弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアルハラスメントを受けた女性弁護士の自死事件-遺書と伝聞供述による被害事実の認定

1.自死事件の特徴-被害者本人が語れない

 ハラスメントは働く人に大きな心理的負荷を与えます。この心理的負荷は、時として、鬱病などの精神障害の発症や自死などの重大な結果を引き起こします。

 当然のことながら、遺書等を目にして自死した方がハラスメント被害を受けていたことを知った遺族は、怒り心頭に発します。被害感情を抱えながら、加害者やその勤務先に対して損害賠償を請求する例は少なくありません。

 しかし、損害賠償請求を通すためのハードルは、決して低くありません。なぜなら、自死事件では、被害者本人が被害の実情を語ることができないという特徴があるからです。

 確かに、遺書は何があったのかを知る手掛かりになります。しかし、通常の精神状態で書かれる類の文書ではないこともあり、書かれている内容が概括的・抽象的であったり、予備知識のない第三者には分かりにくい表現が使われていた利することが珍しくありません。また、加害者やその周辺の人物は口を噤むのが普通です。生前、被害者から相談を受けていた友人等は、直接被害状況を目の当たりにしているわけではなく、「生前、彼/彼女はこのように話していた。」という原体験者からの伝聞しか話すことができないのが普通です。

 そのため、遺族側は、遺書や伝聞供述を活用しながら事実認定上の困難な論証に挑まなければならない例が少なくないのですが、近時公刊された判例集に、遺書と伝聞供述からセクシュアルハラスメント被害の事実を認定した裁判例が掲載されていました。大分地判令5.4.21労働判例ジャーナル141-32 弁護士法人S法律事務所事件です。

2.弁護士法人S法律事務所事件

 本件で被告になったのは、

主たる事務所を大分県中津市に置く弁護士法人(被告事務所)と、

被告事務所の代表社員弁護士であった元弁護士(被告P4 昭和29年生の男性)

です。

 原告になったのは、昭和61年生まれの女性であるP3の両親です(原告P1、原告P2)。

 P3は平成25年3月に法科大学院を卒業し、同年9月に司法試験に合格した弁護士です。平成26年12月に司法修習を終了し、弁護士登録を行い、同月19日から平成30年8月27日に縊死するまで、被告事務所において勤務していました。

 本件の原告らは、P3が自死したのは被告P4から意に反する性的行為等を受けたからであるとして、被告事務所と被告P4に対し損害賠償を求める訴えを提起しました。

 本件では、被告P4によるP3に対する違法な性的行為の有無及びその内容が争点の一つになりましたが、裁判所は、

遺書の内容、

昭和60年生まれの友人(女性裁判官)の供述

昭和61年生まれの元同僚(男性弁護士)の供述

から意に反する性交等の不法行為が行われた事実を認定しました。

 P3による事務所宛ての遺書の内容と、裁判所の判断は、それぞれ次のとおりです。

(事務所宛て遺書の内容)

「こんな形でご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。」

「死んで許されることではありませんが、もうこれしかできません。」

「本当に申し訳ありません。」

「でも、言い訳にもならないけど、事務所にいる間ずっときつかった。私だって、元々男性が苦手で、そういうことがダメで、今までつきあってた人ともどうしてもできなくて、別れたのに、事務所の2階なんかで処女を失って、仕事に支障が出るようになってからは、一旦やめてくれましたけど、そのあとも毎日のようにヘヤに来ては、『俺のこと好きか』『好き?』ときいて、『尊敬してます』という●答えでは満足しなくて、うなずくか、時には言葉で好きって言わせて、それから、『処女●を●失ったのは誰と?』ってきいて、『元彼』って言わせて、どうしてですか? 1つ1つ、イヤって言えなくて、一回イヤってはっきり言って、でもまたそういう言葉が始まって、断れない自分が大嫌いでした。ヘヤにいる時、足音がしたり、ノックの音がしたりするのが本当に怖かった。」

「2人きりになるのが怖かった。P13先生に顔向けできなかった。セクハラとか、リコンとか、性犯罪とか、扱うたび自分がバカみたいでした。私だってこんなダメ人間になりたくなかった。弁護士なんて、きちんと証言●頑張る被害者より私の方がよっぽどダメな人間でした。にこにことりつくろってばっかり。もうずっとやめたかったけど、1人つれてこないとやめられないとか、そんな気力もうないです。イヤって言ってもいつのまにかなかったことにされて、仕事でミスが出だしたらそれは困るからってやめて、でもまた別の方法で始まって。私が自分のこと好きだと本当に思っていましたか。本当だとして、それを私に言わせるイミは何だったんですか。」

「誰よりも家族を大事にしていることはわかっています。便利だから使っただけでしょう。自分の価値がすりへってくみたいでした。」

「だからといってこんなことになったのを全てそのせいにするつもりはありません。だからこんな形でしかおわびできません。といっても、おわびにもなりませんが。むしろ迷惑をおかけしてしま●●いますよね。でももうムリです。」

「本当に申し訳ありません。」

(裁判所の判断)

「被告P4によれば、平成27年3月から同年5月にかけて、恋愛感情に基づき、七、八回性的関係(うち、性交は五、六回目に1度だけ)があったということであり、以後はそのような関係は一切ない旨を主張し、これに沿う陳述ないし供述をする。」

「これに対し、原告らは、平成27年3月から平成30年8月までの間、P3の意に反する性的行為が継続的にされた旨を主張するため、この点について検討することとする。」

本件において、被告P4によるP3に対する性的行為の存在を直接示す証拠は、被告P4の陳述又は供述以外には、事務所宛て遺書があるのみである。事務所宛て遺書の内容は別紙『本件各遺書の記載内容』のとおりであるところ、原告らと被告らは、それぞれ専門家の意見書・・・を踏まえ、事務所宛て遺書記載の文言の意味内容を種々主張するが、P3が自死に至らざるを得なかった極限的な精神状態を踏まえると、前記遺書の記載内容自体を根拠として、その心理を分析することや同分析に基づいて遺書の意味内容を遺漏なく確定することは、P3が存命していない現状の下では、著しく困難というべきものである。そして、被告P4によるP3に対する性的行為の存否は、裁判所の専権に属する事実認定の問題であるから、事務所宛て遺書の記載内容自体の解釈にとどまらず、本件全証拠により認められる間接事実及びこれに基づく評価並びに証言及び供述の信用性を踏まえた検討をするのが相当である(そのようなことから、当裁判所は、意見書を作成提出したP20の証人尋問の申出を採用しなかった次第である。)。

かかる観点に立ち、まずは事務所宛て遺書の記載内容から一義的に明らかな部分を抽出しつつ、前記認定事実も踏まえて、被告P4によるP3に対する性的行為の存否、内容及びその程度について検討することとする。

「P3は、事務所宛て遺書において、被告P4との性的関係について、『事務所にいる間ずっときつかった。私だって、元々男性が苦手で、そういうことがダメで、今までつきあってた人ともどうしてもできなくて、別れたのに、事務所の2階なんかで処女を失っ』たと記載している。」

「この記載は、性交の経験がなく、これまで交際していた男性とも性交をすることができなかったP3が、自らの勤務場所である法律事務所の2階(本件事務所上階)において、被告P4との性交によって処女を喪失したことを明らかにするものである。」

「被告P4の主張によれば、P3と被告P4が性交をしたのは平成27年6月10日よりも前ということであるが、それまで性交をした経験がなく、被告事務所に入所して間もないP3が、性交をすることを許すほどに関係を深めたものとは認め難い時期に、30歳以上年長であり、かつ、被告事務所の代表者である被告P4と、勤務場所である法律事務所の2階(本件事務所上階)というおよそ性交をすることが想定されていない場所において、自ら望んで性交をするということ自体通常考え難いことであり、前記記載により一義的に認められる事実それ自体から、被告P4との性交がP3の意に反するものであることが一定程度うかがわれるものである。」

「これに対し、被告らは、前記記載につき、被告P4とP3とが、被告らのいう『恋愛関係』にあったことを前提に、別紙本件各遺書に係る当事者の主張第1、4のとおり、P3が、これまで交際していた者とはすることのできなかった性交を、被告P4とはすることができたということを示す記載であると主張し、それに沿う証拠・・・を提出するとともに、被告P4はこれに沿う陳述をする。また、被告らは、事務所宛て遺書には、性交以外の性的行為につき、それがP3の意に反してなされたことをうかがわせる記載がないと主張する。そこで、以下、被告らの主張及び立証と対をなすP7及びP8の陳述ないし証言(以下、エの項において、『証言等』ということがある。)をみることとする。」

「P7は、おおむね以下のように陳述ないし証言する・・・。」

「平成28年9月以降、P3との間で、被告P4によるP3に対する性的行為についてのやり取りをした。」

「平成28年9月10日頃にP3が岡山県にいるP7を訪ねてきた際に、居酒屋において、P3から、被告P4による性的行為についての話を、以下のように聞いた。

・ボスである被告P4が服の上から胸を触った。

・そのようにされてびっくりして拒否するような態度をとったが、触られてしまったので、服の上なら我慢しようと思った。

・そこから先に進んで服を脱がされ、ブラジャーを外されて直接胸を触られた。

・それでも終わらずに、被告P4が性交までしようとしてきて、頭が真っ白になった。

・被告P4が性交をしようとしたのに対し、さすがに性交までされるのは拒否しなければと思い、生理中であることを理由に断ったが、被告P4はやめず、P3のショーツを脱がし、顔を生理の血で真っ赤にしながらP3の性器を舐めてきた。

・結局、P3の経血の量が多いため、被告P4はその日はあきらめた。

・別の日には、性交までされてしまった。」

「・・・P3は、手を振るわせて話をしていたし、その言葉尻は揺れていた。」

「・・・P3とP7は、カウンター席に座り、P7の右隣には別の客がいたが、P3はもともと声が小さく、にぎやかな店でもあったため、周りの客に聞こえるという心配もなかった。」

「・・・P7は、性交の具体的な回数は聞いていないが、平成28年9月10日頃の時点でも継続しているというふうな話だと感じた。」

「・・・P3が、自分の上で一生懸命動いている被告P4を見て滑稽に感じたと話していたことから、P7は、性交は1回、2回ということではなく、何度もあったのだろうと考えた。」

「・・・話を終えた時点で、P3は、『こんなことでP3は処女を喪失しました。』と述べて、おどけたような様子を見せたが、『うまく断れなかった私が悪いんかな。』とも述べ、その後、P7に体を向けた状態で首を左側に傾けて、目線を左下に落とした感じで、左の目尻から涙を流していた。」

「・・・P7は、P3に対し、『悪いのは絶対にボスだ。』と述べたが、その際のP3の返答については覚えていない。」

「・・・居酒屋を出た後、家に戻ってから、P3が被告P4の話をすることはなかったし、翌日に岡山県の倉敷市を一緒に観光した際にも、被告P4の話がされることはなかった。」

「P3は、平成28年11月頃までに、被告P4との件は解決したから大丈夫であるとLINEで連絡をしてきた。」

「平成28年11月頃に再度P3と岡山県で会ったが、その際に、被告P4の件が話に出ることはなかった。」

「P8は、おおむね以下のように陳述ないし証言する・・・。」

「平成29年2月24日に中津市にある居酒屋において、P3から、被告P4による性的行為についての話を、以下のように聞いた。

・被告P4から本件事務所上階に呼び出され服を脱ぐように指示されて服や下着を脱いだ。

・本件執務室・・・において抱きしめたり、キスをされたり、胸を揉まれたりした。

・被告P4から同人の妻に言わないように告げられた。

「・・・相談をひととおり受けた後、P3が、自分はどうしたらいいのかと聞いてきたが、結局、P3自らが何とかするということで話は終わった。」

「・・・P3に対し、拒否はしたのか、そういうことをされたことが何度もあるのかなどと尋ねた。」

「それに対し、P3は、被告P4からの行為は何回かあり、同人に『やめて』と言うと、やめることもあるが、『自分のことは尊敬してるんだろう』と言って話を変えてくることもあるし、そのように言われたら、尊敬していないとは言えないが、そのような状況を利用して話を元に戻されてなし崩し的に性的行為がされることもあるなどと述べた。」

「また、P3が、『私はどうしましょうか。』と尋ねてきたことから、自分が代わりに被告P4に話をする旨申し向けたものの、P3は、『この件を誰かにどうにかしてもらうつもりはありません。今日は、この話を聞いてほしかった。このあと、自分で言おうと思います。』と述べた。」

「・・・やり取り以後は、どうすればやめてもらえるかという話に終始した。」

「平成29年2月24日以後は、被告事務所代表者がP3の執務室に入った際に、近くに人がいるように足音等を大きくしたり、自身の部屋のドアを開けっ放しにするなどした。」

「平成29年2月24日以後は、二、三か月に一度ほど、P3と二人になったタイミングで状況を確認したが、P3は、『あの件はもう大丈夫なんで。』と答えていた。」

「平成30年5月又は6月頃に、P19弁護士及びP3とで開かれた自身の送別食事会の際に、P3と二人きりになったタイミングで、被告P4の件について確認したが、『あの件はもう大丈夫です。』との回答であった。」

「被告事務所からの退所を伝えた際、被告P4から、後任を連れてくるように言われた上、事務所独立に当たり不義理があれば仕事がしにくくなるかもね、との趣旨のことを言われた。」

「前記・・・の両名の証言等は、いずれも見聞した本人でなければ述べることができない内容のものといえる。一般に証言等には記憶違いを伴う可能性はあるが、P7及びP8のいずれの証言等の内容も、弁護士であるP3が所属していた法律事務所の代表者であり、年齢も仕事上の経験年数も30年以上離れた弁護士である被告P4から、意に反して性交又は性的行為をされるという衝撃的な内容であり、それ自体、大筋において記憶違いをするということはおよそ考え難いものである。また、P7は現職の裁判官で、P8は現職の弁護士であることからすれば、両名がその立場を顧みることなく、殊更に虚偽の証言等をすることも想定し難い(なお、P8については、もともとは被告事務所に勤務していた者であるが、P8が被告事務所を退所するに当たり、被告P4又は被告事務所との関係性が悪化したなどといった事情は特段うかがわれず、やはり、殊更に被告らに不利な虚偽の証言等をすることも想定し難い。)のであって、P7及びP8の証言等は信用できるというべきである。」

(中略)

なお、P7及びP8の証言等が伝聞にわたるものであることから、P3のP7及びP8に対する相談内容が事実に基づくものであるのかどうかも検討する。

まず、P3がP8にした相談の内容は、これを体験した本人でなければ述べることができない内容を述べるものであり、かつ、記憶違いが生じるような性質の事柄ではない。この点、P3がP8に対して、同意に基づく性的行為があったにもかかわらず、積極的に虚偽の事実を述べた可能性について検討するに、P3が、被告P4や同人の娘である被告事務所代表者の勤務する職場の同僚であるP8に対し、わざわざ被告P4との不貞の発覚につながり得るような事実を述べる動機は見出し難い。以上からすれば、P3がP8にした相談(供述)の信用性は相当程度担保されているというべきである。

そして、P3がP7にした相談の内容も、P3がP8にした相談の内容と整合する部分が多く、かつ、P3が大学時代からの友人であるP7に対し殊更に事実に反する内容の相談をする動機も必要性も見出し難いことからすれば、P3がP7にした相談(供述)の信用性も、前記と相まって一定程度担保されているというべきである。

そうすると、P7及びP8の証言等の内容は伝聞にわたるものの、少なくともその証言等の大筋(〔1〕P3がP8に相談した平成29年2月24日頃まで、被告P4から、意に沿わない形で、本件事務所上階において服や下着を脱ぐように指示され下着等を脱がされたり、また、本件執務室〔1〕又は〔2〕において抱きしめられたり、キスをされたり、胸を揉まれたりするなどの複数回の性的行為を受け、P3が『やめて』と言い、これらを拒否しても、被告P4が性的行為を継続した旨を陳述ないし証言する部分、〔2〕P8がP3から話を聞いた時点でも、性的行為が継続していた旨を証言する部分を含む。)の限りでは事実を認めて差支えないというべきである。

「以上を前提として、事務所宛て遺書の意味内容等について検討する。」

「事務所宛て遺書のうち、『私だって、元々男性が苦手で、そういうことがダメで、今までつきあってた人ともどうしてもできなくて、別れたのに、事務所の2階なんかで処女を失って事務所の2階なんかで処女を失って』との記載の意味内容について検討を加える。同記載につき、被告らは、前記のとおり、P3が、これまで交際していた者とはすることのできなかった性交を、被告P4とはすることができたということを示す記載であると主張する。この主張は、P3は、男性と性交をすることを望んでいたが痛みによりこれを遂げられずにいたところ、被告P4と出会い、同人との関係を深めていく中で被告P4と性交ができるようになったとの趣旨を含むものと解されるが、P3は平成29年2月24日時点において被告P4から意に反して胸を触られるなどしておりそれを拒否していたこと・・・、また、P3は、平成28年9月10日、被告P4との性交が意に反する旨(『さすがに性交までされるのは拒否しなければと思』ったという旨)をP7に伝えた上、『うまく断れなかった私が悪いんかな。』と述べ涙を流していたこと・・・に照らせば、前記記載は、P3は被告P4と性交をすることを望んでいなかったにもかかわらず、本件事務所上階で、被告P4から性交をされたことを意味するものとみるほかなく、被告らの前記主張は採用できない。したがって、前記記載から、被告P4は、過去に交際していた男性とは性交をすることができず、それまで性交をしたことがなかったP3と、その意に反して、平成26年12月19日から遅くとも平成28年9月10日までの間に、本件事務所上階で少なくとも1回性交をしたと認められる。
b また、事務所宛て遺書の『仕事に支障が出るようになってからは、一旦やめてくれましたけど、そのあとも毎日のように部屋に来ては、「俺のこと好きか」「好き?」ときいて、「尊敬してます」という●答えでは満足しなくて、うなずくか、時には言葉で好きって言わせて、それから、「処女●を●失ったのは誰と?」ってきいて、「元彼」って言わせて、どうしてですか? 1つ1つ、イヤって言えなくて、一回イヤってはっきり言って、でもまたそういう言葉が始まって、断れない自分が大嫌いでした。』との記載から、被告P4は、本件事務所上階でP3と性交をした後、本件執務室〔1〕又は〔2〕において、P3に、『俺のこと好きか。』『好き?』『処女を失ったのは誰と。』などと尋ね、P3をして、『好き』『元彼』などと言わせたとの事実が認められる。」

(中略)

「被告P4の主張及び供述は、前記のP7及びP8の証言等に反するものであることから、以下に検討する。」

「被告P4はP3との性的な関係が恋愛関係に基づくものであると主張する。」

「しかしながら、被告P4は、恋愛関係の具体的内容につき、高級な食べ物を買ってあげたこと、食事に連れていったこと、叱ったことがなく、えこひいきをしたことをいうのみであり(被告P4本人)、これらをもって、双方の恋慕の情に基づく交際関係があったとはいい難い。また、被告P4は、処女を喪失したP3に対し、喪失した相手が『元彼』であると言わせるなどしているところ、その言動はP3の心情を蹂躙するものというほかなく、そこには恋愛相手として相手を慮る姿勢は微塵もうかがわれない(このことは、P3自身、事務所宛て遺書の中で、そのようなやり取りに疑問を呈していることからも明らかである。)。その上、被告P4がP10との間でも性的関係を有していたこと、さらには、本件自死当日の午後、P12に対し、P10から、『キスが上手ですね。』と言われたなどと伝えていたこと(被告P4本人)も踏まえると、自らの性的な欲求を満たすためにP3との関係に及んだと評価されても致し方ないものがあるといわざるを得ず、恋愛関係に基づく性的関係であったと認める余地などない。」

「このほか、被告らは、前記『別紙本件各遺書に係る当事者の主張』第1のとおり、本件各遺書の記載内容が真実である保証はないなどと主張するが、最後に胸中を吐露した本件各遺書の内容が真実に反する旨の的確な反証はなく、前記被告らの主張は採用し難い。」

以上を総合すると、被告P4は、P3の意に反して、平成26年12月19日(P3が被告事務所に入所した日)から少なくとも平成29年2月24日頃までの間に、本件事務所上階において服や下着を脱ぐように指示し、また、本件執務室〔1〕又は〔2〕において、P3の胸を触り、P3にキスするなどした上、P3が『やめて』と言ったにもかかわらず、再び、同様の行為を行ったほか、平成26年12月19日から平成28年9月10日までの間に、本件事務所上階で、過去に交際していた男性とは性交をすることができず、それまで性交をしたことがなかったP3と少なくとも1回性交をしたと認められる(以下、これらの行為を『本件各不法行為』という。)。

「なお、本件においては、〔1〕本件自死当日、被告P4が、本件住居に駆け付けた原告ら及びP3の姉に謝罪をしていた・・・、〔2〕被告P4は、原告らが本件自死当日(平成30年8月27日)に事務所宛て遺書の開示を求めてから同年10月5日までその開示に応じなかった・・・、〔3〕被告P4は、原告らが平成30年8月30日に本件事務所を訪問した際、自分を殴るよう述べたり、これを原告らに無視されると、土下座する旨を述べたりしていた・・・、〔4〕被告P4の請求に基づいて、平成30年10月20日に同人の弁護士登録が取り消された・・・との事実が認められるところ、これらの事実は、本件各不法行為を認める前記説示にも沿うものである。」

「そして、前記事実関係の下では、被告P4において、P3にとって被告P4との性交及び性的行為が意に反するものであることを認識し又は認識し得たことは明らかであり、本件各不法行為に係る故意又は過失の存否が問題となる余地はない。」

3.遺書と伝聞供述で被害事実が認定された

 一般の方の中には「遺書があれば自死の原因は明らかではないか?」と思われる方がいるかも知れませんが、裁判における事実認定はそう単純なものではありません。また、裁判において伝聞供述(原体験者からの又聞き)には左程のウェイトが置かれないのが通常です。裁判所が遺書と伝聞供述から被害事実を認定したことは、それほど自明なことではなく、その事実認定の手法は他の事案でも参考になります。

 また、弁護士でさえ、ハラスメント被害に対しては、強烈なストレスを受けるのが普通です。ハラスメント被害を受けたら一人で抱え込まず、できるだけ速やかに法専門家のもとへ相談に行くことが推奨されます。事実認定の手法として参考になるにせよ、このような裁判例を活用しなければならない事案は、ないに越したことはありません。