弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

被害者と引き離せないことは、軽微なセクハラを理由とする解雇を正当化するか?

1.セクシュアルハラスメントの事後措置

 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)は、事業主に対し、職場においてセクシュアルハラスメントが発生した場合、事後に迅速かつ適切な対応をとることを定めています。

 ここで言う事後の迅速かつ「適切な対応」とは、次のようなことを言います。

・被害者に対する配慮の措置の例

「事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること。

・行為者に対する措置の例

「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるセクシュアルハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること。」

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 このようにセクシュアルハラスメント事案が発生した場合、被害者と加害者を「引き離す」ことが対応の柱になります。

 それでは、事業規模や業務内容との関係で、会社が「引き離す」措置を取れないことは、行為者への解雇を正当化する理由になるのでしょうか?

 これは多くの場合、軽微なセクシュアルハラスメントとの関係で問題になります。

 強制性交や強制わいせつに近いような態様であれば、非違行為・規律違反行為の重大性だけで解雇されるので、それほど大きな問題にはならないからです。

 しかし、比較的軽微なセクシュアルハラスメントの場合、いきなり解雇するのは行き過ぎだと感じられることもあります。こうした場合、「配置転換しようにも、行き先となる事業所や部署がない」「引き離す措置をとれない」といった会社側の事情が、解雇の正当性を補う理由になるのかが議論されることになります。

 ここ数日紹介している、大阪地判令6.8.23労働判例ジャーナル153-10 あさがおネット事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.あさがおネット事件

 本件で被告になったのは、児童発達支援等の事業を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、35年間大阪市職員として勤務した後、被告との間で雇用契約を締結し、総務部長として勤務していた方です。

 Dは令和4年11月1日に被告との間で雇用契約を締結し、事務職として働いていた女性です。既婚者で、夫と子2人と同居していました。

 このDに対してセクハラ行為に及んだことを理由に普通解雇されたことを受け、原告の方は、解雇無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件のセクハラは、セクハラの中ではそれほど重大なものではありませんでしたが、本件の被告は、次のような主張をしました。

(被告の主張)

「何ら落ち度のないDが原告と一緒に仕事をしたくない意向を示していることから、原告を本件事務所に復帰させることはできないところ、事務以外に原告に任せることができる業務がないから、配置転換を検討することもできない。」

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を否定するとともに、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和4年11月15日の朝、事務を担当していたパート従業員(E氏)から原告のパワハラを理由として退職する旨のLINEによるメッセージを受信し、ショックを受けた。原告は、出勤したDが本件事務所の事務室(Dの机は同室外にある。)内に入室し、用事を済ませて退出しようとした際、同人の右後方から、同人の両肩に自身の手を置き(なお、左手については左手首が肩の上に位置し、手の平が鎖骨付近にまで及んだ。)、『俺、もうあかんわ。』などと言いながら、3秒~5秒程度その状態を続けた。」

(中略)

「令和4年12月13日午前11時30分頃から午後零時30分頃までの間、Dが原告に対して子らに武道を習わせたいという趣旨の話をしたことをきっかけとして、原告がDに対し、合気道を紹介し、合気道の技を説明するために、動画を見せたり、Dを相手に技の実演をしたりした。その際、原告は、Dの手を取ったり、同人の肩に手を触れたりした。」

(中略)

「認定事実・・・のとおり、原告は、入社後2週間程度の部下の女性従業員であるDに対し、背後から同人の両肩付近に自身の両手を置き、右手の上に額を乗せた状態を3秒~5秒程度継続するという身体的接触を伴う行為をしたものであるところ、同行為は、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為・・・に該当するものである。また、認定事実・・・のとおり、原告は、Dに対し、合気道の実演の相手をさせ、同人の手を取ったり、同人の肩に手を触れたりしたものであるところ、同行為も、正当な理由なく女性従業員に身体的接触を伴う行為の相手をさせるものであり、就業規則25条が禁止する性的な言動により他の社員に苦痛を与え、就業環境を害する行為・・・に該当するものである。原告の上記各行為は、その内容及び原告が被告のセクハラ相談窓口の担当者であったこと・・・に照らせば、職場環境を害する明らかに不適切な行為であったというべきである。」

「なお、原告のDに対する上記各行為の際、Dが原告に対して不快感や拒絶の意思を明らかに示したことはうかがわれない。また、上記各行為の前後を通じて、原告とDは、LINEによるメッセージのやり取りをしており、その内容は両者の関係が良好であることをうかがわせるものである・・・。しかし、Dは被告に入社して間もない時期であり、原告が上司であったこと、Dは婚姻しており夫と子2人と同居していたこと・・・などに照らせば、これらの事情をもって、原告の上記各行為を正当化することはできないし、Dが上記各行為に真摯に同意していたともいえない。」

「他方で、原告は、令和5年1月31日の事情聴取の際、Dに対する身体的接触があったことを認め、反省の態度を示していること・・・、過去に被告から懲戒処分を受けたり、女性に対する身体接触について指導を受けたりしたことはうかがわれないこと、原告のDに対する上記各行為(特に令和4年11月15日の行為)は、決して軽視できるものではないものの、重大なものであるとまではいえないことなどの事情を総合すると、本件解雇について、客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当として是認できる場合に当たるとまでは認められない。」

「よって、本件解雇は無効である。」

なお、被告は、原告をDが勤務する本件事務所で勤務させることはできないことなどから、解雇を回避することはできない旨主張する。しかし、

原告の業務の内容・・・に照らせば、書類の作成等在宅で行うことができる業務が相当程度含まれていること、

本件事務所以外の各施設を訪問する必要がある業務については各施設を訪問すれば足りること、

Dは週20時間以内で勤務しており、本件事務所にいない時間が相当程度ある・・・から、スケジュール調整をすれば、原告が一定の時間本件事務所で勤務することも可能であること、

被告において事務を担当する従業員は、原則として、原告及び被告代表者に加え、パートの従業員2名である・・・から、原告のパート従業員に対する指示や依頼等は、D以外の従業員や被告代表者に対して行うことが可能であること

などの事情を考慮すれば、解雇を回避することができないとまではいえない

「よって、被告の上記主張は採用できない。」

3.引き離せないからといって強度不足のセクハラで解雇するのは困難ではないか?

 以上のとおり、裁判所は、

引き離せないから、解雇を回避することはできない、

という趣旨の被告側の主張を排斥しました。

 裁判所の判断で特徴的なのは、使用者側にかなり辛口の判断をしているところです。

 具体的には、

在宅でもできる仕事が結構あるから、在宅で仕事をさせれば良いだろう、

被害者は短時間労働者であって、スケジュール調整すれば顔を合わせないで済むだろう、

指示や依頼は他の従業員や代表者を経由して行えばいいだろう、

などと、使用者側に一定の負担を伴う措置を要求し、

解雇回避することができないとまではいえない

から使用者側の主張は採用できないと判断しています。

 こうした厳しめの排斥理由には、

解雇するにはセクハラの強度が足りていない、

という価値判断が先行していたのではないかと思います。

 やはり、セクハラを理由とする解雇の可否を判断するにあたっての本質的要素は態様・強度であって、引き離せないからといって軽いセクハラで解雇できるという話にはならないように思われます。