弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

法人解散に伴う整理解雇-4か月の収入保証と転職活動のための就労義務免除を提示されたら

1.法人の解散と整理解雇

 整理解雇とは「企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕397頁)。

 整理解雇の可否は、①人員削減の必要性があること、②使用者が解雇回避努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の四要素を総合することで判断されます(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』397頁参照)。

 整理解雇法理は、かなり厳格な解雇規制であり、そう簡単に解雇が認められることはありません。

 しかし、それにも例外はあります。法人の解散に伴う整理解雇の場合、その有効性は、

「整理解雇の4要素により判断されるのではなく・・・、事業廃止の必要性と解雇手続の妥当性を総合考慮することになる・・・。会社が解散した場合、会社を清算する必要があり、もはやその従業員の雇用を継続する基盤が存在しなくなるから、その従業員を解雇する必要性が認められ、会社解散に伴う解雇は、客観的に合理的な理由を有するものとして原則として有効であるが、会社が従業員を解雇するにあたっての手続的配慮を著しく欠き、会社が解散したことや解散に至る経緯等を考慮してもなお手続的配慮を著しく不合理であり、社会通念上相当として是認できないときには解雇権の濫用となる

と理解されています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』399頁参照)。

 それでは、この「手続的配慮」とは、具体的にどのような配慮を意味するのでしょうか? 法人の規模や業種、財務状態によっても異なるため一概には言えませんが、この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令4.6.24労働判例ジャーナル131-36 TRAD社会保険労務士法人事件です。

2.TRAD社会保険労務士法人事件

 本件で被告になったのは、社会保険労務士法人(被告法人)と、その唯一の社員であった代表者です(被告B)。被告法人は、

原告解雇の直前期の売上が5916万3023円、営業損失が540万円、

前々期の売上が7128万5624円、営業利益28万6748円

であったと認定されています。また、被告法人は、直前期の期末時点で資産3275万6630円、負債3767万5552円の債務超過に陥っていました。

 原告の方は、被告法人に入社し、社会保険労務士補助業務に従事していた方です。被告法人の解散に伴い整理解雇されたことを受け、被告法人に対して解雇無効を主張して地位確認等を求めたほか、法人格否認の法理により、被告Bに対しても同様の請求をしたのが本件です。

 被告法人は、原告を整理解雇するにあたり、債務超過状態にあることを説明したうえ、合意退職に応じるのであれば、4か月の間の収入を保証するほか、転職活動ができるようにするため就労義務を免除するとの提案をしていました。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、整理解雇は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「法人の解散に伴う解雇も経営上の理由に基づく解雇であり、その点において整理解雇と共通するところがあるが、事業の継続を前提としない点において、一般的な整理解雇と異なる点があることは否定できない。すなわち、経営上の理由に基づく解雇である整理解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるかどうかを判断するに当たっては、〔1〕人員削減の必要性、〔2〕解雇回避努力、〔3〕人選の合理性、〔4〕手続の妥当性の4要素を考慮して判断するのが相当であるが、法人の解散に伴う解雇は、整理解雇の4要素のうち、〔1〕人員削減の必要性は常に肯定されるし、〔2〕解雇回避努力は、事業を継続しないのであるから、解雇を回避すること事態が不可能である。また、〔3〕人選の合理性についても、従業員全員が対象になるから、問題とはなり得ない。したがって、法人の解散に伴う解雇は、〔4〕手続の妥当性、すなわち、解散に至る経緯、解雇せざるを得ない事情、従業員に対する解雇の条件の説明などの手続的配慮を著しく欠いたまま解雇された場合、社会通念上相当とはいえないとして、例外的に解雇権を濫用したものと認めるのが相当である。」

本件について見ると、被告法人は、その清算を検討していた令和2年9月の段階で、被告法人がTRADグループから脱退すること、被告法人の清算を含めた検討を行うこと及びその理由を説明した上、原告との間で協議の場を持ち、その後、原告が合意退職することを前提に、4か月の間、収入を保証しつつ、転職活動ができるようにするために就労義務を免除するという条件を提示していたにもかかわらず、原告が被告らに対して根拠の不明な過剰請求をしてこれに応じなかったのであって、手続的配慮を著しく欠いたまま本件解雇がされたとは認められない。そうすると、本件解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものとして有効であるというべきである。

「この点に関し、令和2年10月16日の被告Bの原告に対する説明に誤りが含まれているが、誤りがあったのは被告法人の直近の第13期の財務状況ではなく、第12期の財務状況であり、その時点で被告法人の維持が困難であることに変わりはなかったのであるから、被告Bの説明に上記の誤りがあったとしても、上記の判断を左右するものではない。」

「原告は、被告法人を解散させる必要性、合理性があったのか極めて疑問であると主張する。しかし、使用者がその事業を廃止するか否かは、営業活動の自由(憲法22条1項)として保障されており、客観的かつ合理的な必要性がなければ解散してはならないというものではないし、認定事実(1)の被告法人の経営状況に照らすと、被告法人を解散させる必要性、合理性があったというべきであって、原告の上記主張は採用できない。」

「また、原告は、被告法人の解散の真実の目的は、法人の解散を名目として人員を整理したかっただけであって、被告法人の事業を廃止する意図がなかったことは明らかであると主張するが、被告法人の解散に伴ってTRADグループから脱退し、被告法人の顧客の大半を同グループに引き継いだ上で、解散したことに照らすと、被告法人の事業を廃止する意図があったと認められるから、原告の上記主張は採用できない。」

3.法人の解散を前提とした提案に対し、どう判断するか

 整理解雇はそれほど簡単には認められません。そのため、一定の条件が提示されて退職勧奨をされたとしても、退職が納得できなければ断ればよいと思います。それで仮に整理解雇されてしまったとしても、争える余地がある事件は少なくありません。

 しかし、法人の解散が前提となっている場合、整理解雇の判断枠組は一気に弛緩します。原則と例外が逆転し、解雇無効になるのは例外的な局面でしかありません。

 このような状態で条件提示を断ってしまうと、提示されたメリットを享受できないうえ、解雇までされてしまう(しかも裁判で争っても敗訴してしまう)という、かなりのダメージを受けることになります。

 そのため、解散前提で一定の条件の提示を受けた場合、それが手続的配慮として十分なものなのかを慎重に見極めたうえで意思決定を行うことが求められます。

 この裁判例も、そうした判断を行うに際しての一助として実務上参考になります。