弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

店舗閉鎖を理由とする整理解雇-取引先からの業務委託契約の解約申入れを争わなかったことが人員削減の必要性を低減させた例

1.部門閉鎖(工場・支店等の閉鎖)に伴う整理解雇

 整理解雇が解雇権濫用にあたるのか否かについては、①人員削減の必要性、②解雇回避措置、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性という4つの基準により判断されます(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕437頁参照)。

 法人の解散に伴う整理解雇の場合、これと異なる判断枠組みを用いる裁判例もありますが、一部の工場や支店が閉鎖されることに伴う整理解雇の場合も、上記の基準に沿って判断されています(前掲『労働事件ハンドブック』445頁参照)。

 この部門閉鎖(工場・支店等の閉鎖)を理由とする整理解雇の場合、働く場所がなくなってしまうためか、人員削減の必要性自体が消極的に評価されることはあまりありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、店舗の閉鎖に伴う整理解雇でありながら、人員削減の必要性が高かったとはいえないと判示された裁判例が掲載されていました。鹿児島地判令5.2.8労働判例ジャーナル136-56 日経日本橋販売事件です。

2.日経日本橋販売事件

 本件で原告になったのは、新聞の販売等を目的とする株式会社です。東京都及び宮城県において日本経済新聞(日経新聞)の販売等を行っていました。

 被告になったのは、鹿児島市に居住する昭和44年生まれの女性です。日系新聞の専売店において事務職員として勤務していた方で、令和2年4月30日当時は、ニュースサービス日経D店に勤務していました(本件店舗)。

 本件店舗の経営は元々Eによって行われていましたが、原告が引き継ぐことになり、令和2年5月1日付けで被告は原告に雇用されました。

 しかし、日本経済新聞社(日経社)は、令和2年5月25日までに本件店舗を廃止することを決め、原告との間で、同年6月4日までに、日系新聞の販売等に関する業務委託契約(本件業務委託契約)を解約し、本件店舗を廃止する方針について合意しました。

 これを受け、原告は、被告を含む本件店舗の正社員10名全員、全アルバイト従業員36名に対し、同年8月31日をもって雇用契約を終了する旨の申し入れを行いました(このうち被告に対するものを「本件解雇」といいます)。

 その後、原告は、本件解雇の効力を争う被告に対し、被告が雇用契約上の権利を有する地位にないことの確認を求める労働審判を申立てました。この労働審判が本訴移行したのが本件です。

 本件では整理解雇法理に従って各要素の検討がなされ、人員削減の必要性については、次のとおり判示されました。なお、結論としても、解雇は無効だとされています。

(裁判所の判断)

「原告は、日経社からの申入れを受け,本件業務委託契約を合意解除し、本件店舗を閉鎖することを決定した。日経社の試算によれば、本件店舗の日経新聞の販売等による売上は月額約1625万円であり、本件店舗が日経社に支払う原価等は日経社の本件店舗に対する補助金約444万円を控除した後の金額にして約1020万円であったというのであり・・・、これを前提とすれば、仮に本件店舗の販売区域における販売部数を維持したまま補助金を廃止することに成功すれば、日経社の収支は月額約444万円改善することになる。この点を踏まえると、本件業務委託契約を解約し、本件店舗を廃止することとした日経社の経営判断が不合理であったとは認められない。もっとも,日経社にとって本件店舗との取引が採算のとれないものであったのか否か及び本件各販売店に日経新聞の販売等を委託することによって日経社の収支がどの程度改善したのかに関しては、何ら証拠がなく、本件業務委託契約の解約及び本件店舗の廃止が日経社にとって必要性の高い措置であったと認めることはできない。」

「この点に関連して、原告は、日経社の本件店舗に対する補助金の支払額は九州管内におけるほかの日経新聞専売店と比較して高額であったとか、本件店舗の売上が減少傾向にあったなどと主張する。しかしながら、九州管内におけるほかの日経新聞専売店の売上については何ら証拠がなく、売上の規模を考慮せずに補助金の額の多寡を比較することは合理的であるとはいえない。また、原告は、本件店舗の売上に関して、日経社作成の二つの書証・・・を提出する。しかしながら、一方・・・においては、本件店舗の令和2年4月の売上が合計2054万3800円とされており、他方・・・においてはこれが1793万7000円とされており、二つの書証は内容に齟齬があるように見受けられるにもかかわらず、その理由については何ら説明がない。このことを踏まえると、これらの書証を採用することはできず、ほかに本件店舗の売上の減少の程度を認めるに足りる証拠はない。」

「また、原告は、本件店舗以外に、東京都及び宮城県において、日経社から委託を受けて、日経新聞の販売等を行っていたのであるから・・・、日経社との良好な関係を維持する必要があったといえ、日経社の経営方針に従って、本件業務委託契約を合意解除し、本件店舗を閉鎖することとした原告の経営判断が不合理であったとは認められない。もっとも、日経社が東京都及び宮城県を活動拠点としていた原告に対し令和2年4月中旬に鹿児島県における日経新聞の販売等の委託を打診し、これに応じた原告と同月末日に本件業務委託契約を締結し、本件業務委託契約の期間が3年とされていたにもかかわらず、本件業務委託契約締結から1か月余りが経過したにすぎない同年6月4日に本件業務委託契約の解約を申入れたとの経緯・・・は、もしも日経社が原告に対して本件業務委託契約締結前に本件業務委託契約解約の見込みを一切伝えていなかったのであれば、原告に不測の損害を生じさせかねないものである。このことに加えて、本件業務委託契約に契約期間満了の1か月前にまでに反対の意思表示がない場合には契約期間が自動更新される旨の規定及び原告が日経社以外の新聞社の発行する新聞を日経社の同意なく取り扱うことができない旨の規定があり・・・、本件業務委託契約が日経社と原告の信頼関係を基礎とする継続的な契約であるといえることに徴すると、本件業務委託契約に1か月前の予告により解約をすることができる旨の規定があるからといって、原告において日経社による解約の申入れの法的効力を争う余地がなかったとは認められない。この点を措くとしても、本件店舗の配達区域における日経新聞の販売主体の原告から本件各販売店への円滑な移行のためには、原告の協力が必要であったと考えられるところ、そうであれば、日経社が原告の意向を一切無視して本件業務委託契約の解約を強行するとは限らず、原告において日経社に対し、翻意を促したり、解約の先送りを求めたりする余地はあったと認められる。しかしながら、原告がこのような検討をした形跡は一切ない。このことを踏まえると、原告が本件店舗の閉鎖を回避することが困難であったとは認められず、本件店舗の閉鎖に伴う人員削減の必要性が高かったと認めることもできない。

3.業務委託契約の解約に抵抗できるのか?

 業務委託契約は拘束力の弱い契約です。契約で特段の定めを置いていない場合、基本的には無理由でいつでも解約することができます(民法651条、656条)。このことは業務委託契約で働くフリーランスの立場が弱い理由でもあります。

 予告期間付きで解約できることが契約書に記載されている場合、予告期間が遵守されている限り、基本的には解約の効力を争うことはできません。

 しかし、裁判所は、これを争う余地を認めたうえ、本意を促すなど抵抗しなかったことをもって本件店舗閉鎖の回避が困難であったことを否定し、ひいては人員削減の必要性が高かったとはいえないと判示しました。

 これは、

①業務委託契約において解約の効力を争う余地を認たこと、

②店舗閉鎖に伴う整理解雇でありながら、人員削減の必要性に消極的な評価をしたこと

の二点のおいて画期的なことです。今後、同種解雇事件で労働者側の有利に活用したり、フリーランスが発注者からの業務委託契約解除の効力を争う場面で活用したりすることが考えられます。