弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判に勝つための方策-反省すべきか、反省しないべきか

1.解雇の可否と改善可能性

 以前、

「懲戒解雇の効力を検討するうえでの改善可能性の位置づけ-改善可能性がなくても懲戒解雇は有効にはならない」

という記事の中で、解雇の可否を判断するにあたり、改善可能性という概念が重要な意味を持っていることを書かせて頂きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/10/08/003826

 これとの関係で、労働者側の代理人として懲戒処分や解雇の効力を争う事件を処理するときに、使用者側の指摘する問題行為に対し、反省の姿勢を示すかどうかという問題があります。

 これがなぜ問題になるのかというと、反省の姿勢は多義的な評価が可能だからです。

 安易に反省の姿勢を示すと、「労働者側ですら問題があったと認めざるを得ないレベルで迷惑していた。」といったように、使用者側から延々と叩かれ続けた挙句、裁判所から非を過大に評価されたりする危険が生じます。

 しかし、だからといって何一つ悪くないといった姿勢を貫くと、裁判所から「自分自身の問題を認識することができておらず、改善の可能性がない。」として、解雇など職場から排除する方向での処分の有効性を基礎づけるための事情として評価される危険が生じます。

 本当に全く非のない事案であれば、反省すべき点は何一つないと堂々と主張すればよいのですが、法的紛争になるような事件は、多かれ少なかれ双方に問題があるのが普通で、一方当事者だけが全面的に悪いという事案は、それほど多くはありません。そのため、事件を担当する弁護士は、

反省の姿勢を示すかどうか、

示すとして、どの程度、どのような言葉で示していくのか、

を慎重に検討することになります。

 この判断が裁判所の心証とミスマッチを起こすと、

「自分自身の問題を認識することができておらず、改善の可能性がない。」

として裁判所から不利に判断をされることになります。

 昨日ご紹介した、東京地判令2.2.27労働判例ジャーナル102-48 日本ハウズイング事件は、こうした反省をめぐる訴訟戦略を誤ったことが、裁判所の心証を労働者側に不利に作用させたことが分かる事案でもあります。

2.日本ハウズイング事件

 本件は暴行をめぐる諭旨解雇の効力が問題になった事案です。

 本件で被告とされたのは、マンションの管理業を主要な事業の一つとする株式会社です。

 原告になったのは、被告にマンションの管理人として雇われていた方です。

 自らが管理するマンションの居住者(F)が第三者(G)との間で運転をめぐるトラブルに遭遇している場面を目にして、Gに対して暴行を加えました。具体的に言うと、裁判所では、次の事実が認定されています。

「Gは、平成29年6月21日午後4時45分頃、自らが運転する自動車とFが運転する自動車とが接触しそうになって自動車を停車させた後、運転席から降りてFが運転する自動車の運転席側のドアを開けようとしたがドアは開かず、自車の運転席ドアを開けて自車に戻ろうとした。これを発見した原告が、Gの立っていた付近に徒歩で近付いてGの両腕を掴み、両者は両腕を掴み合うような状態で歩道付近に移動した。その後、いったん両者は互いに両腕の掴み合いをやめて数秒間言い争ったが、原告が左手でGの胸倉付近を掴み、右手拳でGの顔面や上半身付近を十数回殴打した。この間、自動車から降車したFが両手でGの体を掴んで原告から引き離そうとしたが、原告は殴打を続け、また、Gは原告に対して反撃しなかった。」

 この傷害事件を起こしたことを理由に、原告の方は被告から諭旨解雇されました。この諭旨解雇が違法無効であるとして、原告は被告に対して逸失利益や慰謝料の賠償を求める訴訟を提起しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、諭旨解雇の違法性を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件傷害事件に至る経緯及びその態様についてみると、・・・GはFの乗車している自動車のドアを開けようとした後は自車に戻ろうとしていたのであり、既にFが危害を加えられる危険性があったとはいえない。また、原告はGと掴み合いになった後、Gといったん離れて口論になったものの、Gが原告の身体に危害を加える素振りはみられず、原告がGに殴りかかった後もGは原告に対して反撃しなかったのであるから、原告がGから危害を加えられる危険性が高かったともいえない。それにもかかわらず、原告は、一方的にGに対して手拳で十数回殴打する暴行を加えたのであり、Gの傷害結果が比較的軽いといえるとしても、本件傷害事件における原告の行為は悪質であるといわざるを得ない。しかも、原告は、本件傷害事件の当時、被告の会社名及びロゴマークが入った制服を着用して本件マンションの管理人として勤務中であり、その業務は主として受付業務や清掃業務であった・・・ことを併せて考慮すれば、本件傷害事件における原告の行為は、本件マンションの管理人としての業務から大きく逸脱する行為であり、かつ被告の信用が毀損されるおそれの高い行為であるというべきである。」

「これに対し、原告は、Gに対する暴行がFを助けるためにした行為である旨主張するが、前記のとおり客観的な状況に照らしてそのようにいうことはできないし、かえって、原告はGが『俺は空手の有段者だ』、『てめえなんか関係ねえんだからあっち行ってろ』などと言われて口論になって興奮して手を挙げてしまった旨供述していること・・・にも照らせば、原告はGの言動に立腹して暴行したことが推認される。」

また、・・・原告はD支店長及びEや被告の代理人弁護士から本件傷害事件に関する事実関係の聴取を受けた際に繰り返し正当防衛である旨説明して自己の行為を正当化して反省の態度を示していなかったというべきである(なお、原告は本件の本人尋問においても悪いことをしたという気持ちはない旨供述している(原告本人〔・・・頁〕)。)。

「さらに、D支店長及びEや被告の代理人弁護士による平成29年7月14日及び同月19日の原告からの事実関係の聴取の主たる目的がGの被告に対する損害賠償請求への対応にあったとしても、原告が被告に対して本件傷害事件に関する自己の認識等を述べる機会であったことには変わりがないのであるから、本件諭旨解雇が、弁明の機会を全く付与されずにされたものということはできない。また、人事権を有する者が直接に被懲戒者の弁明を聴取しなければならないとする根拠はない。」

前記・・・述べたところに照らせば、本件傷害事件以前の原告の勤務態度に特段問題がなかったこと・・・を考慮しても、本件諭旨解雇が客観的に合理的な理由を欠くとはいえないし、社会通念上相当であると認められないということもできない。

3.裁判に勝つための方策―採れるポイントを落とさないこと

 過去に生じた歴史的事実は書き換えることができません。しかし、反省の姿勢を示すかどうかといった事情は、個別の事件を処理する中で、コントロールすることが可能です。

 日本ハウズイング事件は、明らかに正当防衛の主張には無理があった事案だと思います。そのため、打ち合わせ不足なのか、現場で冷静さを欠いてしまったための言動なのかは分かりませんが、原告の方が、

「悪いことをしたという気持ちはない旨供述」

したのは失敗であったかも知れません。

 結果論とはいえ、裁判所が、上述のような供述を反省の姿勢の欠如と評価し、解雇の有効性を基礎づける事実として位置付けているからです。

 もちろん、反省の姿勢を示していたら結論も変わっていたというほど物事は単純ではありません。それでも、コントロール可能なポイントを落としたことは、教訓として記憶に留めておいて損はないと思います。特に、一般の方(法律の専門家でない方)は、正当防衛の成否といった難しい事柄に関しては、自己判断はせず、事前に入念な打ち合わせをしたうえ、代理人弁護士の見解に従った対応をとることが推奨されます。