弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

通報する順番-先ず社内、次が行政機関

1.違法行為を通報する順番

 勤務先の違法行為を行政機関に通報できないかという相談を受けることがあります。

 行政機関への通報が許容されるための要件は公益通報者保護法等の法令に規定されています。法令に規定されている要件に合致している限り、通報することには何の問題もありません。

 しかし、私としては、先ずは勤務先内部の通報窓口への相談を勧めることが多いように思います。

 主な理由は二つあります。

 一つ目は、勤務先による情緒的な対応を緩和できることです。いきなり外部機関に通報すると、勤務先からの情緒的な反発を招きがちです。もちろん、公益通報等を理由とする解雇や不利益取扱は法令で禁止されているのですが(公益通報者保護法3条、5条等参照)、通報が保護要件を満たしていないなど、なんだかんだ理由をつけられて報復を受けることが少なくありません。最初に内部通報を行っておけば、こうした情緒的な対応は幾分かは緩和される例が多いです。

 二つ目は、保護要件を満たしているのかを慎重に検討できることです。通報者が法的な保護を受けるためには、一定の要件を充足している必要があります。行政機関などの外部機関への通報は、勤務先が違法行為をしていると無根拠に思い込んでいたような場合には保護されません。例えば、公益通報者保護法3条2号は、

「通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合」

などを行政機関への通報が保護されるための要件として規定しています。真実は違法行為は存在しないのに、不用意に違法行為があるものと軽信して通報を行った場合、「相当の理由がない」として法律上の保護を受けることはできません。先ず内部の相談窓口に通報し、会社側の見解を質し、確認しておくことは、軽率な通報を防ぐという観点からも重要な意味を持ちます。

 もちろん、事案によっては直ちに行政機関に通報することが適切な事案もありはするのですが、経験知的には内部⇒行政機関と順番を踏むのがセオリーです。

 近時公刊された判例集にも、一足飛びに行政機関に通報することのリスクを読み取ることのできる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令4.6.22労働経済判例速報2504-3 グッドパートナーズ事件です。

2.グッドパートナーズ事件

 本件で被告になったのは、主に介護の仕事を紹介する人材派遣会社です。

 原告になったのは、被告との間で、派遣・雇用期間を、

平成31年2月3日~同年3月31日

とする労働契約を締結し(本件契約)、Q1の設営する有料老人ホーム(本件施設)に派遣されていた夜勤専従の介護福祉士の方です。原告と被告との間で取り交わされた「雇用契約書(兼)就業条件明示書」には「更新する場合があり得る。」との記載がありました。

 平成31年2月21日、原告は、被告から、本件契約が、

令和元年5月31日までの2か月間更新されることが確定した

旨の電子メールを受信しました。

 しかし、平成31年2月25日の勤務終了後、原告の方は、施設職員による利用者への虐待行為があるとして、その旨を本件施設の副施設長に報告するとともに、行政機関への通報を行いました(なお、行政機関は後に高齢者虐待の事実はなかったと結論付けています)。

 その後、平成31年3月6日、被告は、原告に対し、契約更新を取消し、新たな仕事の紹介もしないと通知し、同年4月以降の本件契約の更新を拒絶しました。

 これに対し、原告の方が、雇止めの違法無効を主張し、被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認や、損害賠償を求めたのが本件です。

 損害賠償との関係で、原告は、

「(高齢者虐待防止法21条)7項では、・・・通報による不利益取扱いを禁止しているところ、本件雇止めは原告が本件通報行為をしていたことを理由とする不利益取扱に該当し、違法である」

と述べ、不法行為の成立を主張しました。

 しかし、裁判所は、平成31年3月31日付けの雇止めを違法無効としながらも、次のとおり述べて、不法行為の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件雇止めは、実質的には、原告が被告に報告することなく、本件通報行為に及んだことを理由としてなされたものと認めるのが相当である。」

(中略)

「一般に、雇止めによって生じた精神的苦痛については、雇止めが無効であるとして、労働契約上の地位が確認されたり、雇止め後の賃金が支払われたりすることによって慰謝されるのが通常であり、侵害行為の悪質性等によって特段の精神的苦痛が生じたものと認められない限り、不法行為に基づく慰謝料を請求することはできないと解するのが相当である。」

(中略)

「本件においては、本件虐待行為の存在を裏付ける証拠は、原告の供述(原告が作成した文書を含む。)以外にはないものということができる。」

(中略)

「高齢者虐待防止法においては、虐待の通報を行う際に客観的な証拠がることは要件となっておらず、使用者において、資料の不存在を理由とする不利益取扱が直ちに許容されるものでないことはいうまでもない。とはいえ、本件についてみれば、不法行為の成否が争われている中でも、上記のとおり原告の供述等のほかに本件虐待行為の存在を裏付ける証拠はなく、高齢者虐待防止法に基づく通報についても、虚偽であるもの及び過失によるものについては不利益取扱の禁止の対象から除外されており(同法21条6項)、あらゆる通報が保護されるべきものとされているわけではないことをも踏まえれば、少なくとも不法行為の成否の判断においては、本件虐待事実の実在及び原告における被侵害利益の有無について疑義があるということができ、加えて、証拠・・・から認められる本件施設の関係者の言動からすると、本件通報行為をしたことそれ自体を殊更に問題視して、原告を排斥しようとする発言は見受けられず、前記のとおりのP1の言動からすると、本件雇止めは、本件通報行為をしたことそれ自体ではなく、事前に被告に報告することなく当該行為をしたことを理由とするものであるということができるところ・・・、事前の報告を求めることの相当性(高齢者虐待防止法上、通報前にいずれかに報告すべき義務はない。)や、報告をしないことを理由とする雇止めが有効となり得るかは別途問題になり得るとしても、本件の事実関係(前記のとおり、原告は本件通報行為を行う前に本件施設の副施設長に本件虐待行為についての報告をしており、被告に対して報告をする時間的余裕がなかったとは認められない。)に照らせば、事前の報告を求めることそれ自体が、原告の権利の行使を殊更に妨げるような違法性の高い行為であるとまでは認め難い。

「上記諸事情に照らせば、本件雇止めについては、これが無効であることは前記のとおりであるが、その違法性の程度が著しいとか、侵害行為が悪質であるとまではいえず、原告において経済的な不利益を填補されてもなお慰謝されるべき精神的苦痛があるとは認められない。他にかかる精神的苦痛があるとは認められない。不応行為の成立に基づく慰謝料請求については理由がない。」

3.通報は落ち着いてやることが大事

 個人的な印象として、裁判所は、通報行為に対してそれほど暖かい態度をとっていないように思います。

 本件のように雇止めの理由が通報であることを認定できるようなケースでは、広く掬い上げたうえでスクリーニングをするという高齢者虐待防止法の構造に照らし慰謝料請求が認められてもいいのではないかとも思うのですが、裁判所は、被告への報告なく通報行為をしたことは問題だといった考え方のもと、不法行為の成立を否定しました。

 こうした事案があることも踏まえると、やはり、いきなり行政機関に通報することが相当なケースは限定的だと思っておいた方がよさそうです。