弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

旅費交通費が割増賃金の算定基礎賃金になるとされた例

1.旅費交通費と割増賃金の算定基礎賃金との原則的な関係

 労働基準法37条1項は、

「使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」

と規定しています。

 この割増賃金の算定の基礎となる「通常の労働時間・・・の賃金」に家族手当や通勤手当は含まれません。労働基準法37条5項が、

第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない

と規定しているからです。

 ただ、この「通勤手当」は「労働者の通勤距離又は通勤に要する実際費用に応じて算定する手当」であり、「一定額までは距離にかかわらず一律に支給する場合には、実際距離によらない一定額の部分は本条の通勤手当ではないから、割増賃金の基礎に参入しなければならない」と理解されています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕513頁、昭和23年2月20日基発第297号参照)。

 このように「通勤手当」の内容は厳格に理解されてるため、旅費交通費のような名称が付けられていても、交通費の実費精算としての実体を有しない場合、割増賃金の算定基礎賃金に含まなければならないと判断されることがあります。近時公刊された判例集に掲載されていた大阪地判令4.1.31労働判例ジャーナル124-50 オークラ事件もそうした裁判例の一つです。

2.オークラ事件

 本件はいわゆる残業代(割増賃金)請求事件です。

 本件で被告になったのは、建築工事の設計、施工並びに請負業等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、トラックドライバーとしての運送等の業務に従事していた方です。退職した後、未払割増賃金の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方の賃金は、基本給のほか残業手当や旅費交通費が含まれていました。

 この旅費交通費は「勤務地から100km 以上の運行の場合に、大型は日額6000円、中型は日額4000円」と規定された費目であり、本件ではこれが割増賃金の算定基礎賃金に含まれるのかどうかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、旅費交通費を算定基礎賃金に含まれると判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、旅費交通費が、実費精算的な支給であること、個別の事情に基づく支払といえること等を理由として、割増賃金の算定の基礎となる賃金単価の算定の基礎となる賃金に含まれない旨主張する。」

「しかしながら、被告は、運転手はサービスエリアやパーキングエリアで睡眠を取り、宿泊施設を利用しないのがほとんどであること、大型自動車の運転手が出庫してから帰庫までに日を跨ぐ場合、実際に宿泊施設を利用したか否かに関わらず、1泊につき所定の金額の旅費交通費を支給していることを認めているのであり、これらの事情によれば、旅費交通費が実費精算の趣旨で支払われているものと認めることは困難である。むしろ、上記の支給実態に照らすと、旅費交通費は、大型運転手が、日を跨いで運転業務に従事する場合に、その負担が大きいこと等を踏まえ、賃金を加算する趣旨で支給されているものと推認されるから、通常の労働時間の賃金に当たるというべきである。

「なお、証拠・・・によれば、国内出張旅費規程には、乗務員のうち大型運転手の出張者の旅費として、2暦日以上にまたがる出張の場合に、宿泊費補助として1運行につき5000円、食事代補助として1運行につき1000円が支払われるとの定めがあることが認められるが、弁論の全趣旨によれば、同規程は、就業規則ではないものと認められ、ほかに同規程の定めが本件雇用契約の内容になっているものと認めるに足りる証拠はないから、同規程の上記定めの存在をもって、原告に支払われた旅費交通費が実費精算の趣旨に基づくものと認めることはできないし、旅費交通費の一部が、食事代の補助として支払われているものと認めることもできない。また、被告主張の旅費交通費の税務等における取扱い等の事情も、旅費交通費が実費精算の趣旨で支払われていることを裏付けるに足りない。」

「被告は、旅費交通費は、大型自動車の運転手に対して支給され、2tトラックの運転手には支給されていないから、個別の事情に基づいて支払われる賃金に当たるとも主張するが、大型自動車の運転手に対して一律に支給される以上、個別の事情に基づく支払ということもできない。」

「したがって、被告の主張は採用できず、旅費交通費は、割増賃金の算定の基礎となる賃金単価の算定の基礎となる賃金に当たるというべきである。」

3.実費精算の趣旨を否定された例

 上述のとおり、「通勤手当」への該当性は、旅費交通費っぽい名称が付けられているのかどうかではなく、飽くまでも実体に基づいて判断されます。

 実費精算かどうかに疑義がある場合に割増賃金を請求するにあたっては、通勤手当と親和的な名称が付されている賃金項目であったとしても、遺漏なく割増賃金の算定基礎賃金に含めておく必要があります。