弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

提訴記者会見の違法性が否定された例

1.提訴記者会見と名誉毀損

 訴訟提起した事実を記者会見をして広く告知することを、一般に提訴記者会見といいます。労働事件に限った話ではありませんが、提訴記者会見をすると、名誉毀損だとして、被告側から逆に訴え返されることがあります。

 提訴記者会見は、権利救済に不可欠な行為というわけではありません。そのためか、近時の裁判例では、違法性が阻却される要件が厳しく吟味される傾向にあるように思われます。

 しかし、近時考案された判例集に、提訴記者会見の適法性を比較的緩やかに認定した裁判例が掲載されていました。京都地判令4.9.21労働判例ジャーナル131-22 コード事件です。

2.コード事件

 本件で被告(反訴原告)になったのは、色紙・書道用紙等の製造販売等を業とする株式会社です。

 原告(反訴被告)になったのは、被告との間で期間1年の有期労働契約を締結し、商品の製造、営業補助等の業務に従事していた方です。被告から受けた雇止めが無効であると主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 被告は、原告の請求を争うとともに、原告が行った記者会見等によって名誉・信用を毀損されたとして、原告に対して損害賠償を求める反訴を提起しました。

 裁判所は、雇止めが有効であるとして原告の請求を棄却する一方、次のとおり述べて記者会見等の違法性を否定し、被告による反訴請求も棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件第1回口頭弁論期日が行われた令和2年10月26日、原告訴訟代理人弁護士(以下、原告と併せて『原告側』という。)とともに、本件記者会見を開き、原告側において、被告の原告に対する本件雇止めは無効であるとして本件本訴を提起した旨説明したほか、原告において理不尽な理由で雇止めにあったなど(本件記者会見上の発言)と述べたことが認められる。」

「しかしながら、被告が名誉毀損行為として主張する原告の本件記者会見上の発言そのものは、本件雇止めに関して、原被告間で紛争が生じ、そのための交渉を踏まえた、本件本訴における原告の立場から見た意見表明にとどまるものであって、被告側としても、これに対し、本件雇止めは正当なものであったと反論すれば足りる程度のものであったというべきである。

そして、新型コロナウィルス感染症拡大に関連する雇止めは社会的関心事であり・・・、そのような社会的関心事に関して本件本訴を提起したことを述べ、これと併せて原告の立場を説明するため、本件記者会見を開いたことについては、本件記者会見上の発言が人身攻撃に及ぶようなものではなかったなど自らの意見表明の域を逸脱したとはいうことができない本件においては、表現の自由の尊重が社会の根幹を構成することに照らし、違法な無形的利益の侵害行為であるということはできない。

「そうすると、被告の上記主張は、採用することができない。」

「被告は、原告が、本件記者会見において、被告につき、新型コロナウィルス感染症対策の雇用調整助成金を受給しているにもかかわらず、同感染症の影響を理由に雇止めにしたのは不当である旨述べて、受給した雇用調整助成金に相当する休業手当を原告に支払っていないかのような印象を与えて、被告の社会的評価を低下させた旨主張し、これに沿う証拠として、配信記事・・・を援用する。」

「しかしながら、原告は、本件記者会見の席上、理不尽な理由で雇止めにあった旨述べたことは認めてはいるものの、被告の上記主張に係る趣旨の発言をしたことは否認しているところ、上記配信記事によっても、本件記者会見の席上での原告の具体的発言内容は詳らかではなく、さらに、本件記者会見を取材した別の新聞社の記事・・・は、本訴本件の訴状を引用して、原告が受給した休業手当は全額雇用調整助成金で賄われており、雇用を継続しても会社に不利益は生じないとの、原告の上記訴状における主張そのものを伝えていることからしても、原告が、本件記者会見の席上、上記被告主張の趣旨の発言をしたとは認め難い。

 したがって、被告のこの点に関する主張は、採用することができない。

3.意見表明に留まっていればいいのか?

 他人の名誉を毀損する表現が違法性を阻却されるためには、

公共の利害に関する事実であること、

公益を図る目的から出たものであること、

摘示された事実が真実であるか、又は、真実と信ずるについて相当の理由があること、

の三要件が満たされる必要があります(最一小判昭41.6.23最高裁判所民事判例集20-5-1118等参照)。

 論評であるにしても、その違法性が阻却されるためには、

公共の利害に関する事実に係り、

その目的が専ら公益を図るものであり、

その前提としている事実が主要な点において真実で、

人身攻撃に及ぶなど意見や論評としての域を逸脱したものではない

場合である必要があります(最三小判平9.9.9最高裁判所民事裁判例集51-8-3804)。

 このように、事実摘示を伴うものであろうが伴わないものであろうが、発言の真実性は、かなり重要な要素として位置付けられるのが普通です。

 しかし、本件の裁判例は、真実性に対し、あまり意を払ってっていないうえ、意見表明に留まるという点を強調し、問題ないという結論を導いているように思われます。

 これが提訴記者会見が違法となる範囲を限定するものなのか、今後の裁判例の動向が注目されます。

 また、提訴記者会見時の原告の言動の認定にあたり、複数の新聞記事を見比べているところも特徴的であり、立証実務上の参考になります。