弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントを理由とする精神障害(精神疾患)-訴訟が係属している以上、加害者との関係は継続する

1.パワーハラスメントによる精神障害

 パワーハラスメントは、労働者に強い心理的負荷を与え、精神障害(精神疾患)を発症させる原因になることがあります(平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」〔最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号〕別表1「具体的な出来事」番号28参照)。

 こうした深刻な事態を避けるため、事業者は、パワーハラスメントが確認された場合には、被害者と行為者を引き離すための配置転換を行うなど、迅速かつ適切な措置をとる必要があります(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

 被害者と行為者を引き離すのは、それによって、被害者に生じている心理的負荷が緩和されるからだと思われます。

 それでは、この

行為者と引き離されると心理的負荷が緩和する、

という考え方を推し進め、長期間業務や行為者から離れていることを理由として、損害賠償の対象となる治療期間を一部に限定することは許されるのでしょうか?

 ハラスメントを理由とする損害賠償請求訴訟は、対象行為が多数に及ぶことが多く、往々にして長期化しがちです。退職してしまった場合はもとより、休職が継続している場合でも、行為者と引き離されている期間は、どんどん積み重なって行きます。こうして長期間が経過した場合に、行為者(ないし行為者と同様の責任を負う使用者)の側から、

職場から離れて時間が経っているのだから、もう回復しているはずだ、

と主張することが許容されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福島地判令5.1.26労働判例ジャーナル134-14 しのぶ福祉会事件です。

2.しのぶ福祉会事件

 本件で被告になったのは、

障害者福祉サービス事業の経営等を目的とする社会福祉法人(被告法人)、

被告法人の業務執行理事P3(被告P3)、

被告法人が運営する施設のサービス管理責任者P4(被告P4)、

被告法人が運営する別の施設のサービス管理責任者P5(被告P5)

の四名です。

 原告になったのは、被告法人の支援員、事務職員として勤務していた方2名です(原告P1、原告P2)。

 原告P1は、撤回したはずの退職届により退職したと扱われていることが問題であるとして、

地位確認請求、

未払賃金請求、

を行ったほか、被告P3、P4、P5からパワーハラスメントを受けて鬱病を発症したと主張し、被告法人らに対して損害賠償を請求しました。

 原告P2も、休職期間満了を理由とする自然退職扱いが違法であるとして

地位確認請求、

未払賃金請求、

を行ったほか、被告ら3名からパワーハラスメントを受けて鬱病を発症したと主張し、被告法人らに対して損害賠償を請求しました。

 ところが、この訴訟は長期化しました。判決が言い渡されたのは、令和5年1月26日ですが、原告P1は令和元年5月23日以降、原告P2は令和元年5月16日以降、被告法人で稼働していませんでした。

 こうした事実関係のもと、被告は、

「仮に、本件パワハラ行為によって原告らがうつ病を発症したとしても、相当因果関係を有する期間は、治療開始後2年間に限るべきである。」

などと主張し、損害賠償の範囲を限定しようとしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、長期間の経過を相当因果関係を否定する事情として重視することを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告らが、被告ら3名から継続的にパワーハラスメントを受けていた中で、令和元年5月18日にいずれもうつ病の診断を受けていること・・・、原告らには他にうつ病発症の原因となり得る心理的負荷が生じる出来事があったとは認められないことからすれば、本件各不法行為により原告らがうつ病を発症し、就労不能となったことが認められる。」

「被告らは、原告らの心理的負荷は『弱』を超えることはなく、本件各不法行為と原告らのうつ病の発症との因果関係はない旨主張し、これに沿う医師の意見書・・・を提出する。しかし、同意見書は、本件訴訟で提出された証拠を資料として、番号1ないし20の各言動を認定基準に個別的に当てはめ、『嫌がらせ』や『いじめ』に該当するか否かを論じたり、業務指導の範囲内か否かを論じたりするなどして心理的負荷の程度を『弱』にとどまるなどとするものであり、医学的知見に基づく意見とはいえず、前記認定を左右するものではない。そして、前記のとおり、原告らは、うつ病発症前の6か月の間に、上司である被告ら3名から、人格や人間性を否定するようなパワーハラスメント行為や長時間にわたる叱責、他の労働者の面前における叱責等を継続的に受けていたものであるから、認定基準によってもその心理的負荷の強度は『強』といえ、被告らの主張は採用できない。」

「また、被告らは、認定基準において、うつ病の9割が治療開始後2年以内に症状固定(治ゆ)となると指摘されていること、原告らが3年半以上も被告法人の業務から離れていること、原告らの診療録において原告らが医師に対し申し立てている内容は、専ら本件訴訟の帰趨や労働組合との連携に関する事項であり、本件訴訟の帰趨を主眼において作成されたものであるといえ、これらを原告らの症状の遷延の事実を把握する根拠として用いることは妥当でないことからすれば、休業損害の対象となり得る相当な治療期間は治療開始後2年間に限るべきである旨主張する。

しかし、精神疾患の発症により労災認定を受けた事例においては、療養期間が3年以上に及ぶこともあり得る・・・ことに加え、原告らがいずれも定期的な通院を継続しているにもかかわらず、症状が遷延していることからも、原告らの治療期間が不自然に長期化しているとはいえない。また、原告らの心理的負荷の原因が、被告法人における業務それ自体ではなく、被告ら3名との対人関係であることからすれば、本件訴訟の係属などにより被告ら3名との関係が継続している以上、原告らが被告法人の業務から離れていることを本件各不法行為と原告らの休職との間の相当因果関係を否定する事情として重視することは相当でないというべきである。さらに、原告らが令和2年9月24日に本件訴訟を提起した後は、いずれも医師に対して本件訴訟の進展などに対する不安を訴えることが増加したことが認められるが・・・、本件訴訟の進展などに対する不安を医師に訴えることは何ら不自然なことではなく、原告らの診療録が本件訴訟の帰趨を主眼において作成されたものであるとはいえない。したがって、被告らの主張は採用できない。

「以上によれば、原告らは、いずれも本件各不法行為によってうつ病を発症し、休業を要する状態が継続していると認められる。もっとも、前記認定事実・・・のとおり、原告P1は令和3年12月22日時点で半日程度の就労は可能と診断されていることから、同日以降については、本件各不法行為と休業との相当因果関係も半日の限度でしか認められないというべきである。」

3.行為者と対峙し続けている限り心理的負荷が軽くなることはない

 上述したとおり、裁判所は、

「本件訴訟の係属などにより被告ら3名との関係が継続している以上、原告らが被告法人の業務から離れていることを本件各不法行為と原告らの休職との間の相当因果関係を否定する事情として重視することは相当でない」

などと述べ、治療期間を一定の範囲に限定することを否定しました。

 裁判所の判断は、被害労働者側でハラスメントを理由とする損害賠償請求を代理する弁護士としての感覚にも添うものです。訴訟は、被害者に対しても、かなりの負荷要因になります。

 長期間経過したことが、損害賠償の対象期間を限定する理由にされなかったことは、ハラスメントを理由とする損害賠償請求事件全般に影響する可能性があります。本裁判例は、労働者側の弁護士にとって重要な判断だと思われます。