1.セクシュアルハラスメント&自死事案の特徴
訴えの提起は、訴状を裁判所に提出する方式で行います(民事訴訟法134条1項)。
訴状には請求の趣旨と原因を記載する必要があります(民事訴訟法134条2項)。
請求の趣旨とは、求める結論のことです。請求の原因とは「請求を特定するのに必要な事実」を指します(民事訴訟規則53条1項)。
それでは、この「請求の原因」は、どの程度、具体的に記載する必要があるのでしょうか?
この問題は、しばしば、自死事案におけるセクシュアルハラスメントにおいて問題になります。なぜなら、自死事案におけるセクシュアルハラスメントは、請求の原因として具体的な事実を主張することが難しいからです。
自死事案では被害を受けた本人が死亡しているため、いつ・どこで・どのような被害を受けたのかを特定して語ることが非常に困難です。また、セクシュアルハラスメントは、通常、人の目につかないところで行われるため、第三者証人による供述で立証できることでもありません。そのため、遺書等でセクシュアルハラスメントによって自死したことが看取される事案であったとしても、具体的にどのような被害を受けていたのかを特定して主張することは、必ずしも容易ではありません。
そのため、訴状に具体的な事実関係を主張できないことも多いのですが、そうすると被告側から「請求原因の特定が不十分である」というクレームを付けられます。
こうしたクレームを跳ね返すにはどうすればよいのかというのが本日のテーマです。
ここ数日紹介している大分地判令5.4.21労働判例ジャーナル141-32 弁護士法人S法律事務所事件は、この問題を考えるにあたっても、参考になる判断を示します。
2.弁護士法人S法律事務所事件
本件で被告になったのは、
主たる事務所を大分県中津市に置く弁護士法人(被告事務所)と、
被告事務所の代表社員弁護士であった元弁護士(被告P4 昭和29年生の男性、妻帯者)
です。
原告になったのは、昭和61年生まれの女性であるP3の両親です(原告P1、原告P2)。
P3は平成25年3月に法科大学院を卒業し、同年9月に司法試験に合格した弁護士です。平成26年12月に司法修習を終了し、弁護士登録を行い、同月19日から平成30年8月27日に縊死するまで、被告事務所において勤務していました。
本件の原告らは、P3が自死したのは被告P4から意に反する性的行為等を受けたからであるとして、被告事務所と被告P4に対し損害賠償を求める訴えを提起しました。
本件の原告らは、
「被告P4は、平成27年3月頃から平成30年8月までの間、本件事務所及び本件事務所上階において、自らが雇用主であるという立場を利用して、P3に対し、着衣を脱がせ、乳房に触り、性交をするなど、同人の意に反する性的行為をし、その結果、精神的に極度に追い詰められてP3は自死した。」
と主張したところ、被告は、
「原告らは、複数回にわたる求釈明申立てにもかかわらず、被告P4がしたと主張する不法行為について、六何の原則に基づいた主張をしておらず、原告らの主張は失当である。」
と反論しました。
これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告らの主張を特定性に欠けるところはないと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告らは、原告らの請求原因の主張は特定されておらず主張自体失当である旨主張する。」
「この点、民事訴訟法133条2項2号及び同規則53条1項によって訴状に記載が要求されている請求原因は、請求を特定するために必要とされるものであり、本件のような給付請求では、請求の趣旨において支払を求めている一定の金銭がいかなる法的性質のものであるかを特定するためのものである。かかる機能からすれば、請求原因の内容をどこまで具体的に記載しなければならないかは、当該訴えにおいて主張されている請求権を理由づける事実と、他の請求権を理由づける事実との誤認混同を生じる可能性があるかという観点により決せられるべきである。原告らの主張する請求原因事実は、平成27年3月頃から平成30年8月までの間、本件事務所及び本件事務所上階において、自らが被告事務所の代表者であるという立場を利用して、P3に対し、着衣を脱がせ、乳房に触り、性交をするなど、同人の意に反する性的行為をしたというものであるところ、前記行為がなされた日時や行為の態様等について抽象的な要素を含むものであることは否定できないが、行為の主体及び客体は明確であり、場所も本件事務所内又は本件事務所上階であることが明らかである上、行為の態様についても、一応の主張がされていることから、原告らが主張する程度の特定があれば、本件訴えにおいて主張されている請求権を理由づける事実と、他の請求権を理由づける事実との誤認混同が生ずることはないというべきであり、被告らの求める更に詳細な行為の日時、態様等は、不法行為の成否の問題として実体上の判断に際して検討すべき事柄である。」
「そして、被告らは、被告P4が、平成27年3月から同年5月にかけて一度の性交を含む七、八回の性的行為を行ったことを認めた上で、これらはP3と合意の上で行ったものであると主張し、また、その頃以降は、何ら性的行為をしていないと主張しているところ、被告らとしては、前記性的行為は合意に基づくものであること、それ以後の行為は存しないことに係る反論、反証をすればよく、原告らの主張が前記のような抽象的要素を含むものであることにより、防御に当たり特段の支障が生じているものと認めることもできない。」
「以上を総合すると、前記被告らの主張は理由がないものといわざるを得ない。」
3.特定性には欠けないと判示された
以上のとおり、裁判所は、原告の主張について、特定性には欠けないと判示しました。
不法行為の内容を特定できない場合、不法行為の事実を立証することに困難を伴うことはありますが、それはそれとして、本件程度の記載でも、訴訟の入口の部分は通過できると判断されたことになります。
冒頭で述べたとおり、セクシュアルハラスメントと自死が組み合わさった事件では、どう頑張っても対象行為の特定が難しい場合があります。こうした場合に主張の抽象性がどこまで許容されるのかを考えるにあたり、裁判所の判断は、実務上参考になります。