弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

コロナハラスメント-新型コロナウイルスに感染したことを従業員のせいにした歯科医院経営者がパワーハラスメントで訴えられた事例

1.コロナハラスメント

 新型コロナウイルスに関連したいじめ・嫌がらせ等を指して「コロナハラスメント」という言葉が使われることがあります。

 コロナハラスメントに関して、厚生労働省は、

「過去に新型コロナウイルスに感染したことを理由として、人格を否定するような言動を行うこと、一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし職場で孤立させること等は、職場におけるパワーハラスメントに該当する場合があります。また、職場において、事業主や上司等が、優越的な関係を背景として、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、マスクを着用することやマスクを外すことを強要した場合には、パワーハラスメントに該当する場合があります」

と各企業に注意を促しています。

新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|厚生労働省

 コロナハラスメントに関しては相談レベルで見聞きすることもあり、いつか事件化するのではないかと思っていたところ、近時公刊された判例集に、新型コロナウイルスに感染したことを従業員のせいにして叱責したことがパワーハラスメントに該当すると判示された裁判例が掲載されていました。静岡地判令5.8.25労働判例ジャーナル141-48 S歯科医院事件です。

2.S歯科医院事件

 本件で被告になったのは、

昭和30年生まれの男性で、静岡市内において歯科医院(本件歯科医院)を経営する歯科医師の方(被告B)

被告Bの配偶者で、本件歯科医院において経理事務等を担当している方(被告C)

の二名です。

 原告になったのは、平成11年生まれの女性で、本件歯科医院において歯科衛生士として働いていた方です。原告の方は、

被告らからパワーハラスメントに該当する行為を受けた、

被告Bからセクシュアルハラスメントに該当する行為を受けた、

などと主張し、被告らに損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 コロナハラスメントが問題になったのは、パワーハラスメントとの関係です。

 本件では、

令和4年1月20日 被告Bが体調不良を訴え、同月23日に感染判明、

令和4年1月26日 原告の感染が判明、

という事実経過が辿られていましたが、原告は、

「原告が令和4年2月4日に本件歯科医院に出勤した際、被告Bは、原告に対し、被告B感染が原告を感染源とするものであり、かつ、原告の感染が原告の乱れた生活態度を原因とするものであると断定して、プライベートな情報を含む感染経路を問いただすなど、原告が途中で泣き出したにもかかわらず、2時間以上にわたり叱責し、被告Cは、被告Bが同叱責を開始してから約1時間が経過した後、被告Bの同行為に加わり、原告を叱責した(以下、被告らの同叱責を『原告主張行為1』という。)。」

「被告らの上記行為は、職務上の優越的な地位を利用して、原告の人格を否定する発言を繰り返して原告の人格権を侵害し、原告に精神的苦痛を与えたものであり、原告に対する不法行為に当たる。」

と主張し、被告らに慰謝料を請求しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、上記行為の違法性を認定しました。

(裁判所の判断)

被告Bは、令和4年2月4日、原告に対し、被告B感染が原告を感染源とするものであり、かつ、原告の感染が原告の乱れた生活態度を原因とするものであると断定して、プライベートな情報を含む感染経路を問いただすなどし、原告が途中で泣き出したにもかかわらず、少なくとも20分程度にわたり一方的に叱責した(原告主張行為1のうちの認定部分。以下『本件行為1』という。)。

(中略)

「原告主張行為1については、本件行為1の限度でこれを認めることができる。」

「これに対し、被告Bは、歯科医院の運営や他のスタッフへの感染防止等の必要から、雇用主として、必要な指示や調査を行ったものに過ぎない旨主張し、同調査に当たって原告が被告B感染の原因であることを前提とはしていなかった旨を供述する。」

「しかしながら、前記前提事実のとおり、原告感染は、被告B感染の後に判明したものであるところ、感染判明の先後を基準とすれば、被告Bが先に感染し、これを原告に感染させた可能性を疑うべき状況にあったものであるにもかかわらず、被告Bは、被告B自身が認める内容に限っても、原告に対して本件ウイルス感染について注意をし、生活態度を改めて一人暮らしを辞めるように促したというのであり、上記行為は、原告感染について被告Bからの感染の可能性がなく、一方的に原告に落ち度があることを前提としたものというほかないから、被告Bの主張は採用することができない。」

「他方、原告は、被告Bのみならず被告Cが共同して2時間以上にわたって原告主張行為1をした旨を主張するところ、被告Bが被告B感染について原告を感染源とするものであり、かつ、原告の感染が原告の乱れた生活態度を原因とするものであると断定して叱責したこと(本件行為1)は、前記説示のとおり原告感染について被告Bからの感染の可能性がなく、一方的に原告に落ち度があることを前提とした叱責がされたことが認められるところ、被告Bの行為にかかる原告の供述内容はこれと整合する部分において信用することができる。他方、被告Bの上記叱責が継続した時間については、原告のLINE画面を撮影した写真やスマートフォンのメモへの書き込みを撮影した写真と原告の供述によってもこれを認めるには足りないし、被告Cの被告Bの上記叱責への関与についても、被告Cが自認する限度を超えて本件行為1を共に行ったことを認めるには足りず、他にこれらの事実を認めるに足りる証拠はない。」

(中略)

被告Bが原告に対して本件行為1をしたことが認められるところ、同行為は、原告感染が被告B感染を原因とするとまでは認め難いものの、感染判明の先後を基準とすれば、被告Bが先に感染し、これを原告に感染させた可能性を疑うべき状況にあったものであるにもかかわらず、原告の言い分を聞くことなく、原告を被告Bの感染の原因であると断定して一方的に原告を叱責し、態様も比較的長時間にわたるものであったことなどを踏まえると、社会通念上相当と認められる限度を超えたものというべきであるから、原告に対する違法なパワーハラスメントに当たると認められる。

「以上によれば、被告Bは、原告に対して、本件行為1について不法行為責任を負う。 」

(中略)

「本件行為1の態様、これにより原告に生じた被害の程度その他証拠上認められる一切の事情を総合考慮すれば、本件行為1により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料として2万円を認めるのが相当である。

「また、弁護士費用として2000円を本件行為1と相当因果関係ある損害と認める。」

3.慰謝料は低額に留まるが・・・

 コロナハラスメントは一定の頻度で見聞きします。それでも事件に至らないのは、経済合理性のことだけを考えるのであれば、裁判所に救済を求めない方たましであるというほどまでに予想される認容額が低いからです。本件で裁判所が認定した慰謝料も、わずか2万円にすぎません。弁護士費用のうち相当因果関係があると認められた金額に至っては2000円です。本件が事件化したのも、セクシュアルハラスメントの方で一定の損害賠償額のボリュームが確保できることが見込まれたからであるように思われます。

 裁判所の慰謝料に対する消極的な姿勢は、ハラスメントを助長していると評しても過言でなく、強く批判されるべきだと思います。しかし、法の下の平等との関係で、裁判所では同種事件を同じように取り扱うという考え方が根強いため、慰謝料の相場水準が急に改まることはありません。

 そのため、弁護士に依頼して訴訟提起できる人は、事実上、赤字(裁判所で認容される損害額よりも弁護士費用の方が高いこと)を覚悟できる人に限られますが、本件のような裁判例も出現していることですし、「金銭の問題ではない」とお考えのコロナハラスメントの被害者は、それを問題視する裁判を起こしてみても良いかも知れません。