弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

コミュニケーション能力不足を理由とする解雇-当事者尋問がコミュニケーション能力の不足の裏付けとなってしまった例

1.コミュニケーション能力不足を理由とする解雇事件と当事者尋問

 コミュニケーション能力不足を理由とする解雇の効力を争うにあたり、気を遣う手続の一つに「当事者尋問」(本人尋問)と呼ばれる手続があります。

 「当事者尋問」というのは、当事者本人に証言台に立ってもらい、裁判官の面前で、その方が経験した事実を話してもらう手続をいいます。コミュニケーション能力不足を理由とする解雇の効力を争う事件では、能力不足の根拠となった事実に認識の齟齬があることが多く、大抵の場合、本人に何があったのかを語ってもらう必要が生じます。

2.当事者尋問における悩み

 尋問は言葉のキャッチボールを裁判所に見てもらう手続です。コミュニケーション能力の不足を理由とする解雇の効力を争う事件の場合、裁判官の前で上手くキャッチボールができないと、それ自体が心証形成に望ましくない影響を与えてしまいます。

 しかし、コミュニケーション能力に難があると言われて解雇されているという事件の性質上、意思疎通に全く支障がないというケースは、それほど多くありません。

 コミュニケーション能力というのは幅のある概念です。どの程度のコミュニケーション能力が求められるのかは、個々の労働契約の解釈によって導かれます。法的措置をとるのか否かを判断するにあたり重要なのは、絶対的な意味でのコミュニケーション能力ではありません。当該労働契約が要求するコミュニケーション能力の水準をクリアしているのかどうかです。意思疎通が完璧とまでは言えなくても、使用者側の要求水準が過大なだけで、当該労働契約が要求している水準はクリアしていると見込まれる事案は、決して少なくありません。こうした事案では、依頼さえあれば、普通に法的措置をとるわけですが、依頼人とのコミュニケーションにも難しいところがないわけでもないため、労働者側の代理人弁護士は、どのように当事者尋問に臨むのかに悩むことになります。

 近時公刊された判例集にも、当事者尋問を上手く乗り切れなかった裁判例が掲載されていました。東京地判令3.11.12労働判例ジャーナル120-1 日本オラクル事件です。

3.日本オラクル事件

 本件で被告になったのは、コンピュータ・ソフトウェア関連の事業を幅広く行う株式会社です。

 原告になったのは、大学院修士課程を卒業し、中国国内の大学の助手を務めた後、日本国内外での企業勤務を経て、通信業界の専門家「テレコム・イノベーション・アドバイザー」(テレコム・イノベーター)として被告に中途採用された方です。試用期間中にコミュニケーション上の問題等を理由に解雇されたことを受け、その有効性を争い、労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、原告のコミュニケーション能力を次のとおり評価し、解雇の有効性を認め、その請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「上司P4は、中間面談・・・、試用期間終了人事面談・・・において、一貫して、原告には、顧客とのコミュニケーションに問題があることを具体的に指摘している。また、本件定例会に原告と同席したP5営業部長は、上司P4から原告と働くことで感じたことのフィードバックを求められた際に、原告は基本的なコミュニケーションスキルに欠けており、顧客が聞きたい内容に答えられないと指摘し・・・、原告とともにリコーに対するプレゼンテーションを担当したP8も、原告のプレゼンテーションについて、日本語がわかりにくく、また、原告が特定のテーマに固執したために、顧客の期待との間にずれが生じたと述べており・・・、原告がプレゼンテーションを行った際に同席したオラクル従業員らは、一致して、原告には顧客とのコミュニケーションに問題があることを指摘している。そこで、これらの評価について、客観的な裏付けがあるといえるか否かを検討する。」

「証人P6は、P9部長の部下であるP10担当部長から、平成31年3月29日、P9部長が原告とのコミュニケーションにストレスを感じている、そういったミーティングを続けていると、P9部長定例会自体もなくなってしまうなどと言われたため、その旨P5営業部長に報告した、もっとも、ドコモから原告を定例会に参加させないようにと明言はされていないと供述する・・・。上記供述は、前記認定事実・・・のとおり、その後にP5営業部長が、原告に対し、平成31年4月11日の定例会に参加しないように求めたこと及び前記認定事実・・・のとおり、同月16日、P5営業部長が、上司P4から原告と働くことで感じたことのフィードバックを求められた際に、顧客が苦情を言ってきたと述べていることと整合する上に、被告が、ドコモから原告の出入り禁止の要請を受けたと主張しているにもかかわらず、証人P6が、その旨の明言はされていないと述べて、雇用主である被告の主張に迎合する様子もないことからすれば、信用することができる」

「したがって、P9部長は、本件定例会における原告のプレゼンテーションを受けて、原告とのコミュニケーションにストレスを感じていたと認められ、このことは、前記・・・の被告従業員らによる評価を客観的に裏付けるものということができる。」

「なお、前記認定事実・・・のとおり、P5営業部長は、上司P4に対し、本件解雇の意思表示がされた後である令和元年5月15日、P9部長が原告とのミーティングを今後持ちたくないと述べたことを、平成31年4月8日にP9部長本人に確認した旨述べているが、その裏付けとなる客観証拠はなく、P5営業部長自身が、同月16日に上司P4からフィードバックを求められた際、顧客が苦情を言ってきたとしか述べていないことにも照らせば、被告が、ドコモから原告の出入り禁止の要請を受けたと認めるには足りないというべきである。」

「また、前記認定事実・・・のとおり、原告は、プレゼンテーションをした際には、平成31年4月15日に行った2回目の社内プレゼンテーションの際を除き、膨大な量のスライドを作成して、関係者により量を減らされたり、時間を大幅に超過したりすることを繰り返しており、このことも、原告が、受け手の聞きたい内容を盛り込んで説得することよりも、自らの興味のあるテーマにつき、受け手の期待や理解力を考慮することなく、自らが伝えたい内容を一方的に伝達しようとすることを示すもので、前記・・・の被告従業員らによる評価を客観的に裏付けるものということができる。」

「さらに、前記認定事実・・・のとおり、原告は、ODWを構想し、Slackにいるオラクルの関係者全員に対して、ODWスライドを公開したものであるが、原告と関係の深くない者も含む社内の広い範囲の者と、新規性のあるアイデアを共有するという原告の主張する目的に照らせば、一枚当たりの情報量が多いものを含むスライドが全体で45枚という量自体が、やや過大であるといわざるを得ない上に、内容も、前記認定事実・・・のとおり、オラクルの既存の資料や、インターネットを通じて入手することができる、原告以外の者が作成した複数の資料及び画像が貼り付けられていたほか、証拠・・・によれば、一貫した論理の流れを見出し難く、唐突に実在の映画のストーリーや、アニメキャラクターの髪の色に言及する・・・など、スライドの趣旨を読み取ること自体が難しい部分がある。」

「ODWについては、構想そのものが技術的基盤を欠く荒唐無稽なものと断言することまではできないものの、ODWスライドの公開に係る経緯及びその内容には、自らの興味のあるテーマにつき、受け手の期待や理解力を考慮することなく、自らが伝えたい内容を一方的に伝達しようとするという、原告のコミュニケーションにおける問題が表れており、やはり、前記・・・の被告従業員らによる評価を客観的に裏付けるものということができる。」

「なお、前記・・・で説示した原告のコミュニケーションにおける問題は、原告が、本件での原告本人尋問において、原告被告双方の代理人からの質問に対し、噛み合った答えを返さないことがしばしばあったことにも表れている。法廷における尋問という特殊な場面であることは考慮すべきであるが、原告が、例えば、前任者とドコモとの間の関係、コンピテンシー・ツールキットによる自己評価及び社内プレゼンテーションの状況について、自己の代理人である原告代理人から質問を受けた際にも、質問と関連性が薄い事柄について延々と述べて、趣旨を理解することが困難な供述を続けていること・・・からすれば、尋問時のストレスから普段とは著しく異なる言動をとっているとも考え難く、上記原告の法廷における言動も、前記アの被告従業員らによる評価を客観的に裏付けるものということができる。

「以上の次第で、原告のプレゼンテーションの同席者による原告のコミュニケーション対する指摘には、客観的な裏付けがあるということができる。」

「前記前提事実・・・のとおり、テレコム・イノベーターの職責は、専門知識に基づき、通信業界の顧客の役員・部長級の社員と、技術革新について議論し、被告が提供するソリューションの営業につなげていくことであり、そのためには、相手の意見・考え方を理解した上で、通信業界における深い知識に基づいて、海外における業界の最新動向に関する情報を提供し、議論を進めることが必要であり、そのために必要なコミュニケーション能力は、相当に高度なものであることが推認される。」

「前記のとおり、客観的にその存在が裏付けられている原告のコミュニケーションにおける問題は、原告が、以上のテレコム・イノベーターに必要とされるコミュニケーション能力を有していないことを端的に明らかにするものであるといわざるを得ない。」

4.十分な事前準備が必要

 被告からの予期しない尋問に崩れてしまうことは、ある程度仕方のないところがあります。しかし、原告側との尋問は、事前練習により嚙み合わせることができます。

 一般に尋問で裁判官の心証が覆ることは稀であると言われてはいますが、裁判官の面前で意思疎通が上手くいかないことを実証してしまうと、あらゆる証拠を色眼鏡で見られるようになりかねません。そのため、この類型の事件では、尋問の事前準備が特に重要な意味を持つことを意識しておく必要があります。