弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ストーカー行為を理由とする諭旨免職処分の有効性-二次被害を与えるような態度は悪手

1.諭旨免職処分の有効性

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 この規定の解釈として、懲戒事由に該当する場合(使用者が労働者を懲戒することができる場合)であっても、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、懲戒処分は無効とされます。

 懲戒処分の中でも懲戒解雇や諭旨解雇は、労働者に重大な不利益を与えます。そのため、こうした処分が有効であるためには、かなり強い事情だと理解されいてます。しかし、どれくらい強い客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められれば、懲戒解雇や諭旨解雇の効力が認められるのかの境界線は、必ずしも明確ではありません。

 こうした状況のもとで処分量定の適否に関する相場感覚を身に付けて行くためには、一審と二審とで判断の別れた裁判例を分析しておくことが重要な意味を持ちます。

 近時公刊された判例集に、諭旨免職処分の効力を否定した一審の判断を覆し、その効力を認めた裁判例が掲載されていました。東京高判令3.7.14労働判例1250-58 PwCあらた有限責任監査法人事件です。

 これは、以前、このブログで紹介させて頂いた地裁判決の控訴審になります。

ストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の有効性-反省の情は決定的要素になるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.PwCあらた有限責任監査法人事件

 本件はストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の効力が問題になった事件です。

 原告の方は、同じ職場で働く女性にしてストーカー行為を行ったとして、被告から諭旨免職処分を受けました。その後、降格処分を経て普通解雇されたため、諭旨免職の無効確認、降格の無効確認、労働者としての地位の確認等を求めて出訴しました。

 一審裁判所は諭旨免職の無効確認、労働者としての地位の確認を認める一方、降格が無効であることは否定しました。これを受けて、原告・被告の双方が控訴したのが本件です。控訴審裁判所は、被告敗訴部分を取消し、諭旨免職処分、普通解雇のいずれの効力も認めました。

 判決文に目を通していて特に興味深かったのは、ストーカー行為による諭旨免職処分の効力を認めた部分です。

 裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「1審現行による本件ストーカー行為の態様は、平成29年9月頃から同年11月末までの約3か月間にかけて、職場で被害女性に視線を送ったり、被害女性の利用する座席のそばの座席を使用したり、被害女性が退社して駅に向かうとその後を付けたり、被害女性が駅に来るのを待ち伏せ、ホームで被害女性を見失うと、被害女性が利用する乗換駅に行って被害女性を探したりしたというものであって、これらにより、1審原告に対して警視庁丸の内警察署長により本件警告がされたというものである。」

「このような1審原告による本件ストーカー行為が、被害女性の意に反する言動であって、ハラスメント行為に該当することは明らかというべきであるが、1審被告においても、警察の捜査官が1審原告に対して事情聴取を行うのに応対し、また、1審被告もその担当者によって1審原告に対して事情聴取を行う必要に迫られたほか、認定事実のとおり、その後も、被害女性の身の安全等に関する警察からの照会に応ずるなどの対応をとることを余儀なくさせられたのであるから、1審原告の本件ストーカー行為及びそれにより生じた事情は、就業規則123条20号の『ハラスメントにあたる言動により、法人秩序を乱し、またはそのおそれがあったとき』に該当するものと認められる。」

「そこで本件ストーカー行為の悪質性等について検討するに、被害女性にとっては、面識がなく部署も異なる者からしばしば視線を送られること自体、相応の不安感を抱くことが当然というべきものであったと認められるが、1審原告は、それにとどまらず、1審被告では座席が固定されていないことから、被害女性のそばの座席をあえて使用して、勤務時間中、被害女性に接近し続け、これにより、被害女性は、同僚に1審原告の行動について相談したり、1審原告の所属等を調べたりしているのであって、これらのことからもうかがわれるとおり、相当に強い不安感ないし恐怖感を抱いたものと認められる。それにもかかわらず、1審原告は、更に、勤務を終えて退社した被害女性につきまとったものであって、被害女性が利用する乗換駅まで把握していたことからすると、つきまといも複数回にわたり相当程度に広い範囲において行っていたものと推認するのが相当というべきであr。」

「このような1審による本件ストーカー行為に対して、被害女性は夫との間で一次は転職や転居を検討し、また、現在においても、本件ストーカー行為を思い出すと辛くなり、夜間は一人では出歩かないようにしているというのであって・・・、被害女性が受けた精神的苦痛は看過できるものではない。」

他方、1審原告は、1審被告の担当者による事情聴取の際、本件ストーカー行為について反省の弁を述べるものの、被害女性は入院したりPTSDになったりしておらず、普通に出勤しているから問題はないのではないかなど、被害女性への配慮を欠く発言していたのであって、被害女性が受けた精神的苦痛を十分に理解し、本件ストーカー行為について真摯に反省していたとは言い難い状況にあったというべきである。このことは、1審原告が当審において、そもそもストーカー行為など存在せず、被害女性が1審被告と共謀してでっち上げたにすぎないなどと主張し、被害女性を攻撃する態度を見せるに至っていることからも十分にうかがえるところであって、これらによれば、1審原告については、1審被告において、本件諭旨免職処分をした当時に、なお被害女性に対してストーカー行為に及ぶ現実的な危険性があるものと判断したとしても、そのことには相当の根拠があったと認めるのが相当である。

「本件ストーカー行為の態様のほか、それによって受けた被害女性の精神的苦痛の程度や、1審原告による反省の状況、更にはストーカー行為が再発される危険性などの諸事情に鑑みれば、1審原告による本件ストーカー行為は相当程度に悪質であって、看過できるものではなかったというべきである。

「以上を踏まえて本件諭旨免職処分の有効性について検討する。」

「1審被告においては、就業規則123条20号において『ハラスメントにあたる言動により、法人秩序を乱し、またはそのおそれがあったとき』に該当する場合には、諭旨免職又は懲戒解雇の処分とする旨を定めているところ、これは、1審被告が、財務書類の監査又は証明等を目的及び業務とする監査法人であって、PwCコンサルティング合同会社、PwCアドバイザリー合同会社及びPwC Japan合同会社などの関連会社と連携し、広範囲な分野にわたって上記の監査等の業務に携わっていることから・・・、法令等に明確に違反するものではない場合であっても、ハラスメントに当たる言動などがあった場合には、厳正な姿勢で臨み、もって高い水準の企業秩序や職場規律を維持する必要があることから設けられたものと推認され、1審被告の業態等に照らせば、就業規則における上記の定めは相応に合理的なものと認められる。」

「1審原告による本件ストーカー行為は、このような就業規則120条20号に該当する上、前記に判示するとおり、その内容も相当程度に悪質であって看過できないものであったことに鑑みれば、1審原告が、本件ストーカー行為が発覚するまでに懲戒処分を受けたことがなく、管理職の地位にある者でもないことなどを考慮しても、本件諭旨免職処分については、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合に当たるとはいえないというべきであり、1審被告において懲戒権を濫用したものとはいえず有効であると認められる。」

3.微妙な事件で、二次被害を与えるような態度は悪手

 本件では、反省が十分ではなかったことに留まらず、被害女性からストーカー行為をでっち上げられたと主張するなどの攻撃的な態度をとったことが不利な事実として指摘されています。

 一審では諭旨免職が無効と判断されていることからすると、本件は勝敗の微妙な事案だったといえるのではないかと思われます。そうした事案において、被害者に対して攻撃的な応訴態度をとることには、慎重な姿勢をとった方が良かったかも知れません。

 やってしまったことは変えられませんが、手続態度等はコントロール可能な事情です。懲戒処分の効力を争うにあたっては、こうしたコントロール可能な事情について判断を誤らないことが重要です。