弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

内部通報された従業員が名誉毀損を理由に内部通報をした従業員を訴えた場合の法律関係

1.内部通報された従業員からの対抗措置

 公益通報(内部通報)をした労働者と、事業者との関係は、公益通報者保護法によって規律されています。この法律により、事業主は、公益通報をしたことを理由に、労働者を解雇したり、労働者に降格・減給などの不利益な取扱いをすることが禁止されています(公益通報者保護法3条、5条)。

 それでは、内部通報をした労働者と、内部通報をされた労働者との関係は、どのように規律されるのでしょうか? 当然のことながら、内部通報をされた労働者は、単なる同僚であって「事業者」ではありません。「事業者」ではない以上、名誉毀損で内部通報をした労働者を訴えることができるのでしょうか? また、仮に訴えられたとして、内部通報をした労働者は、どのように防御活動を展開したらよいのでしょうか?

 この問題を考えるにあたっては、二つのポイントがあります。

 一つは、名誉毀損の成否と公然性要件との関係性です。

 人の社会的評価が顕著に低下するのは、公然と不名誉な事実が摘示されるからです。不名誉な事実の摘示を伴う発言があったとしても、それが密室にいる二人の間での何気ない会話の中であった場合、社会的な評価が低下するのかは疑問です。こうした観点から、刑法上の名誉毀損罪は、犯罪が成立する範囲を、「公然と」事実が摘示された場合に限定しています(刑法230条1項)。民事上の名誉毀損(不法行為)の成立に公然性が必要かという議論とも関連し、社内窓口といった限定された範囲の従業員にのみ不正行為など社会的評価の低下を招く事実を申告した場合にも、不法行為が成立するのだろうかという問題です。

 もう一つは、違法性阻却事由をどのように理解するのかです。

 名誉毀損と不法行為との関係性について、最一小判昭41.6.23民集20-5-1118が、

「民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である」

と判示しています。事実摘示の対象者が限定されている内部通報のような局面においても、これと類似した規範のもとで違法性阻却の可否が議論されるのか、それとも、より通報者保護的な規範が適用されるのかという問題です。

 近時公刊された判例集に、こうした問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.4.23 労働判例ジャーナル114-30 慰謝料等請求事件です。

2.慰謝料等請求事件

 本件で原告になったのは、保険会社に正社員として入社し、同社のC営業部の支部長補佐を務めていた方です。

 被告になったのは、原告の配下の育成部職員として働いていた方です。

 原告が不正行為(保険業法に反する顧客の保険料の立替払い)をしたという虚偽の事実を上司や他の従業員に(内部告発窓口)に告知したことなどを理由に、原告が被告に慰謝料を請求したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、名誉毀損の成立を認めたうえ、被告の行為は違法性が阻却されると判示しました。

(裁判所の判断)

被告は、保険料を原告と被告で負担することにして契約を結ぶように原告から指示された旨を、原告の上司及び日本生命の内部告発窓口に伝えて同社の内部調査に応じたもので、その際、原告の社会的評価を低下させる事実を上司及び同社の従業員に対して摘示したことになる。そこで、被告の上記各行為につき、正当な内部告発として違法性が阻却されるかを以下検討する。」

(中略)

「被告の内部告発は、顧客の保険料を原告と被告で負担することにして契約を結ぶように原告から指示された、という内容であったところ、被告自身も早期昇格による利益を得る立場にあり、現にそれを目指して積極的に営業努力をしていたことからすれば、被告が、原告の道具として、自己の意思に反して原告の指示に従っていたとまでは認められない。」

「もっとも、原告は、日本生命で長く働いており、支部長補佐の地位にあって、同社内での契約の処理についての知識があり、前記のとおり、配下の育成部職員であった被告との間には明確な上下関係があった。さらに、原告が、前記・・・のとおり、被告が退社することになっても、本件保険契約が未収契約になるのを避けるための手続を積極的に進めようとしていたことにも照らせば、保険料の立替払いへの被告の関与は、原告との関係では、なお従属的であったと認められる。」

「そうすると、被告の前記内部告発の内容は、その主要な部分について真実と一致するものであったということができる。また、被告メッセージ履歴の内容その他の本件における事情一切を踏まえても、被告の告発に際して、不正の目的があったことは窺われない。

被告の内部告発は、保険業法に違反して最終的には刑罰につながり得る、事業者内部でも懲戒処分事由に当たる上司の行為を、より上位の上司及び内部告発窓口という事業者の内部で告発したものであって、告発内容も、その主要な部分について真実と一致しており、告発に際して不正の目的があったともいえないものであった。したがって、被告の内部告発は、原告との関係においても正当行為として違法性が阻却され、名誉毀損の不法行為を構成するものではないというべきである。

3.名誉毀損を肯定、違法性阻却も名誉毀損の枠組みに類似

 判決文に掲げられている被告のを見る限り、本件の被告は公然性の欠如を明示的に主張してはいなかったようです。この点は差し引いて考える必要があるにせよ、裁判所は上司や内部告発窓口といった限定された対象に対する不名誉な事実の摘示についても、名誉毀損になることを認めました。

 そのうえで、不正の目的の欠如と真実性に言及し、被告の行為は正当行為として違法性が阻却されると判示しています。

 刑法上、公訴提起前の人の犯罪行為に関する事実については、公共の利害に関する事実と擬制する規定が存在します(刑法230条の2第2項)。本件で摘示されいてるのが保険業法で犯罪とされている行為であることからすると、公共の利害に関する事実であることは黙示的に触れられているという見方ができます。

 事実摘示の対象者が限定されていることと違法性阻却事由との関係をどのように理解するのかも被告は主張していなかったようですが、この場合の違法性阻却事由について、裁判所は通常の名誉毀損の場面と同様に理解しているように見えます。

 内部通報は、往々にして、労使紛争だけではなく、労働者同士の紛争の原因にもなります。本判決は、内部通報をめぐる労働者間の法律関係を考えるうえで、参考になる判断を示しているように思われます。