弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

評価を獲得したい等の心情を利用することはセクシュアルハラスメントか?

1.対価型セクシュアルハラスメント

 平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、対価型セクシュアルハラスメントを、

「職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、当該労働者が解雇、降格、減給等の不利益を受けることであって、その状況は多様であるが、典型的な例として、次のようなものがある。

イ  事務所内において事業主が労働者に対して性的な関係を要求したが、拒否さ
れたため、当該労働者を解雇すること。

ロ  出張中の車中において上司が労働者の腰、胸等に触ったが、抵抗されたため、
当該労働者について不利益な配置転換をすること。

ハ  営業所内において事業主が日頃から労働者に係る性的な事柄について公然と
発言していたが、抗議されたため、当該労働者を降格すること。 」

と定義しています。

 このように対価型セクシュアルハラスメントは、不利益を受けるかも知れないという不安感を利用し、意に反する性的言動を受忍させることに特徴があります。

 それでは、評価を獲得したい等の心情を利用し、意に反する性的言動を受忍させることは、どうなのでしょうか? このような場合にも、不法行為は成立すると考えてよいのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.2.18労働判例ジャーナル128-38 ライフマティックス事件です。

2.ライフマティックス事件

 本件で被告になったのは、ソフトウェアの企画、開発、販売等の事業を行う会社(被告会社)と、被告会社においてe支社長を務めていた方(被告c)です。

 原告になったのは、被告会社との間で労働契約を締結した昭和62年生まれの女性です。被告会社がした労働契約終了の扱いが無効であると主張して地位確認等を求めたほか、上司である被告cが違法なセクシュアルハラスメント及びパワーハラスメントをして人格権を侵害しPTSDを発病させたなどと主張して損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の裁判所は、

被告cが、ガールズバーで、原告に対し、女性店員との間で口にくわえたコインの受け渡しや、胸部を触ることを促したこと

に違法性を認め、慰謝料50万円と弁護士費用5万円の合計55万円を連帯して支払うよう被告らに命じました。

 外形的行為をみると通常のハラスメント事案であるように見えるのですが、本件で特徴的なのは原告の主観的側面の認定です。裁判所は、被告会社内での評価を得るため、自らの意思で上記の行為をしたと認定しながらも、「底意では必ずしもそれを望んでおらず、抵抗感を抱くなどしていた」と判示し、人格権侵害を認めました。具体的な判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「本件店舗での懇親会に関する原告主張に係る言動・・・について、・・・前記・・・のとおりの外形的事実を認定したものであるところ、被告cがした言動のほかに、原告の行動状況として、原告は、男性である複数の上司等の面前で、女性店員と接吻をしたほか、女性店員との間で胸部を触り合うなどした事実が認められる。そして、本件全証拠によっても、原告が上記の行為をするに当たり、被告cが脅迫したような事実は認められず、むしろ、被告cの発言の中には『無理にすることはない』等といったものも含まれていた。また、原告において、酩酊したままにかかる行為をしたような状況にはないことを併せ考慮すれば、原告は、その場における自己判断の下で、上記の行為をしたものとみるほかない。

「そして、原告は、上記の行為をした主観的側面として、被告cが求める行為を拒絶したら、被告会社内での評価に響き、正社員登用がなくなると感じていたので拒絶できなかったなどと主張し、これに沿う供述をする。しかるに、被告cの発言に『無理にすることはない』等とのものが含まれていたことに照らせば、原告が上記の行為をしなかったとしても、本件労働契約が締結後6か月経過時に打ち切られる(正社員登用がなくなる)旨の具体的認識を有していたとは認められないというべきであるが、

〔1〕原告がした行為の内容・性質は、一般的にみて性的羞恥心が害される状況にあってされたものであること、

〔2〕e支社長である被告cが原告の雇用関係について強い影響力を有しており、原告は自ら飲酒をしないにもかかわらず懇親会に参加して3軒目の本件店舗にまで被告cに同行していたこと、

〔3〕例えば、原告が、過去あるいは事後に、本件店舗やこれに類する店舗を訪れたり、同種の行為をしていたことなど、原告が自ら意欲をもって上記の行為に及んでいたことをうかがわせる事情は見当たらないこと、

〔4〕原告が被告会社代表者に対してセクシュアルハラスメント被害申告をしていること

等といった本件に表れた事情を総合すれば、原告は、被告会社内での評価を得たい、換言すれば、被告cからの評価を獲得したい等との心情が強く働き、自らの意思で上記の行為をしたものの、底意では必ずしもそれを望んでおらず、抵抗感を抱くなどしていたとみるのが自然かつ合理的である。

(中略)

「前記前提事実及び認定事実のとおり、原告が被告会社に採用されるに当たって、被告cから条件提示を受けるなどの交渉を経ており、被告会社の意思決定過程をみても、被告cの意向を踏まえての採用であったことが認められる・・・。また、被告会社への入社後、原告は、被告cが支社長を務めるe支社において勤務し・・・、採用時の連絡として、6か月間の勤務期間中に各種能力を評価され、その後に『正社員登用』に至る旨を告知されており・・・、後に至っても、原告自身『私は有期雇用の人間です』等と表明するなど、その点を強く意識していた・・・。以上によれば、被告cは、原告の雇用関係ないし雇用継続に強い影響力を有していたということができる。」

「そして、このような両者の関係がある中、被告cは、女性店員が既に認定したとおりの服装で接客し、サービス等を提供する本件店舗に原告を誘って同行した上・・・、本件店舗では、原告に対し、強要はしていないものの、淫らな行為をすることを勧める趣旨の発言をした。その結果、原告は、被告cからの評価を獲得したい等との心情から、底意では必ずしもそれを望んでおらず、抵抗感を抱くなどしつつ、男性上司らの面前で、女性店員と複数回の接吻をしたほか、女性店員との間で胸部を触り合う行為をするなどした。その間、被告cは、原告の雇用関係に自らが強い影響力を有しているという立場を認識しながらも、原告に対し、更に淫らな行為をするよう煽る趣旨の発言をしたり、原告が女性店員の胸部を触れる際の挙動をみて、性的羞恥心を一層害するような卑わいな発言をするなどしたものである・・・。

以上のとおりの被告cが原告に対してした本件店舗への原告の同行及び本件店舗内での一連の言動は、社会通念上、許容される限度を超えて、原告に対して精神的苦痛を与えたと評価でき、原告の人格権を侵害した不法行為に当たるものと認めることが相当である。

「これに反する被告らの主張は、被告cと原告の関係、原告の底意、被告cがした言動等の評価を誤るものとして、採用の限りでない。」

3.評価を獲得したい等の心情を利用する場合も不法行為に該当する

 特段の不利益とは結び付いていない状況下において、利益(評価)を獲得するために自らの意思で性的言動を受忍することにまでセクシュアルハラスメントや不法行為の外縁を広げるのかに関しては、対価型セクシュアルハラスメントの定義との関係で、複数の考え方があるように思います。

 その中で本件の裁判所は、「底意」という概念に触れ、抵抗感を抱くなどしていたと認定し、人格権侵害が成立するとの判断を示しました。これはハラスメント(不法行為)の成立範囲の拡大させる方向に一歩踏み出した事例として位置付けられます。

 個人的な感覚ではありますが、セクシュアルハラスメントに関し、裁判例は、その成立範囲を拡大させる傾向にあるように思われます。慰謝料の相場水準が低いのが難点ですが、同様の被害を受けている方がおられましたら、法的措置を考えてみてもよいのではないかと思います。

 

(令和5年1月23日追記)

 本件の原告の方より連絡を頂きました。

 本件は控訴され、より高額の慰謝料が認められたとのことです。

 この種事案で裁判所が認定する慰謝料水準の低さは常々問題だと思っており、公刊物に掲載されましたら、追って、裁判例の内容をご紹介させて頂きたいと思います。