弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違法行為を理由とする解雇-勤務先から命令されたことは抗弁になるか?

1.違法行為を理由とする不利益取扱い

 違法行為をしたことは、多くの場合、懲戒処分などの不利益取扱いの理由になります。この違法行為が、自発的に行われたことであれば、責任をとらされるのも、ある程度は仕方ありません。しかし、違法行為が、勤務先や上司からの指示であった場合はどうでしょうか? 例えば、勤務先や上司から指示されて、入札談合に参加したり、許認可官庁の公務員に賄賂を渡した場合であっても、談合に参加したり、贈賄を実行したりした労働者は、懲戒処分などの不利益取扱いを免れないのでしょうか?

 勤務先からの指示であることを理由に労働者が懲戒処分などの不利益取扱いを免れるためには、乗り越えなければならないハードルが二つあります。

 一つ目は、違法行為を指示されたことを立証できるかという問題です。

 少し想像すれば分かることだとは思いますが、違法行為の指示は、できるだけ痕跡を残さないように行われます。そのため、違法行為を指示された実体があったとしても、それを立証することは、決して容易ではありません。

 二つ目は、違法行為を指示されたことが立証できたとして、指示されたことをやっただけなのだから企業秩序への侵害はない、ゆえに不利益を科するのは不当だという議論を、裁判所が受け入れるのかという問題です。

 司法機関としての性格からか、裁判所が違法行為をした人に対し同情的な姿勢を示すことは、あまりありません。違法行為を指示されたとしても、そのようなものは断ればよく、従った以上は責任を負うのは当たり前だ-裁判所の発想は、そうした考え方と親和的です。

 違法行為が不利益取扱いの理由になっており、それが会社からの指示に基づいているかが争われる事案は、多くの場合、一番目のハードルが乗り越えられずに終わります。そのため、二番目のハードルについての裁判所の考えは、今一分かりにくい状態にありました。こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、二番目のハードルについての裁判所の考え方を知るにあたり、参考になる裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介させて頂いている徳島地判令2.11.18 社会福祉法人柏涛会事件です。

2.社会福祉法人柏涛会事件

 本件で被告になったのは、社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営する知的障害者支援施設の従業員です。被告柏涛会から普通解雇されたことに対し、解雇無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件紛争が生じる以前、被告柏涛会は、職員の暴行で利用者(d)が小腸断裂の傷害を負ったとして、利用者dとその両親(dら)から損害賠償を求める訴えを起こされていました(第一訴訟)。高松高裁は、職員の暴行によって利用者に小腸断裂の傷害が発生したことを認め、利用者dの請求を一部認容する判決を言い渡しました。

 本件では、こうした背景事情のもと、施設の制服を着用してテレビ番組に出演し、虐待に関するインタビューに応じたところ、解雇されたという経過が辿られています。

 本件で被告柏涛会が主張した解雇理由は三点ありました。その中の一つに、

「利用者に対し、一室に閉じ込めたり、引きずるという虐待行為を行い、反省も認められないこと」

がありました。

 被告柏涛会は、上記の解雇理由を構成する具体的事実として、

平成18年3月24日に、第一訴訟の被害者である利用者dの襟首をつかんで引きずり回したこと、

平成14年頃から平成21年頃にかけて、利用者の居室の入口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたこと、

を主張しました。

 これに対し、原告は、

「本件施設においては、利用者を本件施設の105号室、206号室に集め、部屋から出ていこうとする利用者の腕をつかんで引き戻すなどの行為が漫然と行われていた。このような処遇が行われていたのは、本件施設の慢性的な人員不足が放置されていたことに加え、そのようにしなければ被告bに叱責される状況であったからである。」

「原告は、このような処遇が利用者に対する『虐待』であると認識しつつも、他の職員と同様に、利用者の腕をつかんで引っ張って移動させたことがあるが、このような行為は原告単独で行われたものではなく、本件施設の方針に基づいて行われていたものである。」

と、虐待はしたが、それは被告柏涛会の方針であったからだと反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告柏涛会主張に係る事実が、解雇理由になることを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告柏涛会は、原告が、本件施設の利用者を室内に閉じ込めたことを、原告の解雇事由として挙げる。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件施設においては、少なくとも平成14年頃から平成21年頃までの間、児童部については105号室、成人部男子については206号室に利用者が集められ、原告を含む少数の職員によって処遇されていたことや、原告が上記各部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させるなどしていた事実が認められる。しかし、仮に、本件施設において行われていた、児童部、成人部男子の利用者を一室に集めるという取扱いが、客観的に見て不適切であると評価すべき余地があるとしても、被告柏涛会は、従前の各訴訟の中で、上記各部屋における利用者の処遇は適切な『見守り支援』であると主張していたのであって・・・、それが被告柏涛会の方針として行われていたものであることは明らかであり、原告が、独断で利用者に対する不適切な行為に及んでいたということはできない(なお、原告が、利用者の居室の入り口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたと認めるに足りる証拠もない。)。また、原告は、部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させたことは自認するが、その態様が、知的障害者支援施設の利用者が部屋から退出することによって生じる危険等を回避するために必要な限度を超え、その人格を無視し、自由を阻害するなど、利用者を虐待するものと評価すべきものであったと断ずることはできない。」

3.違法行為は勤務先から命令されたからだとの抗弁が通った?

 障害者虐待防止法2条7項1号は、

「障害者の身体に外傷が生じ、若しくは生じるおそれのある暴行を加え、又は正当な理由なく障害者の身体を拘束すること。」

を障害者虐待として定義しています。

 利用者の腕を掴んで引っ張って、一部屋に多数の利用者を押し込めるという対応は、私の感覚では、障害者虐待に該当する可能性が高いように思われます。

 この対応について、裁判所は、

「仮に、・・・客観的に見て不適切であると評価すべき余地があるとしても」

という留保をつけながらの判断ではあるものの、被告柏涛会の方針のもとで行われた行為であり、独断で行ったものではないことを理由に、原告を救済しました。

 入札談合や贈賄のような明らかに違法な行為まで妥当するかは疑問ですが、障害者虐待の成否といった違法か否かの判断が微妙な領域に関しては、違法行為が勤務先からの命令に基づいていることが、抗弁になり得るのかも知れません。