弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

提訴記者会見の真実性の対象をどうみるか?

1.提訴記者会見と真実性の抗弁

 訴訟提起した事実を記者会見をして広く告知することを、一般に提訴記者会見といいます。労働事件に限った話ではありませんが、提訴記者会見をすると、名誉毀損だとして、被告側から逆に訴え返されることがあります。

 提訴記者会見での発言に違法性が認められるのかどうかは、基本的に、名誉毀損における違法性阻却事由と同じ判断枠組みの中で議論されます。具体的に言うと、

公共の利害に関する事実であること、

公益を図る目的から出たものであること、

摘示された事実が真実であるか、又は、真実と信ずるについて相当の理由があること、

の三要件が満たされる場合、提訴記者会見での発言で相手方の社会的評価が毀損されたとしても、発言者が不法行為責任(損害賠償責任)を負うことはありません(最一小判昭41.6.23最高裁判所民事判例集20-5-1118等参照)。

 しかし、三番目の真実性ないし真実相当性と呼ばれている要件に関しては、その内容をどのように捉えるかに争いがあります。具体的に言うと、

提訴内容、つまり、請求原因事実とみるのか(〇〇の内容とみるのか)、

提訴した事実自体とみるのか(〇〇を理由に提訴した事実とみるのか)、

という問題です。

 当然のことながら、前者の考え方に立つよりも、後者の考え方を採用した方が、名誉毀損(不法行為)の成立が阻却される範囲は広くなります。近時公刊された判例集に、この後者の系譜に属する裁判例が掲載されていました。熊本地判令4.5.17労働経済判例速報2495-9 協同組合グローブ事件です。

2.協同組合グローブ事件

 本件で被告になったのは、広島県福山市に本部を置く事業協同組合と(被告グローブ)、その上司2名です(被告Y2、Y3参照)。被告グローブは、一般監理事業の許可を受け、主に外国人技能実習制度における監理団体となって、組合員のために実習生を受け入れる事業を展開していました。

 原告になったのは、日本に帰化した元フィリピン人の方です。被告グローブから職員として採用され、外国人技能実習生の指導員として勤務していました。退職した後、

賃金の未払部分がある、

上司Y2、Y3等からパワーハラスメントを受けた、

などとして、賃金や損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の事案としての特徴は、これに対して被告グローブから反訴提起されている点にあります。原告の方は、訴訟提起した日に提訴記者会見を行いましたが、これが名誉・信用の毀損行為に該当するとして、被告グローブは、原告を相手取り、損害賠償を請求する反訴を提起しました。

 この反訴事件との関係で、裁判所は、提訴記者会見の不法行為の成否について、次のような判断枠組を示しました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

「民事上の不法行為である名誉ないし信用棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、当該行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、仮に当該事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、当該行為には故意又は過失がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照)。」

・公益性について

「本件訴え(本訴請求)の内容は、外国人技能実習制度における監理団体に勤務する外国出身のキャリア職員について、実習先までの移動時間の労働時間該当性や、パワーハラスメント等の不法行為の成否等が問われている事件であって、実際に本件各報道がされていることから見ても、社会の正当な関心が寄せられる事件である。そして、このような事件について、提訴した事実及びその内容は公共の利害に関する事実に係るものということができ、報道機関に対して記者会見を開いて提訴した事実及びその内容を説明する行為自体は、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。」

「なお、原告が本件記者会見の際に被告Y1の実名を公表したとしても、裁判所に提出された訴状は、訴訟記録として何人も閲覧することができるものである(民事訴訟法91条1項)上、実名を報道するかどうかは報道機関の判断に委ねられていることからすれば、実名を公表したことをもって直ちに公益性は失われないというべきである。」

「これに対し、被告Y1は、本件記者会見は、専ら被告Y1に社会的制裁を加えて甚大な社会的、経済的損失を与える一方で、A1協同組合の利益を得る目的であった旨主張する。たしかに、原告は、本件記者会見時には、被告Y1と競業関係にあるA1協同組合に在籍していたところ、同協同組合は、被告Y1を退職したB1が代表理事を務めており、被告Y1を退職した者が多く勤務していたことが認められる。また、本件記者会見後、被告Y1の顧客であった複数の受入先企業等がA1協同組合の顧客となっていることも認められる。しかし、本件記者会見における原告の発言や本件配布資料の記載内容にはA1協同組合の存在を窺わせるものはなく、上記各事実をもって、本件記者会見が被告の主張するような目的をもってされたものであるとまでは認めることはできない。したがって、被告Y1の主張は採用することができない。」

・真実性ないし真実相当性について

「訴えの提起自体が不法行為となるのは訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるものである(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)ところ、報道機関が自ら訴状を閲覧してその内容を報道した場合との均衡を考えると、訴えの提起に伴って記者会見を行ったことにより相手方の名誉ないし信用を毀損した場合において、摘示された事実が真実であるかどうかの判断に当たっては、まず、当該記者会見において説明した内容が訴えを提起した事実及び訴状の請求原因事実の記載の事実と合致する限度で真実のものかどうかを検討し、次に、説明した内容がこれらの事実にとどまらないときは、その説明した内容に係る事実の真実性ないし真実相当性を検討するのが相当であると解される。

「本件についてみると、原告が、被告Y1が残業代を支払わなかったこと及びパワーハラスメントを理由として被告らを相手方として本件訴え(本訴)を提起した事実は真実である。また、本件記載①ないし④は、提出した訴状の写しの抜粋であり、訴状の請求原因事実に記載された事実と合致している。そのため、原告が、本件記載①ないし④が含まれる本件配付資料を本件記者会見時に交付し、本件訴え(本訴)を提訴したことを本件記者会見において説明したことによる名誉ないし信用毀損については、真実性が認められ、違法性が阻却される。」

「次に、本件記者会見における原告の発言のうち、原告の発言①(「(熊本支所の)事務所に寄らずに直接現場に行きなさい。そして、現場が終わったらそのまま家に帰るように言われました。」との発言)及び原告の発言③(「日報もそのように書くように言われました。」との発言)については、訴状の請求原因事実に記載された事実と同趣旨の内容を説明するものであり、訴状の請求原因事実に記載された事実と合致している。そのため、原告の発言①及び③による名誉ないし信用棄損については、真実性が認められ、違法性が阻却される。」

「さらに、原告の発言④(「私以外にもこの2年間で7人辞めました。そのいじめられた人たちのことも含めて闘いたいと思っています。」との発言)は、原告の決意表明も含まれているものの、訴状の請求原因事実に記載された事実と同趣旨の内容を説明するものであり、訴状の請求原因事実に記載された事実と合致している。そのため、原告の発言④による名誉ないし信用棄損についても、真実性が認められ、違法性が阻却される。」

3.請求原因の記載と合致しているのかが問われるとされた例

 上述したとおり、裁判所は、真実性(真実相当性)の抗弁の対象について、先ずは請求原因の記載との合致を検討すべきと判断しました。

 真実性の対象が請求原因の内容ではなく、請求原因の記載であるとすれば、提訴記者会見時の言動に問題がなかったことの立証は比較的容易になります。

 私自身は、提訴記者会見を行うことには消極の立場ですが、本件は記者会見時の言動が問題視された時に活用できる先例として位置づけられます。