1.金品の横領
当たり前のことですが、会社の金銭を使い込むことは解雇理由になります。
「一般的に金銭の不正については裁判所の態度は厳格であり、事実が認められると解雇が有効になることが多い」
と理解されています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕436頁参照)。
こうした裁判例の傾向を利用してか、時折、金銭管理の問題に絡め、強引に労働者を解雇する例が見られます。例えば、
① 金銭を管理していたのは労働者Aである、
② 預託されていた金銭の使途について、一部領収書が存在しないものがある、
③ 領収書が存在しない部分は労働者Aが横領したに違いない、
という大雑把な議論のもとで、金銭に関する不正行為を認定し、労働者を解雇してしまうといったようにです。
領収書が存在しない=不正行為によって取られたものであるという論理に飛躍があるのですが、この種の大味な認定を行う会社は結構あります。
それでは、こうした使用者側の主張に対しては、どのように対抗して行けば良いのでしょうか? 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令6.2.15労働判例ジャーナル152ー48 学校法人帝京科学大学事件です。
2.学校法人帝京科学大学事件
本件で被告になったのは、C高等学校(本件高校)を設置する学校法人です。
原告になったのは、昭和34年生まれの方で、昭和57年から令和2年3月31日に定年退職するまでの間、本件高校の体育教諭・剣道部監督として勤務してきた方です。定年退職後は、被告との間で、期間1年の有期雇用契約を締結し、非常勤の剣道部監督として引き続き本件高校で勤務していました。
しかし、
「令和2年1月末頃(遅くとも同年2月26日)、男子剣道部キャプテンが剣道部保護者会会長の指示により部員から1人当たり5000円ずつ徴収した現金(合計14万5000円)を、還暦祝いとして受領した。」(解雇理由〔1〕)
ことなどを理由に解雇されてしまったため、その無効を主張し、地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では複数の解雇理由が主張されましたが、その中の一つに、
「支援団体からの諸経費の未清算金の存在」(解雇理由〔3〕)
がありあした。
これは被告によって、次のような事実だと主張されています。
(被告の主張)
「原告は、本件剣道部員の保護者による支援団体であるD会から毎月部費として10万円(年額120万円)の現金を受領していたが、使途を明瞭に記録せず、毎月の清算をしなかった結果、未清算金を発生させた。」
「また、同様の支援団体であるE会から諸経費として受領した下記〔1〕~〔6〕の金員は、会計処理上清算が確認されていない。
〔1〕令和元年度
インターハイ関係費の諸経費20万円及び玉竜旗関係費の諸経費20万円
〔2〕平成30年度
インターハイ関係費の諸経費20万円、全国選抜関係費の諸経費10万円及び玉竜旗関係費の諸経費20万円
〔3〕平成29年度
インターハイ関係費のうち諸経費20万円、全国選抜関係費の諸経費10万円及び玉竜旗関係費の諸経費20万円
〔4〕平成28年度
玉竜旗関係費の諸経費20万円、インターハイ関係費の諸経費20万円及び全国選抜関係費の諸経費10万円
〔5〕平成27年度
玉竜旗関係費の諸経費20万円、インターハイ関係費の諸経費20万円及び全国選抜諸経費10万円
〔6〕平成26年度
激励金合計30万円及び諸経費30万円
確かに、被告が主張するとおり、領収書等の資料が揃っていない部分があったのですが、裁判所は、次のとおり述べて、解雇理由〔3〕は解雇を正当化する「やむを得ない事由」には該当しないと判示しました。
(裁判所の判断)
「前記認定事実・・・のとおり、保護者会から原告に対し、D会名義の預金を原資として交付された毎月10万円(年額120万円)につき、その支出や原告の用途の裏付けとなる領収書等の資料は、原告や保護者会が作成した領収書綴りや会計報告添付の通帳写し・・・が存在するものの、その全額を逐一確認するに足りる資料が揃っているとはいえない。」
「また、前記認定事実・・・のとおり、保護者会から原告に対し、E会の会計から、平成26年から令和元年度の間、全国大会等の際に諸経費又は激励金として1大会につき10万円~20万円が交付されたところ、これについても、E会の領収書綴り・・・等の資料のみからは、その支出や原告の使途につき全額を逐一確認することはできない。」
「これは、平成28年2月に行われた被告の原告に対する指導・・・ないしその趣旨に反する行為と評価することができる。」
「しかしながら、これらの預金口座からの支出の主体はあくまで保護者会であり、会計処理を行っているのは保護者会の担当者である。そして、前記認定事実・・・によれば、D会口座から原告に交付された毎月10万円の金員について、原告は部活動中の部員の飲み物代等の日常的用途に充てており、これが保護者会の金員交付の趣旨に沿うものであったことがうかがわれる・・・。また、E会口座からの支出についても、関係証拠・・・に照らし、保護者会が部員の大会遠征時における現地での支出に対応するため原告に現金を預託したという原告の主張・・・に沿わない使途をうかがわせる領収書等の存在は認められず、保護者会から原告の支出について疑義を呈する意見が呈された事実をうかがわせる証拠も見当たらず、原告による私的流用の疑いもない。そもそも、会計処理の主体である保護者会が、原告に対して支出を裏付ける全ての領収書等を徴求するなどの対応をした事実は認められないし、部活動に伴う支出や部員への小遣いの支給につきそのような対応を求めることはおよそ現実的ではない(原告も、本人尋問において、自販機での飲料等の購入など、領収書の取得が現実的でない場面を供述している。さらに、被告も平成28年3月の監査において、全国大会出場の際に原告が保護者会から現地での支出に対応すべく現金の手渡しを受けているという実情を把握していながら、そのような不明朗な会計の原因となる取扱い自体は特に是正を求めることもなく、以後も何らの指摘をしていない・・・。なお、平成27年度及び平成26年度については、領収書の保管期限が経過しており・・・内訳が確認できないこともやむを得ない。」
「被告は、P名義の領収書に端数がないこと、ラインテープ代金が高額であることから、その内容が不自然であると主張するが、Pは本件剣道部と密接な関係にあり、価格交渉に融通が利くという原告の説明・・・を踏まえると、端数を値引いてもらっていたという原告の主張にも相応の信憑性があること、ラインテープ代が一般的な価格より高額であると認めるに足りる証拠はないこと等に照らすと、被告の主張は採用できない。」
「また、被告は、D会とE会とが別の団体であり、E会の領収書綴りに、D会宛ての領収書が混在しているのが会計処理として問題があると主張するが、そもそもD会とE会が別個の団体として存在したと認めることはできないうえ・・・、当該会計を管理する主体は保護者会であるから、その会計処理の問題を原告の解雇事由にすることは相当でない。」
「以上のとおり、上記・・・の点はあくまで保護者会の会計処理上の問題であること、保護者会から現金を預託された原告が全ての支出について領収書を取得することは部活動の実情に照らして非現実的であること、被告もこうした保護者会の会計処理上の問題と原告の関与について実情を把握しながら適切な監督を行わなかったこと等を勘案すると、上記・・・の点をもって本件解雇を相当とする『やむを得ない事由』に該当するとはいえない。」
3.会社や上司、会計担当者との情報共有に問題はなかったか?
冒頭で指摘したような強引な論理で解雇される事件では、よくよく経緯を聞いてみると、金銭管理にあたっていた労働者の側でも、会社や上司、会計担当者に対し、特に金銭管理の実態を秘匿していたという意識のないことが少なくありません。
こうした場合、
使用者側で私的流用の証拠をきちんと示せていないこと、
会社や会計担当者も金銭管理の実態を知ったうえで特段の措置をとってこなかったこと
などが有効な反論になりそうです。
多額の金額が欠けている場合はともかく、細かな金額についてまでミスなく資料を取得、保管できるというのは現実味がありません。どのように厳格な処理をしたとしても、人間のすることである以上、実務上、一定の不突合が生じることは避けられません。
本件は、長年に渡り問題視されていなかった会計処理を掘り返して問題にしてくるといった事案に対処するにあたり、実務上参考になります。