弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアルハラスメントを受けた女性の自死が通常損害であるとされた例

1.通常損害と特別損害

 民法416条は、

「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。」

「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」

と規定しています。

 普通発生するであろう損害(通常損害)に関しては、債務者の予見可能性を問題にすることなく賠償を求めることができます。

 ただ、普通は発生しないものの、特別の事情によって生じた損害(特別損害)は、債務者に予見可能性があった場合にしか請求できません。

 これは安全配慮義務を含む債務不履行の場合の規律ですが、不法行為法上の因果関係の有無を判断する場合にも類推適用されます(最一小判昭48.6.7民集27-6-681参照)。

 このようなルールで因果関係が判断される中で問題になるのが、いじめやハラスメントによる自殺・自死案件です。

 いじめやハラスメントが時として自殺・自死に繋がることは良く知られています。しかし、総数との関係でみると、自殺・自死に至る案件は、極僅かな割合でしかありません。そのため、遺族が安全配慮義務違反や不法行為構成で加害者の責任を追求しようとた時、いじめやハラスメントの加害者側はしばしば、

自死・自殺は特別損害である、

特別損害は、予見可能性がない限り、因果関係によって帰責されない、

自死・自殺すると予見することは不可能であった、

よって、自分は自死・自殺の結果に責任を負うことはない、

という反論を展開します。

 それでは、セクシュアルハラスメントによる自死・自殺は、通常損害と特別損害のどちらに分類されるのでしょうか?

 先日来紹介している大分地判令5.4.21労働判例ジャーナル141-32 弁護士法人S法律事務所事件は、この問題についても興味深い判断を示しています。

2.弁護士法人S法律事務所事件

 本件で被告になったのは、

主たる事務所を大分県中津市に置く弁護士法人(被告事務所)と、

被告事務所の代表社員弁護士であった元弁護士(被告P4 昭和29年生の男性、妻帯者)

です。

 原告になったのは、昭和61年生まれの女性であるP3の両親です(原告P1、原告P2)。

 P3は平成25年3月に法科大学院を卒業し、同年9月に司法試験に合格した弁護士です。平成26年12月に司法修習を終了し、弁護士登録を行い、同月19日から平成30年8月27日に縊死するまで、被告事務所において勤務していました。

 本件の原告らは、P3が自死したのは被告P4から意に反する性的行為等を受けたからであるとして、被告事務所と被告P4に対し損害賠償を求める訴えを提起しました。

 この事案で、被告らは、

「被告P4の行為と本件自死との間に相当因果関係が認められるためには、被告P4にとって本件自死が予見可能であったことを要するというべきである。そして、後記・・・のとおり、P3は亡くなる前日まで普段と全く変わらない生活をしていたのであり、P3が希死念慮を告白しているといった事情がない限り、被告P4において、本件自死を予見することはできなかった。」

と主張し、因果関係を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示して、自死を通常損害だと認定しました。

(裁判所の判断)

「被告P4は、過去に交際していた男性とは性交をすることができず、それまで性交をしたことがなかったP3と、その意に反して、平成26年12月19日から遅くとも平成28年9月10日までの間に、本件事務所上階で少なくとも1回性交をしたと認められる。」

(中略)

「本件各不法行為がP3にとって苛烈なものであり、これがP3にもたらした精神的負荷の程度は計り知れないほど重く、そのような精神的負荷を受けた状態の中で、P3は、その後も、引き続き、被告P4と日々顔を合わせなければならないばかりか、二次被害というべき状況に置かれていたものである。P3がそのような状況から逃れるためには、被告事務所を退所するしかなかったが、退所に当たり代わりの弁護士を見つけてこなければならない状況に置かれ・・・、P3自身が事務所宛て遺書に記載していたように、もはや後任の者を探す気力すらなく、本件自死を選択するほか方途がないほどに追い詰められた精神状態にあったものである。」

被告事務所のような規模と勤務条件の事務所において、その上司であり、代表者である者から、性的被害を受け、退所を含め、他に方途を見いだせない状況の下で、自死を選択せざるを得なかったという経過は、通常人において想定し得るものといえるのであって、本件自死に伴う損害も通常生ずべき損害というべきものであるから、本件各不法行為と本件自死及びこれにより発生した損害との間には優に相当因果関係が認められるというべきである。

「被告らは、本件自死に基づく損害は、特別損害である旨を主張するが、そのような主張は性的被害を受けた者の心情を正解しないものといわざるを得ないし、そもそも自ら不適切極まりない性的な加害行為をして本件自死の原因を作出しておきながら、自死やこれに基づく損害の発生につき予見可能性がないなどして、相当因果関係を否定するかのごとき被告P4の主張は、失当であるとの評価を免れない。

「被告らは、前記・・・のとおり、種々の事情を指摘して、被告らがP3の自死を予見できなかった旨を主張するものであるが、原告らの請求は通常損害を求めるものであるから、これらの事情の予見可能性の有無によって、前記・・・の判断に消長を来すものではなく、いずれも採用できない。」

3.賠償させるために予見可能性を必要としない通常損害に分類された

 通常損害になるのか特別損害になるのかは、加害行為の態様とも関係します。具体的にいうと、態様が酷ければ酷いほど通常損害になり易くなります。

 本件で目を引かれるのは、

意に反する性交 少なくとも1回

で自死・自殺の結果を通常損害に分類したことです。

 これは因果関係を立証するためのハードルを軽減するものであり、セクシュアルハラスメントの被害者やその遺族の保護に資する判断として、実務上参考になります。