弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

整理解雇の手続として民事調停が不相当とされた例

1.整理解雇の手続と民事調停

 整理解雇とは「企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕397頁)。

 整理解雇の可否は、①人員削減の必要性があること、②使用者が解雇回避努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の四要素を総合することで判断されます。使用者の経営上の理由により労働者を解雇するところに特徴があり、労働者に帰責性があるその他の解雇よりその有効性は厳格に判断されるべきであると理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』397頁参照)。

 この手続の妥当性について、民事調停が行われていた場合、その事実は、どのように評価されるのでしょうか?

 一般論として言うと、中立的な第三者機関に紛争処理を委ねることは、法的には積極的に位置づけられていることが多いです。

 例えば、令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、

職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合における被害者に対する配慮のための措置を適正に行っている例といて、

「法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律 括弧内筆者)第30条の6に基づく調停その他中立な第三者機関の紛争解決案に従った措置を被害者に対して講ずること

を挙げています。

 また、厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、セクシュアルハラスメント事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認していると認められる例として、

法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 括弧内筆者)第18条に基づく調停の申請を行うことその他中立な第三者機関に紛争処理を委ねること

を挙げています。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省

 ハラスメントに関して言及されているのは都道府県労働局長が行う調停です。

 しかし、裁判所が行う民事調停が、判断の的確さにおいて都道府県労働局長が行う調停に劣後することはありません。また、テーマは違ったとしても、整理解雇において、民事調停で実質的に話がついていたとすれば、それは手続的には相当と考えることができるのではないでしょうか?昨日ご紹介した、大阪地判令5.2.3労働判例ジャーナル138-34 リビングエース事件は、の論点との関係でも目を引く判断をしています。

2.リビングエース事件

 本件で被告になったのは、

建物の内装工事を行う株式会社(被告会社)、

被告会社の元代表取締役(被告C)、

被告会社の現代表取締役(被告D)、

の三名です。

 原告になったのは、被告会社との間で雇用契約を結んでいた方です。

 被告会社は新型コロナウイルス感染拡大による経営不振に伴う事業縮小のため、人員整理が必要になったとして、令和元年7月31日付けで解雇しました(先行解雇)。

 原告の方は、先行解雇が無効であるとして、地位確認等を求める労働審判を申立てました。これに対応し、審判体は、原告が被告会社に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを内容とする審判を告知しました。

 この審判は確定しましたが、被告会社は退職を前提とした解決金の支払いによる解決を希望しました。しかし、被告会社が労働審判で支払いを命じられた解決金のみで片を付けようとしたこともあり、両者の話は折り合いませんでした。

 被告会社は退職和解を求めて民事調停の申立を行いました。しかし、調停は不調に終わり、被告会社は、令和3年11月末日付で、改めて原告を解雇しました(本件解雇)。

 これを受けて、原告が、解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件解雇の有効性を判断するに当たっては、〔1〕人員削減の必要性、〔2〕解雇回避努力、〔3〕人選の合理性、〔4〕手続の相当性に関する具体的事情を総合的に考慮した上で、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないか否か(労働契約法16条)によって判断するのが相当である。」

ア 人員削減の必要性

「前記認定によれば、被告会社は、第39期(令和2年1月1日から同年12月31日)の決算において、約186万円余の営業損失を出しているものの、約392万円余の雑収入を得ることにより、結果的に約133万円余の黒字となっており、第40期(令和3年1月1日から同年12月31日)の決算においても、約1億9300万円余の売上高を計上し(第39期と比べて約4600万円の増加)、約650万円余の黒字となっている。被告会社は、被告会社の損益等一覧表・・・を根拠として、令和3年1月から同年7月までの間、同年3月を除いて損失を計上しており、累計で約1322万円余りの損失が発生している旨主張するが、上記一覧表は、被告会社が任意に作成したものであり、決算報告書のように法令等により提出を義務付けられたものではない上、その数字は、被告会社の最終的な決算とも整合しておらず、信用性は乏しいといわざるを得ない。」

「また、被告会社における平成28年から令和3年までの受注棟数・・・をみても、平成29年は件数がやや多かったものの、その余はおおむね同水準で推移しており、減少傾向にあったとはいえない。」

「これらのことからすると、本件解雇当時、被告会社の経営状況が悪化して人員削減が必要な状況にあったとはいえず、その他これを認めるに足りる証拠はない。」

「なお、被告会社が令和3年10月にりそな銀行船場支店から約3000万円の借入れをしたことや、第40期の期中に元請会社の株式約1000万円分を売却したことは、直ちに被告会社の経営状況の悪化を示すものとはいえない。」

イ 解雇回避努力について

「被告会社は、経費削減について最大限できることはやり尽くした旨主張するが、何ら立証がなく、かかる事実は認められない。」

「また、前記認定によれば、被告会社は、第39期から第40期にかけて、役員報酬又は給与を約180万円減額しているが、第40期においても役員報酬額はなお1066万2000円に上っており、非常勤の取締役兼顧問である被告Cに対して月額30万円もの報酬が支払われている上、被告C以外の非常勤の取締役2名及び監査役1名についてはその報酬額すら明らかになっておらず、かかる減額が十分といえるかには疑問がある。」

「さらに、被告Bは、本件解雇をするに当たって雇用調整助成金が受給可能であるかどうかの検討をしていない(被告代表者兼被告B本人36頁)。」

「これらのことからすると、被告会社の解雇回避努力が十分であったとはいえない。」

ウ 人選の合理性

「前記認定のとおり、本件解雇当時における被告会社の従業員は、原告のほかは、代表取締役である被告Bと女性事務員の2名であったことからすると、人員削減の必要性が肯定される限りにおいて、原告を解雇対象とすることが不合理であるとまではいえないから、本件解雇につき人選の合理性があったこと自体は否定できない。」

エ 手続の相当性について

「前記に認定した本件解雇に至る経緯・・・に照らせば、被告会社は、先行解雇が無効であることを前提とする本件労働審判に対して異議申立てをせずにこれを確定させており,本件労働審判の内容を履行すべき立場にあったところ、その後の原告との話合いにおいて、被告会社において金銭的解決を希望して解決金の提案をすることになっていたにもかかわらず、原告から解決金の金額について何ら連絡がないとして本件労働審判の解決金で了承したとみなす旨の一方的な内容の通知を送っている。その後、被告会社は、民事調停を申し立てているが、その申立ての趣旨は、飽くまで原告の退職を前提とした金銭的解決を求めるものであり、従前の経緯に照らし、原告が民事調停による解決の余地はないとの意向を示したことは無理なからぬものといえる。しかるに、被告会社は、同調停が不成立となるや、原告に対して何ら事前説明をすることなく本件解雇をするに至ったものであり、上記調停を申し立てたことをもって必要な手続を履践したとはいえないから、本件解雇の手続が相当であったとは認められない。

小括

「以上によれば、本件解雇は、人選の合理性は否定できないものの、人員削減の必要性、解雇回避努力及び手続の相当性はいずれも認められず、客観的に合理的な理由があったとはいえないから、解雇権を濫用するものとして無効である(労働契約法16条)。」

3.民事調停なら直ちに相当といえるわけではない

 以上のとおり、裁判所は、

「調停を申し立てたことをもって必要な手続を履践したとはいえないから、本件解雇の手続が相当であったとは認められない」

と述べ、手続の相当性を否定しました。

 結局、重要視されるのは、どのような手続がとられているのかというよりも、手続の内実なのだと思います。本件は、あたかも適正な手続がとられているかのような外観が生じている場合に、手続の相当性を崩して行くにあたり、参考になります。