弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇されないため労働者にとっても法令遵守は重要-下請法違反行為等を理由とする解雇(本採用拒否)が有効とされた例

1.下請法

 下請法という法律があります。

 正式な名称は下請代金支払遅延等防止法といいます。この法律は下請事業者の利益の保護等を目的としており、フリーランス保護にも重要な役割を果たしています。

 下請法違反行為は、勧告件数こそ年間数件に留まっているものの、令和3年には7922件もの指導がなされるなど、公正取引委員会によって厳しく取り締まられています。

(令和4年5月31日)令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組:公正取引委員会

 違反すると摘発の対象になること、違反行為に対しては行政の力を用いて是正を求めることができることから、親事業者側の弁護士にとっても、下請事業者・フリーランス側の弁護士にとっても、下請法は参照頻度の高い実務上重要な法令の一つとして位置付けられています。

 この下請法に関してですが、通暁しておく必要があるのは、どうやら弁護士だけではなさそうです。近時公刊された判例集に、下請法違反行為等を理由として特に法律専門職というわけでもない労働者が解雇(本採用拒否)された裁判例が掲載されていました。東京地裁令和4.2.22労働判例ジャーナル125-28 リリカラ事件です。

2.リリカラ事件

 本件で被告になったのは、インテリア資材の製造・加工・販売、建築工事の請負、工事管理等を目的とする株式会社です(被告会社)。

 原告になったのは、被告との間で試用期間を3か月とする期間の定めのない雇用契約を締結し、被告会社のエンジニアリング本部工事管理部の部長代理として、施工中の現場の進捗管理等の業務に従事していた方です。一級建築士の有資格者でもあります。試用期間の満了に伴い、本採用拒否(解雇)されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告会社は本採用拒否の理由として、原告による下請法違反行為を主張しました。

 具体的には、

「原告は、令和2年6月25日、上記・・・のとおり、リック下請工事の下請代金が既に決まっていたにもかかわらず、担当者であるDの確認をとることなく、リック社のEに架電し、『D氏に内緒で値引きをしてくれないか。』などと言って、下請代金の値引きを求めた。」

「この原告の行為は、建設工事に関し、元請負人が契約後に下請負人に対して取り決めた代金の減額を一方的に求めたものとして、建設業法又は下請法に違反する。」

原告は、一級建築士、施工管理者として建設業法及び下請法に関して当然に理解していなければならないことを理解していなかったものであり、また、上司であるエンジニアリング本部工事管理部部長のF(以下『F部長』という。)の指示を無視して、Dに確認せずに独りよがりの下請代金の減額交渉をしたものであり、原告が、本件雇用契約で前提とされたエンジニアリング本部工事管理部の部長代理の地位にふさわしい適格性を有していないことは明らかである。

などと述べて、原告の職務適格性欠如を主張しました。

 こうした被告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、本採用拒否(解雇)の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告会社は、本件雇用契約で定められた試用期間中に、本件雇用契約及び本件就業規則で留保された解約権を行使して原告を解雇したものである。このような留保解約権の行使は、当該解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されると解するのが相当であり(最高裁判所昭和48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、当該留保解約権の行使による解雇は、解雇権を濫用したものとして無効となると解される。」

「これを本件についてみるに、原告が前記認定事実・・・のとおりの職務経歴や資格を有しており、被告会社がこれを評価して原告をエンジニアリング本部工事管理部部長を補佐する部長代理のポストに、年俸約1000万円という被告会社の部長クラスの従業員に比べても高い水準の賃金で中途採用したことに照らすと、本件雇用契約において、原告は、上記職務経歴や資格を活かして、建設工事の施工管理等を関連する法令を遵守しながら適切に遂行するとともに、エンジニアリング本部工事管理部の対内的及び対外的業務が円滑に遂行されるように部長を補佐できる人材であることが期待されていたと認められる。

「このような本件雇用契約において原告に期待されていた職務遂行能力や役割に照らすと、本件雇用契約において留保された解約権は、試用期間中の勤務状況等を観察し、その適格性の有無を判断して、労働者として雇い続けるか否かの最終決定権を留保する趣旨のものと解される。したがって、本件留保解約権行使の効力を判断するに当たっては、原告を試用期間経過後も雇用し続けることができないと判断することが、上記のような解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的な理由を欠くものかどうかや、社会通念上相当であると認められるかどうかを検討するのが相当である。」

「そこで、以下では、上記観点から本件留保解約権行使に客観的に合理的な理由が認められ、社会通念上相当として是認されるかどうかについて検討していく。」

・下請代金決定後に下請代金の値下げ交渉を行ったことについて

「前記認定事実・・・のとおり、原告は、リック下請工事の下請代金が被告会社とリック社との間で既に合意されて決まっていたにもかかわらず、リック社の担当者に電話を架けて下請代金の減額を求めている。これは、下請代金の減額を禁じた下請法4条1項3号に違反しかねない行為であり、違反が認定された場合に会社が公正取引委員会による勧告の対象となり得る重大な法令違反行為である(同法7条2項)。

原告は、前記のような資格や職歴に照らし、当然に下請法の規制は認識していたと認められるにもかかわらず、このような下請法に抵触しかねない行為に及んだものであり、法令遵守の意識が極めて不十分であると評価されてもやむを得ないというべきである。

(中略)

「さらに、原告は、リック社と下請代金の価格交渉をすることについては、事前にF部長の了承を得たとも主張し、本人尋問においても、これに沿う供述をするが、F部長はこれを否定しており、原告の上記供述を裏付ける的確な証拠もない。そもそもリック下請工事の工事代金は220万円にすぎず、その規模に照らしても、同工事が赤字になる可能性があったという理由だけで、法令を遵守しながら業務が遂行されるように工事管理部全体を監督すべき義務を負っているF部長が、下請法に違反しかねない価格交渉をすることを許可するとは考え難い。」

「原告は、本件では実際にリック下請工事の下請代金が減額されたことはなかったのであるから、原告によるリック社への架電によって下請法4条1項3号違反の事実は生じておらず、リック下請工事が取り消されたり、同社との取引が失われたりするなどの具体的損害も生じていないとも主張する。」

「しかしながら、本件留保解約権行使に当たって問題とされているのは、原告が下請法に違反しかねない行為に及んだという、法令遵守の意識が不十分であると評価されても仕方がない行動をとったことであり、被告会社が法令に違反するような事態を招いたとか、被告会社に経済的損害等の実害をもたらしたというようなことではない。」

(中略)

「以上のとおり、原告は、豊富な施工管理の経験を有するなど、その職務経歴や資格等を評価され、部長代理という責任のある地位を与えられていながら、故意ではなかったとしても、被告会社の担当者に確認するなどの容易に取り得る手段を取らずに軽率にも下請代金が確定した後に下請業者に下請代金の減額を求めるという下請法に違反しかねない行為に及び、さらに、そのことを厳しく注意され、顛末書を提出するという、自らを冷静に振り返り、部長代理という責任ある立場にふさわしい言動を再考する機会を与えられていながら、その翌日には、注文主側の担当者と上記のような激しい口論に及ぶという、部長代理という責任ある立場にある者としてふさわしくないと言わざるを得ない言動に及んだものである。このような原告の言動に照らすと、被告会社が、原告に被告会社の責任ある地位に就くべき従業員としてふさわしい適格性や資質が欠如していると判断したことはやむを得ないというべきであり、被告の主張するその余の事情について検討するまでもなく、本件留保解約権行使には客観的に合理的な理由があり、社会的にも相当としてこれを是認することができると認められる。

したがって、本件留保解約権行使による解雇は、権利の濫用に当たるということはできず、有効である。

3.高賃金労働者であり高い職務遂行能力が期待されていた事案ではあるが・・・

 本件の労働者は、年俸約1000万円と高賃金で雇用されており、高い職務遂行能力が期待されていたといえます。試用期間中でもあったことから、元々留保解約権(解雇権)の行使が有効になりやすい素地のあった事案であり、その結論を安易に一般化することはできないように思います。

 しかし、一級建築士の有資格者とはいえ、法専門家でもない原告に対し、下請法違反行為を主要な要因とする留保解約権(解除権)の行使を認めたのは、やや意外でした。従前の裁判所は素人による逸脱した行為に法専門家ではないという理由で甘い判断をすることが多いからです。

 法令違反に対する裁判所の見方は年々厳しくなって行っているように思われます。一般労働者といっても、基本的な法律に通じたえう、普段から法令の理解に通暁しておかなければならない時代がきつつあるのかも知れません