弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

効力発生日が試用期間経過後である解雇の効力はどう考えるのか

1.試用期間中の解雇

 試用期間中または試用期間終了時の解雇(本採用拒否)は、

「実際の就労状況等を観察して従業員の適格性を判定するという留保解約権の趣旨・目的に照らし、本採用後の解雇の場合よりも広い範囲の解雇の自由が認められる」

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕466頁参照)。

 しかし、試用期間は元々それほど長期には及ばないうえ、解雇予告手当を支払わず解雇するためには30日以上の予告期間を置かなければならないため、解雇の意思表示自体は試用期間中になされていても、その効力発生日は試用期間経過後の日付とされることがあります。このような場合、解雇の効力はどのように判断されるのでしょうか? 通常の試用期間満了前・満了時と同じように判断されるのでしょうか? それとも、別のルールのもとで判断されるのでしょうか? この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.11.12労働判例ジャーナル120-1 日本オラクル事件です。

3.日本オラクル事件

 本件で被告になったのは、コンピュータ・ソフトウェア関連の事業を幅広く行う株式会社です。

 原告になったのは、大学院修士課程を卒業し、中国国内の大学の助手を務めた後、日本国内外での企業勤務を経て、通信業界の専門家「テレコム・イノベーション・アドバイザー」(テレコム・イノベーター)として被告に中途採用された方です。試用期間中にコミュニケーション上の問題等を理由に解雇されたことを受け、その有効性を争い、労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では解雇の意思表示自体は試用期間中になされていましたが、効力発生日が試用期間経過後とされていました。

 こうした事案における解雇の判断枠組について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・のとおり、平成31年2月1日に締結された本件雇用契約において、3か月間の試用期間が定められていたところ、前記前提事実・・・のとおり、上司P4は、原告に対し、上記試用期間中である同年4月22日、原告を本採用しない旨を通知し、前記認定事実・・・のとおり、同月24日、P3も、人事部の立場から、原告に対し、試用期間を延長せず、同年5月末日を最終勤務日とする旨を告げており、以上をもって、被告は、原告に対し、試用期間内に、本件雇用契約により留保された解約権を行使する旨の意思表示(以下『本件解雇』という。)を確定的にしたものと認められる。

被告は、上記のとおり、本件解雇をした際に、原告に対する解雇の効力発生日を、試用期間満了後である令和元年5月末日とし、その後、前記前提事実・・・のとおり、さらに1か月後である同年6月末日に変更したものであるが、留保された解約権を行使する旨の意思表示が、試用期間内に確定的にされた場合には、労働者の地位を不当に不安定にするものでない限り、解雇の効力発生日が試用期間満了日よりも後にされたとしても、なお上記留保された解約権の行使としての解雇と扱われることになるものと解される。

「本件において、当初の解雇の効力発生日が同年5月末日とされたのは、上記本件解雇の意思表示の時期を前提に、解雇予告期間(労働基準法20条参照)を踏まえたものであることがうかがわれ、その後、同年6月末日とされたのは、前記認定事実(8)アによれば、原告に就職活動をする時間的猶予を与えて、円満に事態を収める目的であったことがうかがわれるものであり、いずれの効力発生日も、試用期間満了日から2か月以内であったことをも踏まえれば、原告の地位を不当に不安定にするものではあったとはいえない。したがって、本件解雇は、本件雇用契約により留保された解約権の行使として、その有効性が検討されることとなる。」

「留保された解約権の行使は、その留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合にのみ許されるものというべきであり(最高裁判所昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利を濫用したものとして、無効となる(労働契約法16条)。」

「これを本件に即して具体的に見ると、前記前提事実・・・、認定事実・・・のとおり、原告は、日本国内外の企業において、プログラマー、プロジェクトマネージャー等として長年の実務経験を有し、被告には人材紹介業者を通じて応募し、前職でも、通信業界において高額の取引を扱う管理職として勤務していた旨の履歴書を提出した上で、専門知識に基づき、通信業界の顧客の役員・部長級の社員と、技術革新について議論し、被告が提供するソリューションの営業につなげていくという職責を有するテレコム・イノベーターとして採用され、本件雇用契約においては、日本での最高職位であるIC5として、年額1560万円の賃金を支払われることが定められていたものである。したがって、原告は、大学新卒者の新規採用等とは異なり、その職務経験歴等を生かして、高度な業務の遂行が期待され、かつそれに見合った待遇を受ける、いわゆる即戦力となる高度人材として採用されたものであり、かつ、上記採用に至る経緯からすれば、原告もその採用の趣旨を理解していたと認めるのが相当である。」

「本件雇用契約によって留保された前記解約権は、試用期間中の執務状況等についての観察等に基づく採否の最終決定権を留保する趣旨のものであると解されるから、その解約権の行使の効力を考えるに当たっては、前記・・・で説示した原告に係る採用の趣旨を前提とした上で、当該観察等によって被告が知悉した事実に照らして、原告を引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することが、この最終決定権の留保の趣旨に照らして客観的に合理的理由を欠くものかどうか、社会通念上相当であると認められないものかどうかを検討すべきことになる。」

3.基本的には試用期間内の解雇と同じ括りになるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、試用期間内に解雇の意思表示が確定的にされている場合には、試用期間中の解雇(留保解約権の行使)というカテゴリーの中で有効性を論じるとしました。

 ただ、そこに

「留保された解約権を行使する旨の意思表示が、試用期間内に確定的にされた場合には、労働者の地位を不当に不安定にするものでない限り」

という絞りが加えられています。

 「労働者の地位を不当に不安定にする」場合が、具体的にどのような事態を指しているのかは不分明ですが、試用期間中の解雇と全く同じ判断枠組を用いたわけではないことは意識しておく必要があります。