弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

相手方の好意が抗弁にならない事件類型-施設職員による施設利用者(重度知的障害者)に対するわいせつ行為

1.わいせつ行為を理由とする懲戒解雇(懲戒免職)

 教育職員(教師)等が児童にわいせつな行為をした場合、大抵の場合、懲戒解雇/懲戒免職になります。この時、同意の有無は問われません。

 例えば、東京都教育委員会が公表している

「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」

は、

「同意の有無を問わず、直接若しくは着衣の上から性的な部位(性器等若しくはその周辺部、でん部又は胸部)に触れる、又はキスをした場合」

「免職」

を標準的な処分量定としています。

教職員の主な非行に対する標準的な処分量定|東京都教育委員会ホームページ

 したがって、児童の胸部を触った教育職員は、基本的に免職になります。同意があったことは処分量定を押し下げる理由にはなりません。

 それでは、障害施設サービスを提供する施設職員と利用者との関係はどうでしょうか?

 施設職員が施設利用者にわいせつな行為を行ったような場合にも、同様に対象者の同意・好意は抗弁にならないと考えても良いのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.2.24労働判例ジャーナル137-44 オアシス事件です。

2.オアシス事件

 本件で被告になったのは、障害福祉サービス事業を目的とする合同会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、就労継続支援B型事業所の管理者・サービス管理責任者であるとともに、共同生活支援事業所のサービス管理責任者を務めていた方です。共同生活支援事業所への利用者の送迎業務にも従事していました。

 施設利用者(重度知的障害者)にわいせつな行為をしたことを理由に懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方は、わいせつ行為を否認するとともに、逆に利用者の側からわいせつ行為を受けていたと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告によるわいせつ行為を認め、懲戒解雇は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件利用者に対するわいせつ行為を行ったことはない旨主張し、原告本人もこれに沿う供述をする。他方、被告は、原告が本件利用者に対するわいせつ行為を行った旨主張し、P11は、本件利用者に事情を尋ねたところ、本件利用者は、原告から何回もキスされた、上に乗られた、胸を触られたなどと述べた旨供述する。」

「録音記録・・・によれば、原告は、本件面談において、

〔1〕得能弁護士が、『何かありますか』と尋ねたのに対し、

『向こうから、ま、ずっと来てたんですよー。抱き着いたりというのはあったんですが』(2:03頃)、

『「甘えていいー、甘えていいー」って来るわけなんですよ。それを僕こう押しのけることよくしなかったというのは事実なんです』(3:06頃)、

『別の場所で車停めて寝て、寝られなかったので寝てたときに横に来て、馬乗りに、こう、向こうから乗られたこともありました』(3:31頃)

と答え、その後、

『チューしたのは、もう事実です』(4:59頃)

と述べたこと、

〔2〕得能弁護士が『服の中に手を入れるだけ』と述べたのに対し、

『はい、それは認めます』(24:05頃)

と答えたこと、

〔3〕P5及びP6が、服の上から胸を触れたことを尋ねたのに対し、

『手をこうもっていって、いったときに手は触れてますね、胸を』(24:38頃)、

『はい、もう触れてます』(24:54頃)

と答えたこと、

〔4〕P5が、隠さずしゃべってほしいと述べたのに対し、

『服の上から触ったことはあります』(25:39頃)

と答えたこと、

〔5〕被告代表者が、本件利用者のことを女性として見ていたか尋ねたのに対し、

『やっぱり女性として見てました』(28:31頃)

と答えたこと、

〔6〕P5が、本件利用者のことを好きだったのか尋ねたのに対し、

『心のきれいな女の子で大好きでした』(30:55頃)

と答えたことが認められるところ、これらの発言は、原告が、本件利用者にキスをしたり、胸を触るなどというわいせつ行為を行ったことを自認する旨の発言であるということができる。」

「また、原告は、被告代表者が、本件利用者に黙っとけと言ったことを尋ねたのに対し、

『「こういうふうに来るのもいいんやけども、そういうのもほかの人にやったらいかんで、黙っといてなー、しゃべったらいかんで」っていうのは言いました」』(22:01頃)

と答えたことが認められるところ,これは本件利用者に口止めをしていたことを自認する旨の発言であるということができる。そして、口止めをするということからは、自らの行為について、発覚すると問題になる行為であるとの認識を有していたことがうかがわれる。」

「原告は、本件利用者らに対し、本件謝罪文を送付しているところ、本件謝罪文の内容は個別具体的な行為を記載したものではないが、

『私の行動によって(略)想像を絶する落胆とご心痛、お怒りをお与えしてしまったこと、深く深く深くお詫び申し上げます。』、

『私のような者を信頼して下さっていたのに、御期待に沿えるどころか裏切る結果となり(略)私へのお怒りと憎悪の念しかないと存じます。』、

『お尋ねするのもはばかられますが、その後、ご本人様がどのようにお過ごしでいらっしゃるのか、妻と共に心配いたしております。』、

『ご本人様の心傷を癒すことは容易でないと承知しておりますが、誠心誠意をもって償わせていただきたいと存じます。』

などの文言・・・に照らせば、原告が、本件利用者を大きく傷つける行為を行ったもので、謝罪しなければならないことを自認するものということができる。」 

「また、P3は、被告代表者に本件LINEを送信しているところ、『夫から今回の件を聴いたは(ママ)、晴天の霹靂で、これからどうお詫びしてよいのだろうと考える日々を送っております』などの文言・・・に照らせば、本件謝罪文と同様、原告が、本件利用者に関して、謝罪しなければならない行為をしたことを自認するものということができる。」

「以上に加えて、原告は、本件面談において、本件利用者とアイスクリームを食べたこと自体は、

『何回もあります』(20:13頃)

として、複数回あることを認めていること、本件利用者以外の利用者を送迎した後、本件利用者を送迎車に乗せた状態で、駐車場に車を停めて、シートを倒して昼寝していた旨の発言をしているが(20:47頃~21:12頃)、仮に、そのような状態で原告が昼寝をすれば、重度の知的障害を有する本件利用者が車外に出て行ってしまう危険性があるのであって、同発言は不自然・不合理というほかないこと、しかも、本人尋問において、昼寝はしていない、昼寝という発言は、疲れてるということと、眠たかったということが頭の中で混在してて、混乱状況の中で発したと供述しているが・・・、そのように供述を変遷させることについて、何ら合理的な説明をなし得ていないことなどをも併せ考慮すれば、原告は、本件利用者に対して、わいせつな行為(原告が本件面談で自認する行為にとどまっていたとしても、服の上から胸を触ったり、服の中に手を入れたり、キスをしていることになる。)を継続的に複数回にわたって行っていたことが認められる。」

なお、仮に、本件利用者が、原告に対して好意を有しており、積極的に身体的接触をしてきたとしても、本件利用者が、重度の知的障害者・・・であることに照らせば、それに乗じて、わいせつな行為に及ぶことが許されないことはいうまでもない。

「以上を総合考慮すれば、原告の行為は就業規則48条2項6号、7号、14号が定める非違行為に該当するものであるから、本件懲戒解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないということはできない。」

3.施設職員-施設利用者(重度知的障害者)の関係性でも同意は抗弁にならない

 なお書きではありますが、施設職員-施設利用者(重度知的障害者)との関係でも、対象者の好意は関係なく、わいせつな行為に及ぶことは許されないと判示されました。

 同意の有無を問わずわいせつな行為に及んではならないとのルールが、教育職員(教師)に特有のものではないこと、他の類似する業種にも拡張される可能性があることを示す裁判例として実務上参考になります。