員の指揮監督に当たり、組織内の事情に通じた懲戒権者の裁量に委ねられ、その判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される(最高裁昭和52年12月20日判決・民集31巻7号1101頁参照)。」

「これを本件についてみると、前記認定事実・・・によれば、原告は平成30年3月29日午後6時30分頃から同月30日の午前5時頃まで、ビールをグラスで二、三杯、白ワインと赤ワインをそれぞれ三、四杯、日本酒をグラス(約0.5合)で4杯、日本酒をもっきり2杯などを飲酒した上、飲酒後間もない同日午前5時30分頃、本件自動車を本件駐車場内から路上に移動させるために本件自動車の運転を開始し、入口を出口と間違えて進行した上、遮断ポール、その付属の機械設備及び柵を損壊していることが認められる。また、本件事故直後の呼気検査においては、原告の呼気から、酒気帯び運転の基準値(1ミリリットル当たり0.15ミリグラム)の4倍に当たる1リットル当たり0.6ミリグラムの濃度のアルコールが検出されていることが認められる。上記認定事実によれば、原告は、約10時間30分もの長時間にわたり相当量の飲酒をしたにもかかわらず、飲酒後わずか30分で運転行為を開始し、飲酒の影響により運転を制御することができずに、本件事故を起こしたものと認められる。そうすると、本件非違行為は、職全体の不名誉となる信用失墜行為(地方公務員法29条1項1号、33条)及び全体の奉仕者たるにふさわしくない非行(同法29条1項3号)に当たるというべきである。」

「そして、上記のような原告の飲酒の量、本件自動車の運転に至る経緯、検出されたアルコールの濃度等に加え、前記認定事実・・・のとおり、原告は、本件事故から数分後に通行人に声を掛けられていることからすると、本件事故の時間帯が午前5時30分の早朝であったとはいえ、本件駐車場の周辺には人がいたことが認められるところ、原告が上記のとおり酩酊状態であったことをも踏まえると、仮に、本件駐車場内に人がいたり、原告が本件自動車を運転して本件駐車場から公道に出たりすれば、重大な人身事故を起こしていた可能性は否定できず、本件非違行為の悪質性は決して軽微なものと評価することはできない。」

「また、原告は、本件駐車場の駐車料金が気になり、いったん路上に出て停車し、運転代行業者を待つために本件自動車を移動させたにすぎない旨主張しているものの、仮に、そのような目的であったとしても、原告は、本件自動車に乗らずとも、タクシーに乗って帰宅するなどのより安全な帰宅手段をとることが十分可能であったのであるから、原告が本件自動車を運転するに至った動機に酌むべき事情があるとはいえない。」

「さらに、教職員は、児童生徒を指導教育し、その心身の健全な発達や育成に努める責務を負い、高い倫理観、自律が期待されるところであり、前記認定事実のとおり、そのため、県教委において、飲酒運転を根絶させるため、繰り返し注意喚起をしていたほか、懲戒処分事案などを紹介して教職員の飲酒運転に係る非違行為に対して厳格に対応する旨通知していたこと、原告の勤務する宮床中学校においても、職員会議において繰り返し飲酒運転根絶の注意喚起が行われ、原告自身を含む職員自らが飲酒運転を含む非違行為を行わない旨の決意表明書に署名するなど、飲酒運転根絶に対する意識を高めていたこと、原告は、本件非違行為当時、教頭として、飲酒運転根絶を含む非違行為の防止を宮床中学校の教職員に指導する立場にあったこと、以上の事実を考慮すると、本件非違行為は、教職員の公務に対する児童生徒、保護者及び社会一般からの信用を大きく損なうものであるというべきである。」

「そうすると、本件非違行為による被害が物損にとどまり、かつ、保険により損害が填補されたこと、原告が本件非違行為に至るまでの勤続約30年の間に非違行為を起こして処分されたことがなかったこと、原告が本件事故後に直ちに校長に本件事故を申告したこと等を考慮しても、本件免職処分が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

「以上によれば、本件免職処分は適法である。」

3.やや酷であるようには思われるが・・・

 約30年真面目に勤務してきた方の駐車場内での物損事故で、運転代行を予防としていたという弁解も排斥できないうえ、事故後すぐ報告を入れているという事実関係のもとで懲戒免職処分とするのは、やや酷であるようには思われます。そのためか、流石に退職手当全部不支給処分は取消請求が認められました。

 しかし、本体にあたる懲戒免職処分は適法・有効だと判断されました。

 悲惨な結果をもたらす非違行為類型であることが事件を通じて繰り返し報道されてきたこともあり、行政も裁判所も飲酒運転には、かなり厳しい姿勢をとっています。一瞬でこれまで積み重ねてきたものが失われてしまうこともあるため、やはり、飲んだら乗るなは、徹底しておくに越したことはありません。