弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

他人間の運転トラブルに介入し、諭旨解雇になるとともに使用者から100%の求償を受けた例

1.使用者から労働者への求償

 民法715条1項本文は、

「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 この条文を根拠として、被用者の行為によって損害を受けた被害者は、その雇い主に対して損害賠償を請求することができます。

 そして、被害者からの求めに応じて損害を賠償した使用者は、支払った金額について、直接の加害者である被用者(労働者)に対して支払を求めることができます(民法715条3項参照)。これを「求償」といいます。

 しかし、求償は無制約に認められるわけではありません。最一小判昭51.7.8民集30-7-689は、

「その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」

と支払を労働者に転嫁することに制約を加えています。

 こうしたルールがあるため、労働者の使用者に対する求償が満額で認められることは、あまりありません。

 ただ、それには例外もあります。労働者が故意に第三者に対して不法行為を働いたような場面です。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例である東京地判令2.2.27労働判例ジャーナル102-48 日本ハウズイング事件からも読み取ることができます。

2.日本ハウズイング事件

 本件は、労働者から使用者への損害賠償請求と、使用者から労働者への求償権行使が交錯した事件です。

 本件で被告とされたのは、マンションの管理業を主要な事業の一つとする株式会社です。

 原告になったのは、被告にマンションの管理人として雇われていた方です。

 自らが管理するマンションの居住者(F)が第三者(G)との間で運転をめぐるトラブルに遭遇している場面を目にして、Gに対して暴行を加えました。具体的に言うと、裁判所では、次の事実が認定されています。

「Gは、平成29年6月21日午後4時45分頃、自らが運転する自動車とFが運転する自動車とが接触しそうになって自動車を停車させた後、運転席から降りてFが運転する自動車の運転席側のドアを開けようとしたがドアは開かず、自車の運転席ドアを開けて自車に戻ろうとした。これを発見した原告が、Gの立っていた付近に徒歩で近付いてGの両腕を掴み、両者は両腕を掴み合うような状態で歩道付近に移動した。その後、いったん両者は互いに両腕の掴み合いをやめて数秒間言い争ったが、原告が左手でGの胸倉付近を掴み、右手拳でGの顔面や上半身付近を十数回殴打した。この間、自動車から降車したFが両手でGの体を掴んで原告から引き離そうとしたが、原告は殴打を続け、また、Gは原告に対して反撃しなかった。」

 この傷害事件を起こしたことを理由に、原告の方は被告から諭旨解雇されました。この諭旨解雇が違法無効であるとして、原告は被告に対して逸失利益や慰謝料の賠償を求める訴訟を提起しました。

 これに対し、被告は、諭旨解雇が違法無効であることを争うとともに、被害者Gに対して支払った和解金(損害賠償金)60万円を求償する反訴を提起しました。

 裁判所は、諭旨解雇の有効性を認めるとともに、次のとおり述べて、被告の原告に対する100%の求償を認めました。

(裁判所の判断)

本件傷害事件は、原告の故意による不法行為であり、原告においてGに対する暴行をすることがやむを得ないという状況にあったとはいえず、しかも本件マンションの管理人としての業務内容を大きく逸脱するものであって被告において予見し得る行為であったといい難いことに照らせば、被告がGに対して使用者責任による損害賠償債務を弁済した場合の原告に対する弁済金相当額の求償については信義則上の制限を受けないというべきである。

(中略)

「したがって、本件和解に基づく解決金債務につき被告の負担部分はないというべきであって、被告は、同債務を弁済したことにより、原告に対して民法442条に基づきその全額である60万円を求償することができる。」

(中略)

「なお、D支店長の供述するとおり・・・、平成29年12月21日の話合いの際、Fから本件傷害事件に関して原告に対する求償をしないよう再三求められ、D支店長がその場を収めるために分かりましたという趣旨の発言をしたとしても、その経緯及び状況等に照らせば、D支店長の上記発言があらかじめ求償権を放棄する旨の意思表示であると評価することはできないし、原告が求償を受けないと信じたとしても後に求償することが信義則に反するということもできない。

3.暴力に対して裁判所は冷淡

 原告の方の行為は、行き過ぎであることは間違いありませんが、自ら管理するマンションの居住者をトラブルから守ることと無関係とまでは言えないように思われます。そのことは、Fが求償権の行使をしないように再三に渡って会社に申し入れていることからも推察されます。

 また、裁判所で認定された本件障害事件の結果が、

「全治までに1週間を要する傷害」

と認定されていることからすると、字面ほど暴行は激しいものではなかったとも推測されます。

 それでも、裁判所は、諭旨解雇の効力を認めるとともに、使用者に100%の求償を認めました。

 司法機関としての性格上、当たり前といえば当たり前ですが、裁判所は暴力に対しては、かなり冷淡な姿勢をとることが多いように思います。目の前で緊迫した状態が繰り広げられている時に、悠長なことを言いにくいことは否定できませんが、物理的な実力行使が必要になると思ったら、自力で何とかしようとはせず、速やかに警察に通報する形で対応することが推奨されます。