弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

事件報道を真に受けて事件を語ることの危険性

1.弁護士から見た事件報道

 事件報道に対して冷めた見方をする弁護士は、少なくないように思います。それは何も斜に構えて格好をつけているわけではありません。ある程度の年数弁護士をしていれば、報道される事件の一つや二つ経験することは珍しくありませんが、そうした事件処理の経験を通じて、報道が必ずしも実体を反映したものではないことを体感しているからです。

 近時公刊された判例集に、その一例と思われる裁判例が掲載されていたため、ご紹介させて頂きます。

2.長崎地判令2.3.24労働判例ジャーナル102-52 慰謝料等請求事件

(1)事件の概要

 本件は、長崎県対馬市の市議会議員であった原告が、行政視察時に宿泊した施設において、参加者らの間で行われた宴会の席で、市議会議員である被告からわいせつな行為をされたと主張し、慰謝料等の支払を求めた事件です。

 原告になったのは、

「昭和18年○月○日生まれ」

の女性です。事件が起きたとされる平成27年10月26当時、対馬市議会議員の地位にありました。昭和18年生まれであることから計算すると、事件当時の年齢は71歳もしくは72歳になります。

 被告になったのは、

「昭和24年○月○○日生まれ」

の男性です。平成27年10月26日当時。対馬市議会の最大勢力であった新政会の会長、議会運営委員会の委員長及び厚生常任委員会の委員長を務めていました。昭和24年生まれであることから計算すると、事件当時の年齢は65歳か66歳になります。

 対馬市の厚生常任委員会は、平成27年10月26日から同月27日まで、熊本県菊池市及び山鹿市を目的地として、行政視察(本件行政視察)を行いました。原告、被告はその参加者でした。

 本件視察参加者は、平成27年10月26日、熊本県菊池市役所を視察した後,同市内の菊池観光ホテル(本件ホテル)に宿泊しました。

 原告は、このホテルで開かれた宴会で、被告からわいせつな行為を受けたと主張しました。具体的には、

「本件宴会開始から10分も経過しない午後9時30分頃、被告は、左隣に座っていた原告の左手を掴んで引きずり、原告を押し倒した。さらに、被告は、原告の胸がはだけた状態で、原告の胸と被告の胸が重なる体勢をとり、このような行為が約10回繰り返され、被告の行動は次第にエスカレートして、浴衣姿の原告の胸付近を引っ張り、浴衣前をめくり、ブラジャーをまくり上げる等の暴行を加え、原告の乳房を触り、下着の中に手を入れようとした(以下『本件わいせつ行為』という。)。原告は『いい加減にしてください、やめてください。』と言い、周囲に『助けてください。』などと言い、Dも、被告が初めて原告を押し倒した時から被告を止め、10回目の頃には『B、いい加減にしろ、やめんか、くどいぞ。』と言い、原告は逃げるようにDのほうに行ったが、被告が追い掛けるような態度であったため、両者の間にDが入り、ようやく収まったものである。」

「原告は、翌朝、Fから我慢するよう言われ、警察に訴え出ずにいたが、本件忘年会の帰りのバス車内で、被告が、バスの最前部の座席に座っていた原告に対し、『また、お前のおっぱい触ってやっけのう。』と発言したことから、本件わいせつ行為をこのまま放置できないと考え、その翌日、警察に相談し、被告を強制わいせつ罪の事実で告訴するに至った。」

と主張しました。

 これに対し、被告は、本件わいせつ行為を否認し、

 「原告が平成27年12月下旬から平成28年1月初旬にかけて、被告を告訴したり、本件わいせつ行為に関し報道機関に情報提供したりしたのは、被告が、平成28年2月28日に実施された対馬市長選挙(以下『本件市長選挙』という。)に当たり、原告が応援する候補者と対立する候補を応援したため、政治的意図に基づくものであったと考えられる。本件訴えも、対馬市議会において、被告が主導し、原告に対する懲罰2回及び辞職勧告決議が提出・可決され、原告が、平成29年5月21日に実施された対馬市議会議員選挙で落選したことを逆恨みしたものである。」

などと主張しました。

 (2)当時の事件報道

 本件は、市議会議員の行政視察中の出来事であることと、当事者の年齢が目を引き、割と大きく報道されました。現在でもネット記事が残っています。一例を挙げると、次のように報道されていました。

(報道の例)

同僚男性市議を「強制わいせつ」告訴!視察中のホテルで女性市議のおっぱい丸出し! - ライブドアニュース

「長崎・対馬市議会の入江有紀議員(73)は7日(2016年1月)、『視察で泊まったホテルで同僚の男性議員に馬乗りされ、胸を開かれおっぱいを触られるセクハラがあった』として、強制わいせつ罪で警察に告訴状を提出した。」

「セクハラの加害者とされたのは大部初幸議員(66)で、熊本へ視察中だった昨年(2015年)10月26日、夕食のあと他の議員らと集まったホテルの部屋で、大部議員は入江議員の胸を『大きい』などと言い出し、いきなり押し倒して馬乗りになったという。」

「『腕をグッと引っ張られて倒れ、上から乗られたんです。その際、浴衣が全部めくれて胸が丸出しになりました。大部議員が「20人の議員がお前のおっぱいを今まで触りたかった。オレが代表でおっぱいを触る」と言いながら私のブラジャーを上げたんです』『下半身に手を突っ込もうと、何度も何度も繰り返した』と入江議員は語る。」

「仲良くしようと、酔って倒れ掛かっただけ」

「これが事実とすれば、単なるセクハラでは済まされない。れっきとした犯罪だが、大部議員は否定している。『仲良く飲もうということで私の部屋に集まった。仲良くしようと肩を抱いた際に、2人とも酔っているので倒れた。(入江議員は)私が彼女を抱き起そうとした時のことを言うわけです。訴えには正々堂々と立ち向かっていきます』」

「しかし、入江議員は『自分は酒が飲めず酔って倒れたりしない。こういうことをされては許すわけにはいかない。大部議員には責任を取っていただきたい。議員辞職しても告訴は取り下げません』と怒りは収まらない。」

「同席の議員『止めても何度も繰り返した。40分続いた』」
「目撃していた他の3議員は何をしていたのか。『スッキリ!!』がそのうちの一人に電話取材したところ、こんな答えが返ってきた。『実際、大部議員が入江議員の方へ寄って行って腕を引っ張り押し倒した。はじめは冗談かと思って見ていたが、入江議員が真剣に「助けて」と何度も訴えるので止めた。止めても大部議員は何度も行為を繰り返し40分ほど続いた』」

「評論家の宇野常寛『おそらく入江議員の方が正しいですね。情けない。何が悪質かって、酒の席だからいいだろうとか、お前が席を離れたら雰囲気が壊れるだとか、昭和のおやじ的な価値観にヘドが出ますよ』」

「司会の加藤浩次『視察中ですからね。まだこういう体質が市議会とかに残っているのかと考えちゃう』。」

「警察は告訴状を受理する方針という。怒りが収まらない入江議員は、抵抗した際に左手をケガしており暴行罪でも告訴する考えという。」

(3)裁判所の認定

 報道の中には、上述のとおり、本件わいせつ行為が行われたことを前提として、被告市議に否定的な評価を下すものが相当数ありました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件わいせつ行為の存在を否定し、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告本人は、・・・被告が、

〔1〕原告を引き倒して馬乗りになるなどの行為を繰り返し、

〔2〕3回目に引き倒した頃には、『やめてください』などと抵抗する原告の両足に被告が乗って原告を動けない状態にし、浴衣の襟がはだける中、ブラジャーを首付近までまくり上げ、胸を露わにし、さらに、原告の下着の中に手を入れた、

〔3〕4回目に引き倒された頃には『お前のおっぱいは他の議員も触りたがっとった。俺が第1号で触る。』などと言って、原告の乳房を触ったなどとして、本件わいせつ行為の被害に遭ったことを供述・陳述・・・する。」

「他方で、被告本人及び証人Eは、被告が、原告と肩を組んだり、床に一緒に倒れ込んだり、床に倒れた原告を起こすなどしたことはあったが、前記〔1〕から〔3〕までの本件わいせつ行為はなかったと供述する。」

「この点について、証人Dは、本件宴会中、複数回にわたり、原告と被告の上半身が重なり、被告が原告を押し倒すように見える状況があり、そのうちには、被告の右太腿が原告の足の上に乗るような状況もあった旨を供述するが、他方で、原告が主張する、被告が原告の上に馬乗りになったとの事実については供述しないし、被告が原告の胸を触ったとの点についても、押し倒したような形になるので、そのように見えたとか、触ったところははっきり見ていない・・・などと述べるにとどまり、また、被告が原告を押し倒す際の言動についても記憶がない・・・と述べる。」

「前記のとおり、本件宴会の参加者は座卓を囲んで着座しており、証人Dの供述によっても、Dは座卓の長辺に向かい、原告と被告は右側の短辺に向かって(すなわち、Dの右斜め前に)並んで座り、奥側にいた被告が手前側にいた原告を押し倒してきたというのであり、また、被告の太腿が原告の足に乗っている状況を視認できるほどの状態にあったというのであるから、仮に、原告が主張・供述するような事実があったのであれば、まさにDの眼前(真横)で醜悪なわいせつ行為・言動が行われていたということになるのであり、Dが相当量の飲酒をしていたことを考慮しても、Dが明確に目撃していないとか、具体的な記憶がないなどということは、にわかに考え難い。かえって、証人Dの供述は、被告の行動は、1、2回であれば冗談で済む程度のものと思ったというものであったり・・・、本件宴会では上機嫌に飲酒をしていたというものであって、原告の主張するような深刻なわいせつ行為が発生したこと自体を疑わせる内容のものであり、原告本人の供述と整合しないといわざるを得ない。」

「翻って、原告本人の供述についてみても、

〔1〕3回目及び4回目に被告が原告を引き倒した際、抵抗する原告を制し、被告がブラジャーをまくり上げた、原告の胸を触った、下着の中に手を入れたなどと、深刻な被害内容を述べるものであるが、その時には周囲に助けを求めるなどせず、5回目頃に引き倒された時に『もう帰る』などと言い、更に5、6回同様の行為をされた後にDに助けを求めたという供述内容は、供述する被害の深刻さに照らせばいささか不自然であるし、

〔2〕その供述する周囲の対応も、原告が『もう帰る』といったのに対し、Dは、みんなの雰囲気が崩れるから、もう少しいてほしいと述べ、全般的には上機嫌で飲酒していた・・・というものにとどまり、原告もそれに応じて最後まで本件宴会に参加していた・・・というのであり、供述する被害の内容との対比で、あまりに緊迫感を欠いたものである。これらの事情に照らすと、原告本人の供述自体、不自然といわざるを得ず、事実を相当誇大に述べている疑いが払拭できない。」

「さらに、原告は、肝臓が悪く、かねてから飲酒を控えており、本件夕食会では、前記認定事実・・・のとおり注がれた酒類を用済みの食器に注いで捨てていたなどとも供述する。しかし、原告が、つがれた酒類を食器に注ぐなどして捨てていた旨供述する者は、証拠上原告の他におらず、かえって、証人E及び被告は、原告も相当程度飲酒していたと供述しているし、証人Dも、Cについては、そんなに飲まないので冷静であるなどと特に言及しているが、原告に対しては、周囲の飲酒していた議員らと異なる様子であった旨の認識を示しておらず、前記認定事実・・・のとおり、Dは、原告をスナックに誘ったと認められることに照らしても、原告も、本件夕食会及び本件宴会で、相当に飲酒をしていたと考えざるを得ない。」

「そして、原告は、被告が、本件忘年会の帰りのバス車内において、『またお前のおっぱい触ってやっけのう。』などとわいせつな発言をし、原告が、いい加減にしてくださいなどと言い返したとも供述するが、前記認定事実・・・のとおり、当時、原告の近くに着席していたFでさえ、それから間もない頃に、そのようなやりとりは聞こえなかったと述べていたというのであって、他に原告の供述を裏付ける証拠はなく、上記のやりとりがあったとも認められない。」

(中略)

「以上によれば、原告本人の供述はそれ自体が不自然と評価せざるを得ず、的確な裏付けも欠くものであるからそのまま信用することはできず、その他に原告の主張事実を認めるに足りる証拠は見当たらない。」

3.事件報道の精度は、それほど高くはないし、後追いもあるとは限らない

 事件報道の一例(掲げた以外にも、ネットで検索すればたくさん出てきます)と判決文を対照すれば、必ずしも事件報道を全面的に信頼できないことは、比較的容易に分かるのではないかと思います。

 また、報道機関は事件が起きた当初はセンセーショナルに報道しますが、じっくりと腰を落ち着けて一つの事件・一つの課題に焦点を当て続けることが不足しているように思われます。この事件の顛末も、たまたま判例集を読んでいて見つけただけで、報道から認識したわけではありません。判例集など読まない普通の人には、報道が記憶に刷り込まれているだけになっているのではないかと思います。

 本件に限ったことではなく、耳目を集める事件が起きるたびに、ネット上には、報道機関から流れてくる情報を所与の前提とした事件内容・事件当事者についての論評が多々なされます。

 しかし、一つの事件・一つの課題を、時間をかけて、じっくりと調べてみると、また違った印象を持つことも、少なくないのではないかと思います。