弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

能力不足を理由とする解雇-即戦力・高水準の給与の労働者であっても能力評価に3週間では短すぎるとされた例

1.能力不足を理由とする解雇

 一般に、能力不足を理由とする解雇に関しては、

「長期雇用システム下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということになり、勤務成績・態度不良の該当性や、解雇の相当性は、比較的厳格に判断されることになる。他方、高度の技術能力を評価され、特定の職位、職務のために即戦力として高水準の給与で中途採用されたが、その期待された技術能力を有しなかったという場合には、労働契約上、労働者には給与に見合った良好な技術能力を示すことが期待されているといえるため、教育・指導が十分でったといえない場合であっても、比較的容易に勤務成績・勤務態度不良に該当し、解雇の相当性が肯定されることになると考えられる。

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395-396頁参照)。

 このようなルールが適用されるためか、即戦力・高水準の給与の労働者は、厳しい評価に晒され、試用期間中に留保解約権を行使されたり、短期間で解雇されたりすることが珍しくありません。

 こうした短期間で留保解約権、解雇権が行使されている事案の中には、幾ら何でも結論を出すのが性急に過ぎるのではないかと思われる事案も含まれています。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令3.10.26労働判例ジャーナル121-50 アジアスター事件も、評価の性急さが問題になった事件の一つです。

2.アジアスター事件

 本件で被告になったのは、グラフィック関連事業等を目的とする株式会社です。

 原告は、被告との間で、以下の有期雇用契約を締結しました。

期間の定め 令和2年5月19日~令和3年5月19日

契約更新の有無 自動的に更新する

基本給 月額70万円

試用期間 2か月

 しかし、被告は、原告が事業推進部の部長のポストと待遇に見合う能力を有していなかったなどと主張し、令和2年6月11日に原告を解雇しました。この解雇は一時撤回されましたが、令和2年6月17日、被告は改めて原告を解雇しました。これを受けた原告が、被告に対し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、能力不足を否定しました。結論としても、解雇の効力を否定したうえ、残りの契約期間分の賃金請求を認めています(ただし、期間満了により雇用契約が終了しているとして地位確認は棄却)。

(裁判所の判断)

「前提事実及び証拠・・・によれば、原告と被告との雇用契約は有期契約であるところ、原告と被告は2か月の試用期間についても合意していること、被告が令和2年6月19日にした解雇は、その試用期間内にされていることが認められ、これらによれば、被告が同日にした解雇は解約留保権の行使であると認められる。」

「有期雇用契約であっても、当事者が試用期間についても合意している以上、使用者が、採用決定後における調査の結果により又は試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるものと解すべきである。しかしながら、労働契約自体が有期雇用であって、その期間の中においては無期雇用よりも雇用保障がされていること(労働契約法16条、17条1項)に照らせば、有期雇用契約における解約留保権の行使は、無期雇用契約におけるものよりはより厳格に認められるべきである。」

「被告は、原告が、前記のとおり、要旨、そのポストと待遇に見合う能力を有していなかった旨主張し、証拠・・・がこれに沿う。」

「しかし、原告は、令和2年5月20日に被告に入社しているところ、被告は同年6月11日にはいったん原告を解雇しており、その間は約3週間しかない。そして、原告は、被告が令和2年6月11日にした解雇を同月17日に撤回した後、同月18日と同月19日の二日しか勤務していない。そして、被告は、この間、原告に対し、業務の改善を求めたりすることもしていない。このような短期間で原告がそのポストと待遇に見合う能力を有していなかったと判断することは困難であるといわざるを得ない。被告の前記主張を採用することはできない。

3.能力評価をするにも3週間では短すぎる

 実務上、解雇予告期間と試用期間の満了を意識してか、かなり早い段階で能力不足の烙印を押される例があります。

 しかし、裁判所は、幾ら何でも3か月で見切りをつけるのは早すぎると判示しました。労働契約の内容によって「長い」「短い」の評価が変わり得ることは否定できませんが、この裁判例は、能力不足を理由とする短期間での留保解約権行使・解雇権行使の可否を考えるにあたり参考になるように思われます。