1.マタニティハラスメント(マタハラ)からの避難場所としての育児休業
男女雇用機会均等法9条3項は、
「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、・・・その他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」
と規定しています。
このように法的には禁止されているわけですが、マタハラに悩む方は決して少なくありません。
マタハラの被害者にとって、産前産後休業や育児休業は、ハラスメントから逃れるための安息期間でもあります。休業している間は、出勤しないため、ハラスメントの被害を受けないからです。
しかし、職場の姿勢が変わらない場合、休業は根本的な解決にはなりません。被害者は、育児休業期間明けに出勤したら、再びハラスメントを受けるのではないかという苦しみに苛まれています。
このような現実がある中、近時公刊された判例集に、画期的な判断が示された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.3.15労働判例ジャーナル136-56、労働経済判例速報2518-7 医療法人社団Bテラス事件(労働経済判例速報では医療法人社団A事件)です。何が画期的なのかというと、出産前にマタハラを受けた方について、育児休業期間明けに出勤できなかったとしても、賃金を請求できると判断されていることです。
2.医療法人社団Bテラス事件
本件で被告になったのは、
伴場歯科医院(本件歯科医院)の名称で歯科診療所を開設、経営している医療法人(被告法人)、
被告法人の理事長で、本件歯科医院の院長を務める歯科医師(被告b)
の二名です。
原告になったのは、被告法人との間で労働契約を締結し、歯科医師として働いていた方です。
マタニティハラスメントを受けたと主張して損害賠償を請求するとともに、
育児休業明けに労務提供できないのは、被告らが安全配慮義務を履行しないからであると主張して未払賃金の支払い
などを求める訴えを提起したのが本件です。
本件の裁判所は、出産前の複数の行為について不法行為が成立すると判示した後、次のとおり述べて、未払賃金請求を認めました。
(裁判所の判断)
「原告は、就労の意思を有しているが、被告法人が安全配慮義務を怠っているため、就労することができない旨主張する。」
「原告は、令和5年5月14日以降就労する旨の意思を表示している・・・。また、前記・・・で説示したとおり、被告bによる不法行為が認められる。」
「被告らは、本件歯科医院は、cが実質的に運営を担当し、被告bは、訪問診療に関わっていること、今後はdを院長として新たな体制を運営していくことから、原告と被告bが接触する時間は限定的であり、被告bが原告に対して指揮命令する場面は生じない旨主張する。」
「しかし、口頭弁論終結日における被告代表者は、被告bである上、矯正に関して次の先生が手配できるまでは、週1、2回は本件歯科医院に出勤する必要があること(被告b)、からすれば、現時点においては、安全配慮義務が尽くされたとはいえず、使用者たる被告法人の責めに帰すべき事由により労務を提供できなかったといえるので、原告は、労働契約に基づく賃金請求権を有する(民法536条2項)。」
3.復職できなくても賃金を請求できる
上述のとおり、裁判所は、復職できなかった労働者が育児休業期間明け以降の賃金を請求することを認めました。
育児休業期間の満了に伴い仕事を辞めてしまう方は少なくありません。その理由としては、出産前のハラスメントが指摘されることもあります。本裁判例は、そうした方にとって朗報になるものです。この裁判例があれば、賃金をもらいながら、職場環境の改善(安全配慮義務の履行)を求めて行くことができるようになるからです。
育児休業期間明けの復職の可否に悩んでいる方がおられましたら、お気軽に当事務所までご相談ください。