1.会社からの資料の持ち出し
労働事件で法的手続をとるにあたっては、会社内に存在する資料を持ってきてもらう必要があることが少なくありません。しかし、法律相談をしながら、持参(複製)してきてほしい資料を伝えていると、
「社内の資料を勝手に持ち出していいのか?」
と心配する方がいます。
結論から言うと、実務上、弁護士に見せたり、裁判所に書証として提出したりする目的で資料を持ち出すことが問題視されることは、殆どありません。第三者に頒布するだとか、インターネット上に掲載するといった過剰な行為を行うことには慎重になるべきですが、弁護士から指示された資料を、弁護士限りで見せるだけであれば、あまり心配することはありません。
近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例でも、労働者が会社から持ち出した資料に証拠能力が認められています。東京地判令2.6.11労働判例ジャーナル104-52 A社です。
2.A社事件
本件で原告になったのは、被告A社(被告A社)からソフトウェアの開発業務の受託を受けていたシステムエンジニアの方です。
被告A社からの指示のもと被告ハンプテイ商会(被告CT)の事務所でソフトウェア開発業務に従事していたところ、期間途中で被告A社から契約を解除されました。
これを受けて、被告A社との契約は実質的には雇用契約であるところ、契約期間途中での解除は無効であるとして、賃金を請求する訴えを提起しました。
また、被告CTに対しても、偽装請負であることから労働契約が成立したとして(労働者派遣法40条の6第1項5号)、被告A社と連帯して賃金を支払うように請求しました。
こうした訴訟を追行するにあたり、原告は、
被告CT関係者と原告とのメール(甲2)、
被告CT内での打ち合わせ議事録(甲3)、
被告CT関係者と原告とのメール(甲7)
を持ち出し、書証として裁判所に提出しました。
これに対し、被告CTは、原告による資料の持ち出し・証拠提出が機密保持に関して交わした確認書(本件確認書)に反しているとして、該当各証拠の証拠能力を否定すべきであると主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、該当各証拠の証拠能力を認めました。
(裁判所の判断)
「原告が本件訴訟で証拠提出している甲2(被告CT関係者と原告とのメール)、甲3(被告CTでの会議の議事録)及び甲7(被告CT関係者と原告とのメール)は、非公開の情報であり、原告がこれらを被告CTに無断で複製し、持ち出して証拠提出したことは、本件確認書の2条、4条で禁止された行為に当たる可能性がある。しかし、原告が、これらを複製して持ち出したのは、被告A社から本件解除を受けて、その効力を争う目的であったこと・・・、原告が持ち出したものは被告CTのソフトウェアや成果物ではなく、その作成過程の作業内容や情報交換の記録であり、機密として保護すべき価値が高いとはいえないこと、原告が被告CTの指揮命令下に置かれていた事実等を立証するに当たり、これらの証拠は必要不可欠であって、証拠としての価値は極めて高いことからすれば、これらの証拠を採用することが訴訟法上の信義則に反するとまではいえない。」
「したがって、被告CTの前記主張は採用できず、甲2、3及び7については、その証拠能力を否定排除すべきとはいえない。」
3.弁護士からの指示に従っているだけであれば、それほど心配はいらない
法律相談をしている時、弁護士は様々な現場判断をしています。資料を持ってきて欲しいと伝えるにあたっても、機密性の高低や証拠としての重要性を判断したうえで、指示しています。そのため、弁護士からの指示に従い、会社の資料を複製し、弁護士限りで見せるだけであれば、あまり心配することはないだろうと思います。
民事上、違法収集証拠として証拠能力が否定される場面が比較的限定的であることからも、証拠の収集は躊躇せず、必要な時に行っておくことが推奨されます。