弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇用調整助成金の受給可能性を検討していないことなどから解雇回避努力が否定された例

1.雇用調整助成金

 雇用調整助成金とは、

「経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業、教育訓練、出向に要した費用を助成する制度」

をいいます。新型コロナウイルスの流行に伴い注目されてきた制度であり、その言葉を耳にした人は、多いのではないかと思います。

雇用調整助成金 |厚生労働省

 整理解雇の効力は、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の相当性に係る事情を総合的に考慮したうえで判断されます(整理解雇の四要素)。

 このうち、②解雇回避努力との関係で、雇用調整助成金を受け取ることは、どのように評価されるのでしょうか。雇用調整助成金を受給しないまま、整理解雇に踏み切ることは、解雇回避努力を尽くしていないと言えないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.2.3労働判例ジャーナル138-34 リビングエース事件です。

2.リビングエース事件

 本件で被告になったのは、

建物の内装工事を行う株式会社(被告会社)、

被告会社の元代表取締役(被告C)、

被告会社の現代表取締役(被告D)、

の三名です。

 原告になったのは、被告会社との間で雇用契約を結んでいた方です。

 被告会社は新型コロナウイルス感染拡大による経営不振に伴う事業縮小のため、人員整理が必要になったとして、令和元年7月31日付けで解雇しました(先行解雇)。

 原告の方は、先行解雇が無効であるとして、地位確認等を求める労働審判を申立てました。これに対応し、審判体は、原告が被告会社に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを内容とする審判を告知しました。

 この審判は確定しましたが、被告会社は退職を前提とした解決金の支払いによる解決を希望しました。しかし、被告会社が労働審判で支払いを命じられた解決金のみで片を付けようとしたこともあり、両者の話は折り合いませんでした。

 被告会社は退職和解を求めて民事調停の申立を行いました。しかし、調停は不調に終わり、被告会社は、令和3年11月末日付で、改めて原告を解雇しました(本件解雇)。

 これを受けて、原告が、解雇の無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件解雇の有効性を判断するに当たっては、〔1〕人員削減の必要性、〔2〕解雇回避努力、〔3〕人選の合理性、〔4〕手続の相当性に関する具体的事情を総合的に考慮した上で、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないか否か(労働契約法16条)によって判断するのが相当である。」

ア 人員削減の必要性

「前記認定によれば、被告会社は、第39期(令和2年1月1日から同年12月31日)の決算において、約186万円余の営業損失を出しているものの、約392万円余の雑収入を得ることにより、結果的に約133万円余の黒字となっており、第40期(令和3年1月1日から同年12月31日)の決算においても、約1億9300万円余の売上高を計上し(第39期と比べて約4600万円の増加)、約650万円余の黒字となっている。被告会社は、被告会社の損益等一覧表・・・を根拠として、令和3年1月から同年7月までの間、同年3月を除いて損失を計上しており、累計で約1322万円余りの損失が発生している旨主張するが、上記一覧表は、被告会社が任意に作成したものであり、決算報告書のように法令等により提出を義務付けられたものではない上、その数字は、被告会社の最終的な決算とも整合しておらず、信用性は乏しいといわざるを得ない。」

「また、被告会社における平成28年から令和3年までの受注棟数・・・をみても、平成29年は件数がやや多かったものの、その余はおおむね同水準で推移しており、減少傾向にあったとはいえない。」

「これらのことからすると、本件解雇当時、被告会社の経営状況が悪化して人員削減が必要な状況にあったとはいえず、その他これを認めるに足りる証拠はない。」

「なお、被告会社が令和3年10月にりそな銀行船場支店から約3000万円の借入れをしたことや、第40期の期中に元請会社の株式約1000万円分を売却したことは、直ちに被告会社の経営状況の悪化を示すものとはいえない。」

イ 解雇回避努力について

「被告会社は、経費削減について最大限できることはやり尽くした旨主張するが、何ら立証がなく、かかる事実は認められない。」

「また、前記認定によれば、被告会社は、第39期から第40期にかけて、役員報酬又は給与を約180万円減額しているが、第40期においても役員報酬額はなお1066万2000円に上っており、非常勤の取締役兼顧問である被告Cに対して月額30万円もの報酬が支払われている上、被告C以外の非常勤の取締役2名及び監査役1名についてはその報酬額すら明らかになっておらず、かかる減額が十分といえるかには疑問がある。」

「さらに、被告Bは、本件解雇をするに当たって雇用調整助成金が受給可能であるかどうかの検討をしていない(被告代表者兼被告B本人36頁)。

これらのことからすると、被告会社の解雇回避努力が十分であったとはいえない。

ウ 人選の合理性

「前記認定のとおり、本件解雇当時における被告会社の従業員は、原告のほかは、代表取締役である被告Bと女性事務員の2名であったことからすると、人員削減の必要性が肯定される限りにおいて、原告を解雇対象とすることが不合理であるとまではいえないから、本件解雇につき人選の合理性があったこと自体は否定できない。」

エ 手続の相当性について

「前記に認定した本件解雇に至る経緯・・・に照らせば、被告会社は、先行解雇が無効であることを前提とする本件労働審判に対して異議申立てをせずにこれを確定させており,本件労働審判の内容を履行すべき立場にあったところ、その後の原告との話合いにおいて、被告会社において金銭的解決を希望して解決金の提案をすることになっていたにもかかわらず、原告から解決金の金額について何ら連絡がないとして本件労働審判の解決金で了承したとみなす旨の一方的な内容の通知を送っている。その後、被告会社は、民事調停を申し立てているが、その申立ての趣旨は、飽くまで原告の退職を前提とした金銭的解決を求めるものであり、従前の経緯に照らし、原告が民事調停による解決の余地はないとの意向を示したことは無理なからぬものといえる。しかるに、被告会社は、同調停が不成立となるや、原告に対して何ら事前説明をすることなく本件解雇をするに至ったものであり、上記調停を申し立てたことをもって必要な手続を履践したとはいえないから、本件解雇の手続が相当であったとは認められない。」

小括

「以上によれば、本件解雇は、人選の合理性は否定できないものの、人員削減の必要性、解雇回避努力及び手続の相当性はいずれも認められず、客観的に合理的な理由があったとはいえないから、解雇権を濫用するものとして無効である(労働契約法16条)。

3.解雇回避努力との関係でも解雇の消極要素とされた

 雇用調整助成金と整理解雇については、以前、

雇用調整助成金を利用せず有期労働者を整理解雇することは非常に難しい - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事で紹介した裁判例は、

「給与は従業員を休業させることによって6割の休業手当の支出にとどめることが可能であり、しかも、雇用調整助成金の申請をすればその大半が補填されることがほぼ確実であった・・・。」

ことなどを指摘し、①人員削減の必要性を否定しました。

 このように人員削減の必要性との関係で意味を持つことは分かっていたのですが、本件の裁判例で、解雇回避努力義務との関係でも意味を持つことが実証されました

 新型コロナウイルスの影響を受けたとして従業員の整理解雇に踏み切る会社は、今なお、それほど珍しいというわけではありません。この裁判例は、そうした事案で活用できる可能性があります。