1.違法収集証拠と証拠能力
民事事件では、証拠の収集過程に多少の問題があったとしても、原則として証拠能力が否定されることはありません。証拠から排除されるのは、余程のことがあった場合だけです。
その余程のことがあった場合として、非公開で行われたハラスメント防止委員会の審議内容の録音があります。東京高判平28.5.19ジュリスト1496-4は、
「委員会の審議内容の秘密は、委員会制度の根幹に関わるものであって、特に保護の必要性の高いものであり、委員会の審議を無断録音することの違法性の程度は極めて高いものといえること、本件事案においては、本件録音体の証拠価値は乏しいものといえることに鑑みると、本件録音体の取得自体に控訴人が関与している場合は言うまでもなく、また、関与していない場合であって、控訴人が本件録音体を証拠として提出することは、訴訟法上の信義則に反し許されないというべきであり、証拠から排除するのが相当である。」
と述べ、録音体の証拠能力を否定しました。
それでは、歯科医院のスタッフ控室におけるスタッフ間の会話の秘密録音の証拠能力は、どのように考えることができるのでしょうか? 部屋の中での会話の録音という意味では、東京高裁の事案と類似していますが、会話の秘密性・非公開性が担保されているような場ではないという点では相違します。
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.3.15労働判例ジャーナル136-56医療法人社団Bテラス事件です。
2.医療法人社団Bテラス事件
本件で被告になったのは、
伴場歯科医院(本件歯科医院)の名称で歯科診療所を開設、経営している医療法人(被告法人)、
被告法人の理事長で、本件歯科医院の院長を務める歯科医師(被告b)
の二名です。
原告になったのは、被告法人との間で労働契約を締結し、歯科医師として働いていた方です。
マタニティハラスメントを受けたと主張して損害賠償を請求するとともに、
育児休業明けに労務提供できないのは、被告らが安全配慮義務を履行しないからであると主張して未払賃金の支払い
などを求める訴えを提起したのが本件です。
この事件では、スタッフ控室内でのスタッフの会話等の秘密録音の証拠能力が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを肯定しました。
(裁判所の判断)
「被告らは、・・・控室でのスタッフ会話等の秘密録音は、患者や治療にかかる極めて秘匿性の高い個人情報がなされる場所で、会話の秘匿性が担保されていると通常想定して話をしているのであり、かかる場所での会話が録音されることはおよそ想定されておらず、違法性の程度は極めて高いこと、スタッフのプライバシーの侵害、すなわち人格権を侵害する不法な行為であると主張する。」
(中略)
「民事訴訟法が証拠能力(ある文書や人物等が判決のための証拠となり得るか否か)に関して何ら規定していない以上、原則として証拠能力に制限はなく、当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採集されたものである場合に限り、その証拠能力を否定すべきである。」
(中略)
「証拠・・・は、控室の会話に関する秘密録音の反訳書面で、控室における原告と被告bとの会話、原告が不在時の控室内における本件歯科医院のスタッフの会話を、原告以外の発言者の知らないところでその発言を録音されたというものであって、これを前提としても、当該録音が著しく反社会的な手段を用いて採集されたとはいえないから、証拠能力を肯定すべきである。」
3.オープンスペースに録音機を設置して収集した証拠は採用され得る
上述のとおり、裁判所は、控室に録音機を設置し、ハラスメントとの関係で、自分の不在時にスタッフ間でどのような会話が交わされているのかを記録した結果を証拠として用いることは差し支えないと判示しました。
不当な動機、目的等を立証するための証拠は限られています。流出しないように注意することが必要であるとは思われますが、本件は労働者にとっての証拠収集・利用の幅を広げるものとして参考になります。