弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

士業法人と法人格否認の法理-社会保険労務士が法人を解散させて従業員を解雇し、個人として社会保険労務士業を営むことは許容されるのか?

1.社会保険労務士法人の仕組みと法人格否認の法理

 社会保険労務士には、法人を設立して社会保険労務士業を営むことが認められています(社会保険労務士法25条の6)。

 この社会保険労務士法人の法的性質は、株式会社とは大分異なっています。

 株式会社の社員(株主)は出資額以上の責任を負うことはありません。株式会社が債務を負担しても、株主まで自動的に責任を負うことはありません。また、株式会社では所有と経営が分離しており、株主が直接経営を行うことはありません。

 他方、社会保険労務士法人の社員は、法人の債務に対して無限責任を負います。社会保険労務士法人の財産をもって債務を完済できないときは、自分の財産を使ってでも債務を弁済しなければなりません(社会保険労務士法25条の15の3第1項)。また、社会保険労務士法人の社員は、各自が社会保険労務士法人を代表し、業務執行権を持つとされています(社会保険労務士法25条の15、同25条の15の2参照)。

 社会保険労務士法人は上述のように所有と経営が一致しています。法人の債務は半ば自動的に個人の債務にもなります。このような仕組みを前提に考えると、社員1名の社会保険労務士法人は、最早社員である社会保険労務士と大差ないようにも思えてきます。

 それでは、社員1名の社会保険労務士法人を経営する社会保険労務士が、法人を解散させて法人の雇用する従業員を解雇し、その後、個人で別途社会保険労務士業を営むといったことは許容されるのでしょうか? このようなスキームは解雇規制の潜脱として捉えられはしないのでしょうか? 解雇された従業員は、法人と背後者を同一視する法理(法人格否認の法理)を用いて、社会保険労務士個人との間での労働契約が存在することを主張できないのでしょうか?

 昨日ご紹介させて頂いた、東京地判令4.6.24労働判例ジャーナル131-36 TRAD社会保険労務士法人事件は、この問題を考えるにあたっても参考になります。

2.TRAD社会保険労務士法人事件

 本件で被告になったのは、社会保険労務士法人(被告法人)と、その唯一の社員であった代表者です(被告B)。被告法人は、

原告解雇の直前期の売上が5916万3023円、営業損失が540万円、

前々期の売上が7128万5624円、営業利益28万6748円

であったと認定されています。また、被告法人は、直前期の期末時点で資産3275万6630円、負債3767万5552円の債務超過に陥っていました。

 原告の方は、被告法人に入社し、社会保険労務士補助業務に従事していた方です。被告法人の解散に伴い整理解雇されたことを受け、被告法人に対して解雇無効を主張して地位確認等を求めたほか、法人格否認の法理により、被告Bに対しても同様の請求をしました。

 原告が法人格否認の法理を主張した背景には、被告Bが被告法人を解散した後、別途、個人で社会保険労務士業を営み始めたという事情がありました。

 このような事実関係のもと、裁判所は、被告法人による整理解雇を有効だと判示したうえ、次のとおり述べて、法人格否認の法理の適用も否定しました。

(裁判所の判断)

「法人格否認の法理とは、法人自身が権利・義務の独立した主体になるという法人格の独立性を形式的に貫くことで正義・衡平の理念に反する結果が生じる場合に、その事案に限って法人の法人格の独立性を否定し、法人とその背後にいる株主や他の法人を同一視することによって、妥当な解決を図る法理である。」

「ところで、およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであって、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに法的技術に基づいて行われるものである。従って、法人格が全くの形骸にすぎない場合、それが法律の適用を回避するために濫用された場合は、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許されないというべきであり、法人格を否認することが要請される場合を生ずる(最高裁判所第一小法廷昭和44年2月27日判決・民集23巻2号511頁参照)。」

「そして、法人格が全くの形骸にすぎないというためには、単に当該法人に対し他の法人や出資者が権利を行使し、利用することにより、当該法人に対して支配を及ぼしているというだけでは足りず、当該法人の業務執行、財産管理、会計区分等の実体を総合考慮して、法人としての実体が形骸にすぎないか判断すべきである。」

「本件では、被告法人の社員は被告Bのみであったが、被告法人が解散するまでの間にこれとは別に被告B個人が個人事業主として社会保険労務士としての業務を行っていたような事情はうかがわれないし、被告法人としての財産管理がされ、決算が行われていたと認められる・・・。このような事情を考慮すると、被告法人が法人としての実体がなく、形骸化していたとは認められない。」

「また、法人格の濫用とは、法人の背後の実体が法人を意のままに道具として支配していることに加え、支配者に違法又は不当の目的がある場合をいう。」

「本件についてみると、被告Bが被告法人の支配者といえるかはひとまず措くとして、前記・・・のとおり、被告法人を解散させる必要性、合理性があったと認められるのであって、原告が主張するように、被告法人の使用者としての責任を不当に免れる目的で本件解雇に及び、被告法人を解散させたとは認められないから,支配者に違法又は不当の目的があったということはできない。したがって、被告Bが被告法人の法人格を濫用したとは認められない。」

「以上のとおりであるから、本件において法人格否認の法理を適用すべきとの原告の主張は採用できない。」

3.適用が緩和されることはなかった

 従来、法人格否認の法理は、主に株式会社とその背後にいる特定株主とを同一視するための理屈として活用されてきました。株式会社の責任を社員(株主)にも問うことは、基本的に株式会社の仕組みとは相容れません。そのため、法人格否認の法理の適用範囲は、かなり限定的に捉えられてきました。

 しかし、一人社会保険労務士法人は、社員である社会保険労務士と、その存在において大差ありません。社員である社会保険労務士は、自分一人の意思で法人の業務執行権・代表権を行使できますし、法人と連動して責任を負います。そうであれば、法人格否認の法理の適用にも多少柔軟さが認められて然るべきであるようにも思われますが、裁判所は、そうした考え方は採用していないように見えます。

 社会保険労務士法人と同様の仕組みは、他の士業法人でも採用されています。

 本件は士業法人と法人格否認の法理との関係を取り扱った事案として参考になります。