弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇の効力を検討するうえでの改善可能性の位置づけ-改善可能性がなくても懲戒解雇は有効にはならない

1.解雇の可否と改善可能性

 解雇の効力を検討するにあたり、改善可能性という考え方があります。大雑把に言うと、問題となる行為があったとしても、改善する可能性があるのであれば、解雇する前にきちんと注意、指導をしなければならず、こうした事前の注意、指導を欠く解雇には問題があるとする考え方です。

 改善可能性は様々な解雇理由との関係で問題になります。

 例えば、勤務態度・業務上のミス等を理由とする解雇に関して言うと、

「通常一度だけでは解雇理由とはならない。使用者が注意・指導したにもかかわらず、接客態度や業務上のミスが改まらないなど勤務態度の不良が繰り返された場合に初めて解雇が有効になる」

とされています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕345頁参照)。

 これは普通解雇に限った話ではなく、懲戒処分の場面でも同様であり、

「事前に使用者が注意・指導・警告を行い、改善の機会を与えていたかどうかが、(懲戒処分の 括弧内筆者)相当性判断の中で考慮されることがある」

とされています(前掲『2018年 労働事件ハンドブック』203頁参照)。

 しかし、普通解雇の場面と懲戒解雇の場面とでは、改善可能性という概念の位置づけに差がありそうです。そのことを示す裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されています。東京地判令2.2.19労働判例ジャーナル102-50 日本電産トーソク事件です。

2.日本電産トーソク事件

 本件は懲戒解雇、普通解雇の効力が問題になった事件です。

 被告になったのは、精密測定機器の製造及び販売等を主要業務とする株式会社です。

 原告になったのは、被告に雇われていた方です。被告から懲戒解雇された後、予備的に普通解雇され、この二つの解雇の効力が争点となりました。

 原告の方が解雇されたのは、入社後配属された複数の部署においてトラブルを起こし続けたからです。最終的には、職場でカッターの刃を持ち出して所属部署の部長の座席まで来て、カッターの刃を自らの手首に当てて手を切る素振りをするなどの不穏当な行動に及び、懲戒解雇されました。普通解雇の意思表示は、その約2か月後に予備的に行われたものです。

 この事案において、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇を無効とする一方、普通解雇を有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

-懲戒解雇の効力について-

「原告は、平成29年4月の人事総務部室内のレイアウト変更において、自席がgグループリーダーの横に配置されることに強く反発してこれを拒絶したにとどまらず、

同月24日、前日の自己の退社後に席が移動されたことを知るや、h部長に対し、座席配置の変更について配慮のない行為をされ精神疾患を誘発した責任を同部長にとってもらうなどといったメールを送信し、

翌25日もh部長に対し同旨の言動をして精神疾患に対する治療費を支払うよう求め、その住所を聞き出そうとしたり、同部長の前に立ちはだかったり、行く手を遮ろうとしたもので、被害妄想的な受け止め方に基づき、身勝手かつ常軌を逸した言動を執拗に繰り返したものといわざるを得ないし、その動機においても酌量すべき点はない。」

「そして、前記・・・のとおり、原告は、翌26日も、病院への通院や弁護士の相談に行くための職場離脱を業務扱いにするよう求め、h部長にこれを断られるや、カッターの刃を持ち出してh部長の面前で自らの手首を切る動作をしたものであって、その動機は身勝手かつ短絡的である上、h部長や周囲の職員の対応いかんによっては自傷他害の結果も生じかねない危険な行為であったといえる。また、かかる原告の行為によって、周囲の職員に与えた衝撃と恐怖感は大きかったものと推察されるし、2度も警察官が臨場する騒ぎとなったことも軽くみることのできない事情である。」

「このように、かかる原告の一連の行為については、少なくとも、就業規則所定の懲戒事由としての『職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱すとき』(80条3号)に該当することは明らかであるから、懲戒事由該当性が認められる。そして、前判示のとおりその態様も危険で悪質といえることや、この平成29年4月の部屋のレイアウト変更をめぐる一件以前にも、原告が種々の問題行動を繰り返していたことは前記認定事実のとおりであることからすれば、原告に対しては、相当に重い処分が妥当するといえないではない。」

「しかしながら、他方で、h部長の適切な対応によるものとはいえ、この件によって傷害の結果は発生しなかったものであることや、前記・・・のとおり、カッターの刃を持ち出した原告の行為が自傷行為の目的に出たものであって、h部長や他の職員に向けられたものでなく、そのことはh部長も認識し得る状況にあったこと、前記のとおり、かかる行為が自己の要求を通すための自演であると認めるに足りる証拠はないこと、前記・・・のとおり、原告が、総務グループにおいて当初は種々雑多な業務に問題なく従事し、このうち、蛍光灯の掃除については約2000本にわたる蛍光灯をもう1名の社員と分担して行うなど、真摯な姿勢で業務に従事していた時期もあること、このレイアウト変更をめぐる件以前にも、原告に種々の問題行動があったことは前記認定事実のとおりであるものの、原告には懲戒処分歴はなかったことなど、原告にとって有利に斟酌すべき事情も認められる。このような事情をも勘案すると、1度目の懲戒処分で原告を直ちに諭旨解雇とすることは、やや重きに失するというべきである。

「以上のとおり、本件諭旨解雇及びそれに伴う本件懲戒解雇については、懲戒処分としての相当性を欠き、懲戒権の濫用に当たるものであって、労働契約法15条により無効であると認められる。

-普通解雇の効力について-

「原告は、被告入社直後に配属された自動車部品営業グループ在籍時において、顧客との対応がうまく行かなかった時などに顧客に対し声を荒げるなどのトラブルを起こし、上司や先輩社員からの注意に対しても感情を高ぶらせるなどして、顧客との接点の少ないあるいは接点のない部署に異動を命じられたものの、そのような部署である自動車部品事業管理部や生産試作技術部においても同僚職員や上司との間でもトラブルが絶えなかった。原告は、その後、人事総務部に異動となり、約2年以上に及ぶ出向先開拓の期間を経て、人事総務部・総務グループに配属されたが、ここでも、配属後しばらく経った後から、気に入らない業務については断ったり、他の従業員とのトラブルを起こすようになり、遂に前記2で判示したとおりの平成29年4月のレイアウト変更に端を発する事件を引き起こしたものである。」

「このように、原告が、入社後配属された複数の部署においてトラブルを起こし、最終的に職場でカッターの刃を持ち出すなどの事件を起こしたことからすれば、被告としては、このように職場秩序を著しく乱した原告をもはや職場に配置しておくことはできないと考えるのはむしろ当然であるといえ、かつ、それまでにも、被告が、トラブルを起こす原告に対し、その都度注意・指導を繰り返し、いくつかの部署に配転して幾度も再起を期させてきたことは、前記認定事実に照らし明らかであって、もはや改善の余地がないと考えるのも無理からぬものということができるから、本件普通解雇は、客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上も相当であると認められる。

3.改善可能性がないからといって過度な制裁を科して職場から排除できるわけではない

 本件の特徴は、解雇事由が同一であるにもかかわらず、懲戒解雇としては無効、普通解雇としては有効という結論を導き出した点ではないかと思います。

 その理由として目を引いたのが、改善可能性の位置づけです。

 普通解雇の判示で、裁判所は、

「改善の余地がないと考えるのも無理からぬ」

と改善可能性に乏しいことを認定しています。

 改善可能性の欠如は、懲戒処分による職場からの排除(懲戒解雇)の効力を決めるうえでも重要な考慮要素になるかにも見えます。

 しかし、裁判所は、飽くまでも懲戒解雇としての解雇は無効だと判示しました。

 これは、やはり、懲戒が制裁であることに根差しているのではないかと思います。改善の可能性があろうがなかろうが、制裁は非違行為の軽重に対応している必要があります。改善可能性がなかったとしても、それが制裁である限り、行為に即応する以上の処分を科することは正当化できません。だから、裁判所は、不穏当な問題行動を認定したうえ、その改善可能性の欠如を心証として抱きながらも、懲戒解雇の効力を否定する判断をしたのではないかと思います。

 このことは懲戒解雇の効力を議論するうえで、改善可能性の欠如が労働者側にとって致命的な要因にならないことを示しています。

 「注意しても無駄だから・・・」というのが仮に真実であったとしても、懲戒解雇に釣り合うような非違行為がなされていない限り、懲戒解雇の効力は争える可能性があります。

 本裁判例を通じて得られる知見として、

些細な非を繰り返しいてなかなか改善がなかったとしても、それだけで懲戒解雇の有効性が基礎づけられはしないこと、

職場でカッターを手に取り自傷行為に及ぶといった相応に不穏当な行為をしていても、懲戒解雇の有効性が基礎づけられるには至らなかったこと、

は記憶に留めておいて良いのではないかと思います。