弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

女性弁護士の自死事件に見る弁護士の就職で気を付けるべき勤務条件-個人受任の禁止、顧問盗りの禁止、退職時の後任者確保の強要

1.セクシュアルハラスメントを受けて自死した女性弁護士の勤務条件

 昨日、就職先法律事務所の代表弁護士からのセクシュアルハラスメント(意に反する性交等)を受けて女性弁護士が自死した事件を紹介しました。これは女性弁護士の遺族が法律事務所やセクシュアルハラスメントの加害者となった代表弁護士に対して提起した損害賠償請求訴訟です(大分地判令5.4.21労働判例ジャーナル141-32 弁護士法人S法律事務所事件)。

セクシュアルハラスメントを受けた女性弁護士の自死事件-遺書と伝聞供述による被害事実の認定 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この裁判例は、セクシュアルハラスメントと自死との間の因果関係について、次のような判断を示しています(P3とあるのが自死した女性弁護士です)。

(裁判所の判断)

(1)本件各不法行為と本件自死との間の条件関係の存否

「被告らは、P3は、被告事務所における業務処理の遅滞が発覚することを恐れたことなどが原因で、自死を決意したとして、本件各不法行為と本件自死との間の条件関係を争うので、この点について検討する。」

「P3は、被告P4と性交をするまでは男性経験がなかったものであり、過去に交際していた男性と性交をすることができずにいたところ、30歳以上年長であり、自身の勤める職場である被告事務所の代表弁護士である被告P4から、法律事務所の2階(本件事務所上階)という、およそ男女が性交をすることなど想定されていない場所で、P3のみ服を脱がされた状態で、意に反する性交又は性的行為をされ,処女を喪失した。P3にとっては、苛烈で耐え難い出来事であったと認めるほかなく、これによりP3が受けた精神的負荷の程度も計り知れないほど重いものであったと容易に推認される。」

「そして、P3が処女を喪失した後も、少なくとも平成29年2月24日頃まで、被告P4によって、P3の意に沿わない形で性的行為が継続され、更には当該性交を前提として、本件執務室〔1〕又は〔2〕において、P3をして『好き』と言わせたり、処女を喪失させた相手が誰かを言わせたりするなどし・・・、性交ないしは性的行為による二次被害がもたらされていたというべき状況にあったものである。P3が事務所宛て遺書に、『事務所にいる間ずっときつかった』、『ヘヤにいるとき、足音がしたり、ノックの音がしたりするのが本当に怖かった。2人きりになるのが怖かった。』と記載している点に現れているように、一連の出来事は、P3に計り知れないほどの苦痛を与えるものであり、P3は被告P4との接触自体に恐怖心を抱くようになっていたものである。」

「そして、そのような被告P4と、必ずしも大所帯とはいい難い被告事務所において、日々顔を合わせ、共同して業務遂行に当たらなければならなかったP3にとって、被告P4による性的行為及びこれに基づく言動は、P3自身が事務所宛て遺書において、『仕事に支障が出るようになっ』たと記載しているように、弁護士業務の処理に支障を来すほど耐え難いものであり、現に、前記・・・のとおり、被告P4による性的行為及びこれに基づく言動が継続していた平成28年11月から次第にP3の被告事務所における業務が遅滞するようになり、平成30年1月頃に入るとその件数は12件にも及んでいた・・・。」

「元来真面目で責任感が強く・・・、平成27年以降給費制訴訟の原告に加わって中心的な役割を果たしたり、弁護士会の会議等にも積極的に参加したりしていた・・・P3が、その一方で特段の事情がないにもかかわらず、前記のとおり、被告事務所における業務を遅滞していたとはにわかには考え難く、事務所宛て遺書の記載内容も勘案すると、少なくとも平成27年3月以降平成29年2月24日頃まで続いた被告P4との性交を含む性的行為(本件各不法行為)及びこれを前提とした被告P4の言動がP3に重くのしかかり、P3の被告事務所における業務の処理に多大な影響を与えたことが推認される。被告らは、P3の勤務時間中の小説の執筆や漫画の閲覧等が、前記業務遅滞の原因である旨を主張するが、前記のとおり、P3が本件ファイルの全てを作成したということにつき、被告らの立証が尽くされているとはいい難いものであるし、仮にP3が小説の執筆や漫画の閲覧等をしていたとしても、被告事務所における業務の遅滞の原因となる程度のものであったと認めるに足りる証拠はない。」

「そして、本件自死後に確認された本件住居の状況は、認定事実・・・のとおりであって、一人暮らしの女性が平穏に居住しているとは到底いい難い異常な状態であり、とりわけ、〔1〕ホール床には、茶色い液体様のものが床面に乾燥してこびり付いた状況で、床面にはむき出しの包丁等が置かれるなどし、〔2〕本件洋室は、足の踏み場もないほど物が散乱し、入口付近の床面には、底の部分に褐色の物体が付着しているフライパン等が散乱し、フローリングの床の上に敷かれたマットレスの周囲の床には汚れが付着し、布団には嘔吐した跡が残っていて、押入れの奥や布団の上に複数のゴキブリの死がいがあるような状態であった。そのような本件住居の状況は、短期間のうちに生じたものとは到底いい難いのであって、P3が、長期間にわたって精神的に不安定な状況にあったことを如実に示すものである。」

「前記のような経過の中で、被告P4は、平成30年8月24日、被告事務所の事務員に対し、P3の担当している事件の中の長期未処理事件を同月27日までに報告するよう指示し、これを受けて、P10が同日P3に対し本件声がけをしたことが認められる。その結果、本件自死当日である同月27日に、P3にとって恐怖の対象である被告P4に自身の業務処理遅滞を知られることとなる事態が迫り、P3は、事務所宛て遺書を同日付けで作成した。P3は、事務所宛て遺書において、『ヘヤにいる時、足音がしたり、ノックの音がしたりするのが本当に怖かった。2人きりになるのが怖かった。P13先生に顔向けできなかった。セクハラとか、リコンとか、性犯罪とか、扱うたび自分がバカみたいでした。』、『私だってこんなダメ人間になりたくなかった。』、『私の方がよっぽどダメな人間でした。』、『もうずっとやめたかったけど、1人つれてこないとやめられないとか、そんな気力もうないです。』、『自分の価値がすりへってくみたいでした。』などと記載し、本件各不法行為及びこれを前提とした被告P4の言動によって、自身が被告P4を恐れていた旨、自身が苦悩していた旨、さらには自己の価値を見失い、自己嫌悪感を募らせ、自尊心を喪失した旨を綴り、その上で、自死するに至ったものである。」

「前記・・・に述べた経緯に照らすと、P3が本件自死に至った直接的なきっかけが業務処理の遅滞の発覚であったことは否定し難いものの、本件においては、被告P4による性交ないしは性的行為がそれまでに男性経験のなかったP3にとって苛烈で耐え難い出来事であり、P3が受けた精神的負荷の程度も計り知れないほど重いものであったこと、その後も少なくとも平成29年2月24日頃まで、被告P4によって、P3の意に沿わない形で性交を含めた複数回の性的行為が継続され、更には当該性的行為を前提として、二次被害というべき言動が続けられていたこと、これによりP3が被告P4に対して、苦痛を超えて恐怖心を抱くにまで至り、その過程で自己嫌悪感及び喪失感を募らせ、苦悩し、精神的に不安定な状況に陥り、業務処理を遅滞させていたことが認められるのである。そして、その中で、恐怖の対象であった被告P4に業務処理の遅滞を知られる事態が迫り、そのような極限的な状況の下で被告P4と接するほかなくなったことを受け、自死を決意し、本件自死に至ったものである。」

「そうすると、本件各不法行為がなければ、P3の本件自死はなかったといえる関係にあり、両者の間には条件関係が優に認められるというべきものである。業務遅滞の発生とその発覚は本件各不法行為に起因する重畳的な事由であり、条件関係を切断するようなものではないと解される。」

(中略)

(2)本件各不法行為と本件自死との間の相当因果関係について

「前記・・・に述べたように、本件各不法行為がP3にとって苛烈なものであり、これがP3にもたらした精神的負荷の程度は計り知れないほど重く、そのような精神的負荷を受けた状態の中で、P3は、その後も、引き続き、被告P4と日々顔を合わせなければならないばかりか、二次被害というべき状況に置かれていたものである。P3がそのような状況から逃れるためには、被告事務所を退所するしかなかったが、退所に当たり代わりの弁護士を見つけてこなければならない状況に置かれ・・・、P3自身が事務所宛て遺書に記載していたように、もはや後任の者を探す気力すらなく、本件自死を選択するほか方途がないほどに追い詰められた精神状態にあったものである。

被告事務所のような規模と勤務条件の事務所において、その上司であり、代表者である者から、性的被害を受け、退所を含め、他に方途を見いだせない状況の下で、自死を選択せざるを得なかったという経過は、通常人において想定し得るものといえるのであって、本件自死に伴う損害も通常生ずべき損害というべきものであるから、本件各不法行為と本件自死及びこれにより発生した損害との間には優に相当因果関係が認められるというべきである。

2.女性弁護士を自死に追い込んだ勤務条件とは?

 それでは、裁判所で触れられている女性弁護士の「勤務条件」とは具体的にはどのようなものだったのでしょうか?

 裁判所は、女性弁護士の勤務条件や執務状況について、次のとおり認定しています。

(裁判所の認定事実)

・被告事務所における入所時の誓約書

「被告事務所においては、入所に当たり、『個人受任の禁止』や『顧問盗りの禁止』を内容とする誓約書・・・を被告事務所に差し入れることになっており、顧問盗りの禁止に関しては、『出来るだけ永く勤務する予定ですが、万一、事務所を退職する時は、(中略)貴事務所の顧問先を盗りません。もし、私が、貴事務所の顧問先を盗った場合、貴事務所に対して、違約金として当該顧問先の顧問料の3か年分を直ちに支払います。』との定めを置いていた。

・被告事務所退所に当たっての後任者の確保

「被告P4は、被告事務所を退所するときには、代わりの弁護士を連れてくるように言っており、平成30年5月25日に中津市の料亭においてP8及びP11弁護士の歓送迎会が催された(P3もこれに参加していた)際にも、その席上、『辞めるときは誰か一人連れてこい、それがこの業界の常識である。』との発言をしていた・・・。

・勤務時間等

「被告事務所においては、営業日(平日)の午前8時30分頃から、被告事務所の弁護士が被告事務所代表者に対しそれぞれの担当する事件に係る報告を行う弁護士会議が催されており、P3の勤務時間は、平日のおおむね午前8時20分頃から午後5時30分頃までであった・・・。」

「被告P4は、おおむね午後4時頃には、本件事務所から退勤していた・・・。」

(中略)

・P3の執務状況等

「P3は、被告事務所に入所後、亡くなるまで、皆勤であった・・・。」

「P3は、記録上確認できる範囲の平成28年7月以降平成29年10月に至るまで、弁護士会の委員会や会議等に、相当回数参加していた・・・。」

「また、P3は、平成27年から平成30年にかけては、大分地方裁判所(平成27年(ワ)第355号)及び福岡高等裁判所(平成29年(ネ)第826号)に係属していた給費制訴訟の原告として意見陳述を始めとする訴訟活動をするなどしていた・・・。」

3.弁護士が就職先を選ぶにあたり気を付けること

 個人的に気になっているのは、かなり辞めにくい仕組みがとられていることです。

 判決で言及されている「個人受任」というのは、事務所を介さず、自分で仕事を受けることを言います。

 新人弁護士は、事務所から降ってくる事件を処理します。それと同時に、自分で事件をとってきて、その事件も処理します。前者は「事務所事件」、後者は「個人事件」と言われます。

 個人事件ばかり熱心にやられると事務所事件に割かれるリソースが不足するため、定額報酬制の勤務弁護士との関係で、個人事件の受任(個人受任)に一定の制限を科したり、事務所設備を使って個人事件を処理する場合に一定の負担金を求めたりする事務所は少なくありません。

 しかし、個人事件が「禁止」されているというのは、あまり一般的ではありません。なぜなら、個人事件を禁止すると勤務弁護士に独自の顧客基盤が形成されないため、勤務弁護士が何時までも事務所にぶら下がったままになるからです。多くの事務所は、勤務弁護士に対し、ゆくゆくは事務所の経営を支える共同経営者(パートナー)になって欲しいと思っています。事務所に出資する側に回ってもらうためには、個人事件を獲得することにより外に向けて顧客基盤を開拓してもらわなければ困ります。だから、個人事件を禁止することはありませんし、顧客開拓力のある弁護士が嫌気を感じて独立してしまわないよう、制限を科するにしても、あまり強烈な制限は科さないのが普通です。

 また、違約金の合意付きの顧問盗りの禁止というのも、かなり特異だと思います。

 顧問業務の実務を担当していた弁護士が事務所を辞めるにあたり、顧問先が実務担当者へと顧問契約を切り替えることについて、多くの弁護士は仕方がないものとして受け入れているのではないかと思います。違約金の合意(顧問料×3年分)までして顧問盗りを禁止するという話は、あまり聞いたことがありません(独立する時に、暖簾分けのように顧問を譲与してくれたという話であれば、それなりに聞いたことはありますが)。

 事務所を辞める時に退所する弁護士が代わりとなる弁護士を連れてこなければならないという話も、あまり聞いたことがありません。私の知る限り、そういう常識はこの業界にはありません。勤務弁護士の採用等は経営サイドにいる弁護士が何とかする問題であり、代わり人身御供を捧げなければ辞められないということはありません。

 個人事件が禁止され、顧問を持っていくのも(違約金付で)禁止される事務所で働きたいと思う勤務弁護士はあまり見たことがありません。いつまでも事務所にぶら下がっているだけでは先がないからです。こうした状況下で辞めるなら代わりを探してこいと言われても、代わりが見つかるはずもなく、勤務弁護士は独自の顧客基盤をもつことができないまま、事務所に強く従属することになります。

 裁判所が、

「退所を含め、他に方途を見いだせない状況」

と述べているのは、おそらく上述のような構図を指しているものと思われます。

 こうした状況に置かれると、幾ら委員会活動や弁護団事件を通じて外部との接点が確保されていたとしても、やはり辞められないのだと思います。

 辞められないような工夫、それも特異な工夫をしなければならないのは、放っておくと人が離れていく事務所であるという推定が働きます。

 これから弁護士として就職する方の事務所選びの参考になれば幸いです。