弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

法の予定する出来高払制(歩合制)というためには緩やかな相関関係では不十分とされた例

1.出来高払制の賃金かは、なぜ揉める?

 出来高払制(歩合制)とは、

「労働者の製造した物の量・価格や売上げの額などに一定比率を乗じて額が定まる賃金制度」

をいいます(亀田康次ほか『詳解 賃金関係法務』〔商事法務、初版、令6〕215頁参照)。

 労働基準法27条が、

「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。」

と規定しているとおり、賃金を出来高払制にすることは法的に許容されています。「一定額の賃金の保障」さえすれば、完全出来高払制にすることさえ認められます。

 この出来高払制との関係で、ある賃金項目が「出来高払制」に該当するのか否かが問題になることがあります。

 なぜ問題になるのかというと、残業代(割増賃金)の計算方法が異なるからです。

 日給制や月給制の場合、時間外の労働は日給や月給に含まれていないため、125%ないし135%の割増賃金を請求することができます。

 しかし、出来高払制の場合、

「出来高給は、総労働時間数を対象として支払われており、時間外労働に対しても通常の労働時間の賃金(100%)は既に支払われているため、割増部分(時間外労働は25%、休日労働は35%)に当たる金額を支給すれば足りる」

と理解されています(前掲『詳解 賃金関係法務』255-256頁参照)。

 完全出来高払制の場合はもとより、一部出来高払制の場合も、出来高部分の割合が大きいと、ある賃金項目が「出来高払制」に該当するのか否かで、請求できる割増賃金にかなりの差が生じることがあります。そのため、割増賃金請求訴訟では、ある賃金項目が「出来高払制」に該当するのか否かが、しばしば熾烈に争われます。

 この「出来高払制」との関係で、近時公刊された判例集に、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。東京高判令6.5.15労働判例1318-17 サカイ引越センター事件です。これは以前、

歩合給か否かの区別-自助努力が反映されない賃金は歩合給とはいえない - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事で紹介させて頂いた事件の控訴審です。

2.サカイ引越センター事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告(控訴人兼附帯被控訴人)になったのは、引越運送、引越付帯サービス等を業とする株式会社です。

 原告(被控訴人兼附帯控訴人)になったのは、現業職(運転手)として被告に入社し、P6支社に所属して引越運送業務に従事していた方3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。

 本件では、給与規程上、次のとおり位置付けられていた業績給A(売上給)、業績給A(件数給)、業績給B等が請負制(歩合給)に該当するのかどうかが問題になりました。

 これらは「出来高払制」の賃金には該当しないとして原告の請求を一部認めた判決に対し、被告側が控訴し、原告側が付帯控訴したのが本件です。

 本件の被告・控訴人は、次のとおり述べて、業績給A等は出来高払制の賃金に該当すると主張しました。

(控訴人の主張)

「業績給A(売上給)は、一定の『売上額(車両・人件費値引後額)』に応じて支給されるものであることから、『成果』は『売上額(車両・人件費値引後額)』であり、その主要部分を占め、給与規程では、売上額に応じて業績給A(売上給)が増額しているのであるから、成果と賃金に比例関係があるといえる。同様に、業績給A(件数給)は、単身の引越しなど小規模な業務を複数担当することに対するインセンティブを与えるためのもので、『作業件数』と『車格』が成果であり、業績給Bは別紙ポイント表に基づいて支給されるものであり、別紙ポイント表に記載された各項目が『成果』であり、愛車手当は洗車やワックスがけを行ったこと、無事故手当はその支給条件である各事項を満たすこと自体がそれぞれ『成果』であり、いずれも成果と賃金との間に比例関係が認められる。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、控訴人の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、業績給A(売上給)、業績給A(件数給)、業績給B、愛車手当及び無事故手当は、いずれも出来高払制賃金であるとして種々主張する。」

「補正の上引用する原判決が説示するとおり、『出来高払制その他の請負制』(労基法27条及び労基法施行規則19条1項6号)とは、労働者の賃金が労働給付の成果に一定比率を乗じてその額が定まる賃金制度をいうものと解するのが相当であり、出来高払制賃金とは、そのような仕組みの下で労働者に支払われるべき賃金のことをいうと解するのが相当である(この点は、東京高裁平成29年判決も同旨であると解される。)。控訴人において引越運送業務に従事する現業職は、引越荷物の積卸作業及び引越荷物の運搬を担っているのであり(以下、これらの業務を『作業等』という。),労働内容の評価にあたっては、作業量や運搬距離をもってし、作業量や運搬距離をもって労働給付の成果というのが相当である。」

「控訴人は、業績給A(売上給)につき、『成果』は『売上額(車両・人件費値引後額)』である旨主張するところ、控訴人が主張するように、『売上額(車両・人件費値引後額)』をもって労働給付の成果というのであれば、『売上額(車両・人件費値引後額)』は現業職が給付する労働内容、すなわち作業量等に応じたものであるべきである。ところが、本件においては、上記の売上額は必ずしも作業量等と一致しないことは補正の上引用する原判決が説示するとおりである。」

「また、控訴人は、業績給A(件数給)については『作業件数』及び『車格』が、業績給Bについてはポイント表に記載された各項目が、愛車手当は洗車等を行ったことが、無事故手当はその支給条件である各事項を満たすことがそれぞれ『成果』である旨主張する。しかし、業績給A(件数給)につき、担当した件数が必ずしも作業量等と連動していないことは、補正の上引用する原判決説示のとおりである。また、業績給Bについて、ポイント表記載の作業を行った場合に支給される点で、当該作業を行っていない場合に比して、支給額が加算されるという関係にあるものの、他方で、ポイント表記載の各作業も具体的案件に応じて内容が異なるものであることからすれば、作業量等と連動しているものといえない。さらに、愛車手当は支給上限が定められていること、無事故手当の支給はそもそも支給条件を充足するか否かによって決まることからすれば、『成果』とはいえない。」

「なお、控訴人は、業績給A(売上給)等が作業量と相関関係にあり、現業職間の実質的公平に資するものであるから、出来高払制賃金に該当すると主張し、証拠・・・を提出する。控訴人が出来高払制と主張するものには、その性質上、作業量と相関するものがあり、それに沿う証拠はあるが、法の予定する出来高払制というためには、このような緩やかな相関関係では不十分であることは、出来高払制賃金に係る原判決及びこの判決の説示のとおりである。

「よって、控訴人の上記主張は採用することはできない。」

3.緩やかな相関関係ではダメ

 高裁の判断で興味深く思ったのは、

「法の予定する出来高払制というためには、このような緩やかな相関関係では不十分である」

とする部分です。

 出来高払制の賃金か否かで揉めるケースというのは、大抵の場合、作業量や成果と一定の相関関係がみられます。この相関性をどのように評価するのかが議論の対象になります。

 これについて、高裁は、

掛算で金額が定まるようなものでなければ、法の予定する出来高払制とは認めない、

相関関係(少なくとも緩やかな相関関係)ではダメ、

とかなり厳格な立場をとりました。

 この判示を使えば、使用者側からの出来高払制の賃金であるという主張のかなりの部分を排斥できる可能性があります。残業代請求を行うにあたっての最重要裁判例の一つとして、実務上参考になります。