弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

相手方に送付した記者会見の発表文が訴訟活動の足枷となった例

1.記者会見の危険性

 提訴記者会見は、問題を広く拡散し、社会全体で共有して行くにあたり必要な行為です。そこに社会的意義があることは、確かだと思います。

 しかし、個別具体的な裁判との関係で、記者会見が良い結果に繋がったという話は、あまり聞いたことがありません。逆に、記者会見に関連する事実が足枷となって、訴訟活動に良くない影響を与えた事例は、しばしば見聞きします。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京高判令3.6.24労働判例ジャーナル115-30 善光寺大勧進事件も、そうした事件の一つです。

2.善光寺大勧進事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、宗教法人天台宗(天台宗)を包括団体とする宗教法人です。

 原告(控訴人)になったのは、天台座主により被告の住職に任命され、代表役員兼責任役員となった方です。辞任願を作成・提出したものの、被告から解任される前に辞任願を撤回したと主張し、代表役員及び責任役員の地位にあることの確認等を求めて被告を提訴しました。

 しかし、原審は、原告の請求を棄却しました。これに対し、原告が控訴したのが本件です。

 本件辞任届には、退任希望年月日欄に「平成30年3月31日」という日付が記載されていました。これを受けて天台座主は同日付けで原告(控訴人)を解任したところ、本件では「平成30年3月31日」という記載を原告(控訴人)が書き込んだのかが争点の一つになりました。

 原告(控訴人)は、

「本件辞任願の退任希望年月日欄に記載された『平成30年3月31日』の日付は、控訴人が自ら記載したものではない。」

と主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告(控訴人)の主張を排斥しました。結論としても、原告(控訴人)の請求を棄却した原審の判断を維持しています。

(裁判所の判断)

「控訴人は、〇〇弁護士が作成した陳述書・・・の記載や、控訴人の記者会見における発言からすれば、本件辞任願の退任希望年月日欄に記載された『平成30年3月31日』の日付は、控訴人が自ら記載したものではないと主張する。」

「しかしながら、控訴人が、平成29年12月7日、天台宗務庁において、Eを始めとする宗務庁職員の同席の下、退任希望日欄を含む本件辞任願の願出事項欄に自ら記載したうえで、署名押印したことは、引用に係る原判決の『事実及び理由欄』の『第3 当裁判所の判断』の1(1)イで認定されているとおりであり、控訴人の指摘する〇〇弁護士作成の陳述書の記載等が上記認定を左右するものでないことは、以下のとおりである。」

「まず、上記陳述書の内容についてみると、上記陳述書には、〇〇弁護士が平成29年12月22日に天台宗務庁に送信した記者会見の発表文・・・に退任日を平成30年3月末日と記載したのは、被控訴人側との協議の中で、同日が退任日の候補日の一つとして挙げられていたことから、文案の書き方として記載したもので、退任日が合意された決定事項となっていたわけではない旨の記載がある。しかし、記者会見で発表する文案について、代理人である弁護士が、極めて重要である控訴人の退任日について控訴人に確認することなく記載して天台宗務庁に送付することは容易に考え難い。また、原審で行われた控訴人本人尋問において、控訴人は、平成29年12月6日にEから住職の辞任願の作成を求められたが、これを断って〇〇弁護士に辞任願の件を相談し、翌7日に本件辞任願に署名して帰った後にも〇〇弁護士に報告したと供述しているところ、上記陳述書には、上記両日に控訴人がEらと面会したことは知っているが、どのようなやりとりが行われたかは知らない旨の記載があるのみで、控訴人から相談や報告を受けたことや、その内容についての記載が一切なく、上記の控訴人本人尋問の供述と整合していない。そして、上記陳述書が反対尋問を経ていないものであることも併せ考慮すると、〇〇弁護士が控訴人から平成30年3月末日で貫主を退任することにしたという話を聞いたことはない旨の上記陳述書中の記載は、直ちに採用することができないというべきである。」

「また、記者会見において控訴人が退任時期を未定と発言した点についてみると、その理由は、控訴人が名誉心から退任時期を公にしたくなかったことなど様々な理由が考えられるのであって、必ずしも退任時期が同年3月末日と決まっていなかったことから上記のような発言をしたとまではいえない。そうすると、記者会見における控訴人の上記発言は、本件辞任願の退任希望年月日欄の記載が控訴人によるものではないことをうかがわせる事情ということはできない。」

「したがって、控訴人の主張は採用することができない。」

3.相手方に送付した記者会見の発表文に足元を掬われた例

 裁判所の論理は、かみ砕いて言うと、

原告(控訴人)代理人は、記者会見に先立ち、発表文を天台宗務庁に送付している、

天台宗務庁に送付された発表文には、退任日が平成30年3月末日であるとの記載がある、

代理人弁護士が記者会見の発表文案を原告(控訴人)に確認せず、独断で送付するとは考え難い、

ゆえに、原告は平成30年3月末日付けで辞任する意思を有していたといえるし、辞任願に書かれている退任日(平成30年3月31日)も原告が記載したはずである、

というものです。

 当然のことながら、記者会見は、することが義務付けられているわけではありません。本件のように、記者会見やその準備行為で揚げ足をとられる事案もあるため、行うかどうかは慎重に検討する必要があります。