弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇の可否は就業規則の文言に即した検討を忘れずに

1.解雇権濫用法理と就業規則の解雇事由

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。これは判例で採用されていた解雇権濫用法理を明文化した条文です。この条文に書かれているとおり、解雇が有効であるためには、

客観的に合理的な理由があること、

社会通念上相当であると認められること、

が必要になります。

 その一方、労働基準法89条は、

「退職に関する事項(解雇の事由を含む。)」

について就業規則を作成しなければならないと定めています。

 この条文に基づいて、就業規則の作成義務のある会社では、就業規則の中に解雇事由が定められています。

 解雇の可否を検討するにあたっては、抽象的に客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められるのかを考えるよりも、就業規則の解雇事由を定める条文の文言に即して検討して行った方が分かりやすいことがあります。

 昨日ご紹介した、東京地判令4.8.17 労働判例ジャーナル134-46 学校法人マスダ学院事件も、そうした事案の一つです。

2.学校法人マスダ学院事件

 本件で被告になったのは、調理師専門学校等を設置運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、教員として勤務していた方です。

「協調性がなく、注意及び指導しても改善の見込みがないと認められるとき」(就業規則76条2号)

などの解雇事由に該当するとして普通解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、2号該当性を否定しました。結論としても普通解雇は無効とされています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告には協調性がなく、注意及び指導しても改善の見込みがない(就業規則76条2号)という客観的に合理的な理由があるとし、それを基礎付ける事実として、前記・・・のとおりの主張をする。」

「しかし、原告が令和元年11月以降にP4に対して被告が本件学校の運営に当たって違法な行為をしているなどとしてその改善を求めたり、自分の労働条件の改善を求めたりするメールを頻繁に送信したこと、令和2年2月17日に原告がP5のタイムカードを写真に撮って本件学校の学生から聞き取りをしたという事実は認められるが、このように自己の労働条件の改善を求めたり、本件学校の運営に関する疑問点を指摘する行為が直ちに協調性を欠くものといえるかどうか疑問がある上、被告が原告に注意や指導をした事実は認められないのであるから、『注意及び指導しても改善の見込みがない』とはいえない。

「したがって、被告の上記主張は採用できないし、他に就業規則76条2号に該当すべき事情は認められない。」

(中略)

「したがって、本件解雇は有効とはいえないから、原告が被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあると認められる。」

3.就業規則の文言が解雇要件を加重していることがある

 通常、事前に注意、指導をしたのかは、解雇の可否を判断するうえでの重要な考慮要素にはなりますが、それがないからといって直ちに解雇無効という結論が導かれるものでもありません。

 しかし、就業規則上、

「協調性がなく、注意及び指導しても改善の見込みがないと認められるとき」

と規定されている解雇事由に該当することを理由に解雇する場合、「注意及び指導」していることは解雇の要件として求められます。「注意及び指導」が欠けている場合、本件のように、それだけで解雇事由に該当しないと判断されます。

 解雇の効力を判断するに当たっては、過去の類似裁判例における客観的合理的理由、社会通念上の相当性の判断が参考になります。しかし、解雇事由を定める就業規則の文言に着目すると、より早く、確実に見通しを出せる場合があります。解雇の可否を判断するにあたっては、就業規則の条文に立ち返る癖をつけておくことが重要です。