弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員-残業の付替処理で懲戒免職された例

1.諸給与の違法支払・不適正受給

 国家公務員には、非違行為の類型に応じた懲戒処分の標準例が定められています(懲戒処分の指針について(平成12年3月31日職職―68)参照)。

懲戒処分の指針について

 標準例は「諸給与の違法支払・不適正受給」という類型の非違行為について、

「故意に法令に違反して諸給与を不正に支給した職員及び故意に届出を怠り、又は虚偽の届出をするなどして諸給与を不正に受給した職員は、減給又は戒告とする。」

と規定しています。

 標準例は「公金の詐取」という類型の非違行為も規定しています。ここには、

「人を欺いて公金又は官物を交付させた職員は、免職とする。」

と規定されています。

 虚偽の届出をして諸給与を不正に受給することは、公金の詐取ではないかと思われる方がいるかも知れません。しかし、標準例は諸給与の不正受給を公金の詐取とは別の類型として規定し、二段階(懲戒処分は重い順に免職・停職・減給・戒告)軽い処分を標準と規定しています。

 こうした規定振りを見ると、諸給与の不正受給に対し、甘い処分が行われているのではと思われる方もいるかも知れません。しかし、実体は必ずしもそうではありません。近時公刊された判例集に掲載されていた仙台地判令3.3.25労働判例ジャーナル112-44 仙台市事件も、諸給与の不正受給に対する厳しい処分が正当とされた事件の一つです。

2.仙台市事件

 本件で被告になったのは、仙台市です。

 原告になったのは、昭和56年4月1日付けで被告に採用され、平成28年2月5日付けで被告から懲戒免職処分(本件免職処分)・退職手当全部不支給処分(本件支給制限処分)を受けた方です。

 本件免職処分を受けたのは、時間外勤務等の付替処理を行い、超過勤務手当合計57万4908円相当額を不正に受給したからです。時間外勤務の付替処理というのは、昼の休憩時間に就労した分の給与や、別の日に就労した分の給与を受給する目的で、ある特定の日に時間外勤務等をしたと申請したことをいいます。

 原告の方は本件免職処分を受けるのと同時に、本件支給制限処分も受けました。これに対し、原告は本件各処分が違法であるとして、その取消を求める訴えを提起しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示して、本件免職処分の適法性を認めました。

(裁判所の判断)

「地方公務員につき地公法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されており、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の非違行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを、その裁量的判断によって決定することができるものと解すべきである。したがって、裁判所が、懲戒権者による懲戒処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最高裁昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第1小法廷判決・民集44巻1号1頁等参照)。」

「以下、上記の見地から、本件免職処分が仙台市長の裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものというべきかどうかについて検討する。」

「既に認定した事実のとおり、本件免職処分の理由となった原告の非違行為(以下『本件非違行為」という。』は、原告は、平成18年3月に服務規律違反により訓告を受けていたにもかかわらず、勤務時間の内外が判然としない等の服務規律を逸脱した勤務態度を改めることがなく、平成24年4月から平成27年3月までの間に、原告の勤務実態と原告が被告に申請する時間外勤務等の内容が食い違っていることを認識しながら、被告に対し、別紙3の『日時』に別紙3の『申請内容』欄記載のとおり時間外勤務等をしたと申請し(付替処理)、被告から、合計57万4908円相当額を不正に受給したというものである。」

「原告は、平成18年3月、仙台市長から、勤務時間外ではあるが、約5時間にわたって職場のパソコンを使用して業務と関係のない不適切なインターネットサイトにアクセスし、閲覧とダウンロードを繰り返し行ったとして訓告処分を受けていたにもかかわらず、平成24年4月から平成27年3月までの約3年間にわたって本件非違行為を行った。また、その間、原告は、係長の立場にあった。そして、本件非違行為によって原告が被告から不正に受給した金額は57万4908円と少額ではなく、被告の職員の給与が市民の納める税金等によって賄われていることに照らせば、本件非違行為は被告の職員に対する市民の信頼を失わせる行為に当たることが明らかである。さらに、原告は、別の日時に就労した分の給与を受給する目的で付替処理を行うことが許されていないことを認識しながら本件非違行為に及んでおり、この点で本件非違行為は悪質である。また、原告が昼の休憩時間に就労した分の給与及び17時から17時15分までの間に就労した分の給与(以下『昼の休憩時間に就労した分の給与等』という。)を受給する目的で付替処理を行うことが許されていないこと(被告の職員の勤務時間、休暇等に関する条例・・・及び弁論の全趣旨によれば、そのように認められる。)を認識しながら本件非違行為に及んでいたとまでは認められないが、原告が本件非違行為に及んでいたとき、原告は、係長の立場にあり、勤続年数が30年を超えており、かつ、被告は、庁内グループウェアに『庶務事務・時間外勤務FAQ』・・・を掲載したり、本件システムに関するヘルプデスク・・・を設置したりしていたこと等からすれば、原告は、昼の休憩時間に就労した分の給与等を受給する目的で付替処理を行うことが許されていないことを認識することができたと認められるから、原告が昼の休憩時間に就労した分の給与等を受給する目的で付替処理を行ったことも非難に値するといわなければならない。」

「加えて、原告は、昼の休憩時間の就労分に係る付替処理を、当時の所属長であったP3課長から自分で勝手に考えろという趣旨の発言をされて行うようになり、17時から17時15分までの就労分に係る付替処理も、開始時間を17時とする時間外勤務を申請することが認められていないと誤解していたために行うようになったところ、当時、原告が他の者に相談することができなかったことをうかがわせる事情は見当たらないから、他の者に相談することなく上記付替処理を行うようになったことは軽率の謗りを免れないと言わざるを得ない。また、原告は、当時の所属長であったP4課長から、退庁時間は基本的に21時であり、遅くとも22時とするように繰り返し指導されていたにもかかわらず(なお、P4課長の指導は、時間外勤務等が多かった原告に対して業務の効率化を求める趣旨であったと認められる。)、P4課長の指導の趣旨を理解せず、かえってP4課長の指導内容に抵触しない方法で時間外勤務等を申請しようと考えて別の日時の就労分に係る付替処理を行うようになり、そして、別の日時の就労分に係る付替処理は、配属先が保険年金課から戸籍住民課に代わった後も、当時の所属長であるP5課長から、P4課長と同様の指導を受けていたにもかかわらず、P5課長の認識が誤っていることを同課長に理解してもらいたいなどという身勝手な理由で、そのまま継続したものであり、本件非違行為の中でも特に別の日時の就労分に係る付替処理は、付替処理が許されていないことを原告が認識していたことも併せ考えれば、悪質と言わざるを得ない。以上の事情からすれば、原告が本件非違行為を行ったことについてやむを得ない事情があったとはいえず、原告が本件非違行為を行った経緯について汲むべき事情があるとはいえない。」

以上の事情を総合すれば、原告が指摘する事情、すなわち、本件免職処分は人事院が作成した懲戒処分の指針の標準例より重いこと(同指針には、『第2標準例』として、『諸給与の不適正受給』『故意に届出を怠り、又は虚偽の届出をするなどして諸給与を不正に受給した職員は、減給又は戒告とする。』と記載されている・・・。)、原告は、本件免職処分を受けるまで、訓告処分を受けたことはあるが、懲戒処分を受けたことがなかったこと(当事者間に争いがない。)、原告は、本件各処分に先立って行われた被告による本件非違行為の調査に協力し、反省の態度を示していたこと(・・・なお、原告は、本件各処分がされた後であるが、被告に対して本件非違行為によって不正に受給した給与相当額57万4908円の一部である43万2895円を任意に返還している・・・。)など原告にとって汲むべき事情を最大限斟酌しても、本件免職処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、仙台市長の裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものということはできない。

(中略)

よって、本件免職処分が違法であるということはできず、本件免職処分は適法である。

3.金銭の詐取や横領に裁判所は厳しい

 故意による金銭の不正取得に対し、裁判所はかなり厳しい判断を示す傾向にあります。民間の場合、比較的少額であったとしても、懲戒解雇の効力が認められるケースが目立ちます。

 公務員の場合、民間の場合に比してサンプル数が少ないため、軽々なことはいえませんが、個人的な感覚としては、かなり厳しめな処分も肯定される例が多いように思われます。本件も、絶対額がそれほど多額でないうえ、付替処理をしたにすぎず(全くの架空請求というわけではない)、しかも相当部分の被害弁償までしているのに、標準例より二段階も思い懲戒免職処分の効力が肯定されました。

 やはり、金銭絡みの不正行為は、甘くみないことが大切です。