弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

コロナ禍での整理解雇-手続の妥当性のみで効力が否定された例

1.整理解雇

 使用者が経営上の必要性から人員削減を行うためにする解雇を、整理解雇といいます。整理解雇については、一般の解雇と比べてより具体的で厳しい制約を課す判例法理が裁判例上形成されています(整理解雇法理)。

 整理解雇法理は、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の妥当性の四つの要素を総合的に考慮して権利濫用性を判断するものです(以上、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕942-948頁参照)。

 ただ、この四つの要素の重み付けは、必ずしも均等ではありません。手続の妥当性(相当性)については、

「他よりも比重が小さく、他を満たしているのに、これだけで解雇が無効となった例は少ない」

との指摘があります(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕377頁参照)。

 実際、整理解雇の効力が手続的な観点のみから否定される例は少数に留まっているのですが、近時公刊された判例集に、手続の妥当性(相当性)の欠如のみを理由に、コロナ禍での整理解雇の効力を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.12.21労働判例ジャーナル124-66 アンドモワ事件です。

2.アンドモワ事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結し、被告が経営していた飲食店店舗の店長として稼働していた方です。休業を命じられていたところ、一方的に解雇予告通知を送り付けられたとして、解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、①人員削減の必要性、②解雇回避のために現実的にとることができる措置が限定されていたこと、③被解雇者選定の合理性を認めながら、④手続の妥当性を否定し、整理解雇を無効だと結論付けました。

(裁判所の判断)

・人員削減の必要性について

「前記認定事実のとおり、本件解雇当時、被告が経営する居酒屋の売上げは激減していたところ、その原因となっていた新型コロナウイルス感染症流行の収束の見込みは立っていなかったこと、他方で、店舗営業を休止しても、人件費や地代家賃等の固定費の支出を避けることができず、被告が全国に約300件という多店舗展開をしていたことも相俟って、その額は毎月6億円以上と多額に上っていたこと、そのため、令和2年3月から同年7月までの5か月間だけで営業損失が12億円を超えるなど、被告の損失は急速に膨らんでいたこと、令和2年8月末の時点で被告の繰越利益剰余金がマイナス約51億円に達しており、大幅な債務超過状態に陥っていたことからすると、本件解雇当時、被告は、早急に固定費等の経費削減の措置をとらない限り、資金ショートを起こすなどして事業を継続できなくなるおそれがあったことは明らかである。そうすると、被告が固定費等の削減の手段として約300店舗あった居酒屋のうち収益改善の見込みが高いと判断した約10店舗だけを残し、それ以外の店舗の経営からは撤退するとの経営判断をしたことは、不合理であるとはいえない。そして、上記のとおり96パーセント以上の店舗経営から撤退することに伴い、これらの店舗で就労していた相当多数の従業員が余剰人員となったことは明らかであり、また、これらの人員の全てを、残った約10店舗や被告の本社機能を担う部門で吸収することはおよそ不可能であった。」

「また、被告は、本件解雇後の令和2年7月以降、代表取締役以外の役員に辞任してもらうとともに、役員報酬を全て削減したが、証拠(乙5)によれば、もともと被告の役員報酬は月額150万円から230万円ほどしかなく、これらを削減するだけでは、資金ショートのおそれを回避するのに十分でなかったことも明らかである。」

「以上によれば、本件解雇当時、被告の人員削減の必要性は高かったと認められる。

・解雇回避努力について

「前記・・・のとおり、被告は、本件解雇後のことではあるが、令和2年7月以降、代表取締役以外の役員に辞任してもらうとともに、役員報酬を全て削減した。」

「被告は、事業廃止に準じる状況にある場合には解雇回避努力は問題とならないかのような主張をし、上記以外に解雇回避努力に関する具体的な主張をしていないが、前記のとおり、本件解雇当時、被告は、全店舗の営業を停止していたものの、少なくともそのうち約10店舗については機を見て再開する意思を有していたものであり、そもそも事業廃止の場合に準じる状況にあったとはいえない。もっとも、前記・・・の状況に照らすと、本件解雇時、配転・出向の現実的な可能性は乏しかったことがうかがわれ、他に解雇回避のために現実的にとることができる措置についても、非常に限定的であったことがうかがわれる。

・被解雇者選定の合理性について

「前記認定事実のとおり、原告が勤務していた3店舗は、いずれも損益分岐点比率の観点等から存続店舗として選定されず、経費削減のためにその経営から撤退することが決まったものであり、その判断自体に不合理な点は認められない。また、上記のとおり、被告は経営していた店舗の96パーセント以上の店舗から撤退することを予定していたものであり、これに伴って相当多数の従業員が余剰人員となることが見込まれたこと、残りの店舗も事業を停止し売上げが激減していたものであって、新たに従業員を必要とする状況にあったとは考え難いこと、被告の本社機能を担う部署も、事業が大幅に縮小される中で、新たに従業員を必要とする状況にあったとは考え難いことなどに照らすと、撤退対象となった店舗で従業員として就労していた者を解雇の対象者と選定することが不合理であるとは認められないというべきである。

・解雇手続の妥当性について

「前記認定事実のとおり、被告は、令和2年3月頃の時点で既に大部分の店舗経営から撤退する方針を決めていたにもかかわらず、原告に対し、本件解雇予告通知書を送付する直前に『近日中に重要な書類が届くので確認しなさい。』という趣旨のことを電話で伝えただけで、整理解雇の必要性や、その時期・規模・方法等について全く説明をしなかった。」 

この点に関し、被告は、資金ショートによる倒産回避のために事業停止をしなければならない高度の必要性があったことや、解雇対象となる労働者が全国に点在していたことから、説明会を開くことは現実的に不可能であり、その時間的余裕もなかった旨を主張する。しかしながら、仮に、新型コロナウイルス感染症が流行している中で、全国に点在する労働者を対象とした説明会を開くことが困難であったとしても、各労働者に対する個別の説明や協議が必要でなくなるわけではない。解雇は、労働者から生活の手段を奪うなど、その生活に深刻な影響を及ぼすものであるから、社会通念上相当と認められるものでなければならず、特に本件解雇のように労働者側には帰責性がないにもかかわらず、専ら使用者側の事情によって行われる整理解雇の場合には、使用者は、信義誠実の原則から(労働契約法3条4項参照)、対象となる労働者に対し、整理解雇の必要性や、その時期・規模・方法等について十分に説明をしなければならず、労働組合等がなく、全労働者を対象とする説明会を開くこともできない場合であっても、個別の労働者との間で十分な説明・協議をする機会を設ける必要があるというべきである。そして、本件解雇当時、原告は、都内の店舗に勤務しており、首都圏に居住していたことに照らすと、被告が、原告に対し、個別に整理解雇の必要性等を説明したり、協議したりする場を設けることが現実的に不可能であったとは考え難い。また、被告は、原告ら解雇対象労働者に対し上記のような説明をする時間的余裕がなかったとも主張するが、被告は、本件解雇予告通知書を発送するおよそ3か月前には大規模な事業縮小の方針を決めていたものであり、撤退する店舗の確定や整理解雇の時期・規模・方法等を決めるまでに一定の時間を要したであろうことを考慮したとしても、被告が提出する証拠からは、本件解雇前に原告ら解雇対象従業員に対して整理解雇の必要性やその時期・規模・方法等について説明することができないほどの事情があったことまでは認められない。

なお、被告は、本件解雇に先立ち、令和2年5月頃から解雇対象となった従業員に架電し、業者を利用した転職あっせんの提案を行ったとも主張するが、被告がこのような措置をとったことを認めるに足りる証拠はない。被告は、本件解雇に労働基準法20条で求められている1か月間の解雇予告期間を置いているものの、これ以外に、被告の一方的な都合で解雇されることになる原告に配慮する措置をとったこともうかがわれない。

以上によれば、本件解雇には手続の妥当性が著しく欠けていたといわざるを得ない。

・総合考慮

以上のとおり、本件解雇当時、被告には相当高度の人員削減の必要性があったと認められ、当時の状況に照らすと、解雇回避のために現実的にとることが期待される措置は限定されていたことがうかがえ、被解雇者の選定も不合理であったとは認められない。しかしながら、被告は、休業を命じていた原告に対し、一方的に本件解雇予告通知書を送り付けただけであって、整理解雇の必要性やその時期・規模・方法等について全く説明をしておらず、その努力をした形跡もうかがわれない。上記のとおり相当高度な人員削減の必要性があり、かつ、そのような経営危機とも称すべき事態が、主として新型コロナウイルス感染症の流行という労働者側だけでなく使用者側にとっても帰責性のない出来事に起因していることを考慮しても、本件解雇に当たって、本件解雇予告通知書を送付する直前にその予告の電話を入れただけで、それ以外に何らの説明も協議もしなかったのは、手続として著しく妥当性を欠いていたといわざるを得ず、信義に従い誠実に解雇権を行使したとはいえない。

したがって、本件解雇は、社会通念上相当であるとは認められず、解雇権を濫用したものとして、無効である。

3.コロナ禍であるからといって乱暴な解雇は許容されない

 新型コロナウイルスの影響により、飲食業界が深刻な影響を受けていることは理解できます。しかし、だからといってプロセスを無視した乱暴な整理解雇が許容されるわけではありません。

 本件は手続のみで整理解雇の効力を否定した稀有な事例ですが、緊急性の名のもとに手続的妥当性・相当性を疎かにすることに警鐘を鳴らした事例として位置付けられます。